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土の精霊

 

「この後、少し迷宮に行きませんか?」

 

 

 紫雨の誘いにのって俊太郎は一緒に迷宮に向かった。俊太郎は集まりがない日でも一人で迷宮に行っているため、一人が二人になるだけだ。

 

 最近は一人でも二段階の迷宮に行くこともあったが、問題なく進むことが出来ていた。


 

 盾を左手に持ち、生成したマジックソードを右手に持つ。

 一層のゴブリンは大した相手でもない。俊太郎も前衛のスタイルで戦っているが、魔力は惜しまない。

 自分に保護魔法、火属性付与を唱えると、紫雨にも同じものをかけた。

 

 火属性付与が付いた紫雨の攻撃力はやはり高く、ゴブリンくらいは一撃である。

 

 二層のオークも俊太郎の魔法も放ち、紫雨が追い打ちをかけるとあっさり倒れてしまった。

 

 三十分ほどで俊太郎の魔力を消費するとその日は帰宅した。

 着実に強くなっているという実感を持ったのは俊太郎だけではなかったのか、帰り際の紫雨の表情はどこか満足気に見えた。

 

 

 

「私も呼んでくれたらよかったのに」


「家庭教師の終わりに一緒に行っただけだからな。魔法も使いながらだから、一時間もやってないんだ。そんなのでわざわざ呼ぶのもな」


「うーん。え? 家庭教師?」


 日菜子はどうやら家庭教師として俊太郎が紫雨に勉強を教えていることは知らなかったようだ。

 

「受験勉強?」


「いえ、迷界学を学ぼうと思いまして」


「ということは、うちの大学に受験するってこと?」


 俊太郎たちが通っている大学は迷界学に強いとされている大学で、探索者や組合所属の職員になることをサポートしている数少ない学び舎でもある。

 

「いえ、少し迷っています。探索者になるための知識を得るために大学に通いたかったのですが……」

 

「そうよね。もう探索者にはなれているわけだもんね。なるほど」

 

 

 隣のカフェから組合に移動する。

 受付で迷宮に侵入する申請を出すと、荷物が届いていると荷物を渡された。

 日菜子や紫雨が注文したものが、今日にはやはり届いていたようだ。

 

 荷物を二人に渡し着替えをしてくると言い、奥の更衣室に入っていった。

 組合ではこうして着替えを行う探索者も多く、更衣室などが用意されている。迷宮前で着替えをしても良いが、迷宮のある場所によっては着替えられないこともある。

 

 日菜子は上にローブを着ているためそれほどではないが、紫雨は少し目をひく見た目だ。

 制服の上に着物の羽織を着ていた。頭には俊太郎が上げた鉢巻きまでつけている。探索者ならこんなものだとは思うが、二人は気にならないのだろうか。

 

「鉢巻きは迷宮前につけたらいいんじゃない?」

 

「そ、そうですね」


 紫雨は少し顔を赤らめながら、鉢巻きを外す。俊太郎はなんだか悪いことをしたような気分になった。

 実際に最初にかける言葉ではなかったなと反省し、改めて言葉を足す。

 

「二人とも似合ってるよ」


 紫雨には感謝の言葉を貰ったが、日菜子にはくすりと笑われた。

 ごまかすように、身体の向きを変え、迷宮のある図書館へと向かうことにした。

 

 

 一層をさっと、二層もかるく進み、三層を目指す。

 森から抜けて景色は山の中だ。景色が広がって遠くにまた別の山々が見える。ゴロゴロとした岩があったり、ウネウネと這うような道が俊太郎たちの進む先にあるのが見て分かった。

 

 三層ではゴブリンとオークが同時に出る。その上二体までしか現れなかった魔物たちが四体まで現れることがある。

 こちらのパーティーは六人までという制限があるが、魔物にその制限はないらしく、段階が上がるごとに同時に現れる魔物の数は増えていくらしい。

 

 

 オークが二体ゴブリンが二体の編成。

 ゴブリンだけでなく、オークまで武器を持っている。ゴブリンとは違い身体が大きいためそれに合う武器はなかななかないのか、持っているのは木を加工した荒いこん棒である。


 ゴブリンは一段階の五層などで見かけたのと同じように様々な武器を持っている。体つきも少し大きくなったのか、がっちりとしていた。

 

 全員が前衛で戦う武器をもっているが、荒くれた山道はそれほど広くない。

 戦えないこともないが、混戦になりそうだと俊太郎は息をふうと吐いた。

 

 合図を出すと、日菜子がスキルを使う。

 まだこちらに気が付いていない魔物たちを引き付けるため、土精に命令を出した。

 

 

 最期のオークに紫雨がトドメの一撃を放つ。オークは血しぶきをあげながらゆっくりと倒れるも、地面にぶつかる寸前、塵となって消えていった。

 返り血を浴びたはずの紫雨の身体からもサラサラと粒子の光が飛んでいく。

 

 

「装備の調子はどうかな。戦いにくいということはない?」


「特に問題ないわね。私の能力が上がっても、あまり実感がわかないけど。この子は変わったのかしらね」


 日菜子が土精を見ながら言う。こちらの言葉を理解していないのか、とぼけた顔を向けた土精はにゅっと頭を日菜子の方へと伸ばすように向ける。

 その頭を日菜子は撫でた。

 

「私は威力が上がったみたいです」

 

 紫雨が買ったのは、ローブの代わりに買った羽織だ。昔の侍や剣豪などが着ているような着物の上に羽織るためのものだ。

 紫雨はそれを制服の上に着ている。

 防御性能自体はあまりないが、その代わり攻撃や回避、あるいは器用さなどの能力が上昇すると説明には書いてあった。

 実際どれほど能力が上昇するのかは分かっていない。元々の能力がどれくらいで、そこからどれだけ上昇しているのかも分からないため、実際に使って確かめるしかないのが難しい点である。

 

 紫雨は意外と気に入っているようで、鉢巻きと羽織で様になっていた。

 相変わらず眼鏡におさげの文学少女といった様相だが、少しは剣士の趣が出てきた。

 それでも、歴史好きの女学生感は否めないが。

 

 日菜子はその身にローブを纏っているが、中にはバイクなどの運転時に着るようなライダースーツを装着している。

 ローブの隙間からピッチりとしたラインが見えかくれする。アニメなどで見かけるような少し扇情的なデザインだったが、本人は気にしていないようだった。

 ライダースーツにローブというスタイルは少し暑くるしく、迷宮内ならともかくこの季節に外で着るには少し億劫そうだ。

 これから夏に向けてそのあたりも少し考えなければならないかもしれない。

 

 

 装備を新調したおかげか、はたまた着実に強くなっているおかげか、四階層も難なく進むことが出来た。

 五層には中間階層リーダーが出現する。五層ごとに出現する階層リーダーは迷宮の深部に出現する迷宮ボスほどではないが、一般の魔物と比べると強化された魔物である。

 

 二段階迷宮では最大十階層だが、段階が進むごとに迷宮の最深部は遠くなっていく。

 三段階であれば階層リーダーは、五層と十層、四段階であればさらに十五層である。

 

 

 あくまでこの迷宮はオークがメインなのか、中間層のリーダーはオークで、迷宮ボスもオークらしい。

 二段階を完全制覇とはいかないまでも、この五層までは進んでおきたかった。

 

 

 階層リーダーであるオークは、そこらへんにいるオークと違い、身体が大きく、二メートルほどありそうなのが取り巻きたちと比べても分かる。

 身体のラインも丸みを帯びたオークとは違って、筋肉質な身体はより人間に近いように見えた。


 種類はハイオークという。大きな斧を持っているのが見えた。

 取り巻きたちは変わらず丸みを帯びたオークで、槍や剣をもっているのが見える。装備をガチャガチャと鳴らし、周囲をじろりと警戒している様子だった。

 

 

 前回の階層主であるゴブリンリーダーとの戦いは反省が多かった。

 そもそも俊太郎が先行して戦うのは失敗だった可能性が高い。

 いつも通り土精が動くのを待って、攻撃をするのが良いだろうという話あいの元、俊太郎と紫雨はじっと待つ。

 

 ハイオークがなにかに気が付いたのか、グオォと声を上げた。

 彼らの足元から土の精霊が、日菜子の命令によって現れた。

 土精は音のない咆哮を上げた。

 

 惹きつけられるように、魔物たちの視線が土精に集まる。

 そして土精たちの後ろから、俊太郎と紫雨もその場についた。

 

 俊太郎は魔法を発動させる。身体から魔力がうごめき、発動の瞬間すっと熱いものが薄れていくのが分かった。

 あらかじめ使用できる支援魔法はある程度使用したが、火属性付与魔法だけは今からかけはじめる。

 俊太郎本人と紫雨、さらに土精にもかけてしまうことにした。

 元々土精の攻撃は物理的なダメージと土属性によるものだが、攻撃力は微々たるものである。土属性である魔法ダメージは上書きされ火属性のものとなってしまうが、こちらの方がよりダメージが高くなる。

 火属性付与による魔法ダメージは俊太郎の能力が元になっているが、あくまで土精が与えた攻撃と判断されるのか、魔物をより惹きつけやすくなるようだった。

 

 土精が攻撃をする。日菜子から攻撃命令を受けた土精は一度ぶるりと身体を振るわせると、土精の身体が少し小さくなった。

 

 オークたちの足元がぐらりと揺れる。実際に地面が揺れたのではなく魔物たちの足元を土精の身体が通り過ぎていったのだ。

 

 土精の立派なスキル攻撃であり、新たに覚えた新技だった。

 

 俊太郎が火属性付与を支援し終えると、足元が揺れバランスが崩れたオークに斬りかかる。

 

 マジックソードは元々魔法によるダメージだ。そこに物理的なアプローチはなくどんなに力強く振ったところで、それほど威力は変わらなかった。

 しかし、深く切り込めばそれだけ傷口は広がる。そこに追い打ちとばかりに付与された火炎がぶわりと広がった。


 雄たけびをあげ、痛がるオークにさらに紫雨の斬撃が襲い掛かった。

 取り巻きのうちの一体であるオークはそれまでのただのオークとは違う。体力も攻撃力も増している。

 本来こんなもので斃れるはずではなかった。

 しかし紫雨が放った斬撃は鋭く、オークが受けた一撃は急所、あるいは会心の一撃と言われるものだった。

 

 俊太郎はさっと身体を引く。それと同時に紫雨も戻った。

 オークたちは態勢を立て直し、再び土精を攻撃し始めた。

 

 オークは体力が高く、攻撃力も高い。 いくら耐久性能が高い土精といえども四体に囲まれてしまえばあっという間に倒されてしまうはずだ。

 

 二体目のオークを倒すのには少し時間がかかってしまった。紫雨の攻撃でトドメにならず、再び俊太郎が攻撃してようやく倒れることになった。

 

 日菜子が祈りをささげるように、杖を掴み、スキルを使う。

 祈りが土精に届くと、小さな光が身体を覆い、土精を癒した。

 

 精霊術師のスキルで自ら召喚した精霊を回復させる『癒しの祈り』というものだ。

 

 土精の見た目ではダメージを負っているのかが分かりにくいものの、精霊術師である日菜子にはしっかりと分かっているようだった。

 

 

 残り二体。取り巻きの剣持ちのオークと、ハイオークである。

 ハイオークが叫ぶ。ひくいうねりのような声は怒りがこもっていた。

 今にも湯気が出そうなほど身体に力が入り熱を発しているように見えたが、実際には湯気も出ていないし、熱気も感じられない。ただ目の前のハイオークが怒りで震えているそれだけだ。しかしそれでも意味があるのか攻撃が鋭くなったように見えた。


 ざくり、と斧が振り下ろされる。土精を守る保護魔法も大して効果がなさそうな攻撃は、土精の身体を大きく削った。

 その上剣をもった最後のオークが素早く動き回りながら土精を攻撃している。

 

 どうやらこのオークはすばしっこいようで、どうにも攻撃を上手く回避しているつもりのようだ。

 

 オークが攻撃のため土精を狙う。そこにすかさず俊太郎が一撃を与える。

 素早く下がると入れ替わるように紫雨が刀を逆袈裟からの振り下ろし。

 オークは血を噴き出しながら倒れっていった。

 最期に残るのはハイオークのみである。

 

 大きな斧を巧みに操り、俊太郎をけん制しつつ、土精に斧を振り下ろす。

 先ほどの怒りの一撃ほどではないにしろ、着実にダメージは蓄積されているようだった。

 

「もう持たないわ!」


 再び俊太郎の攻撃。その後紫雨の追撃が決まるも、ハイオークは倒れない。

 日菜子は必死に祈りを捧げ回復をさせるが、そもそもそんなに回復できるスキルではないという。

 持続的に回復することはあっても、一気に体力を上限までもっていくような性能ではない。

 防御するように腕を上げるが土精の身体からポトリと一部が落ちていく。

 

 日菜子が命令を出す。土精の人間でいう口のあたりを大きく広げ、大きく叫ぶ。音のない叫びがハイオークを引き付ける。

 俊太郎はマジックソードで切り付けるもダメージを与えられている気がしなかった。

 

 土精の腕がまた一つ落ちた。斧で叩き切られた腕は地面に落ちると砂のように消えていく。

 

 日菜子の命令が再び土精を動かす。最初に発動した地面を揺らす土精のスキルがハイオークの足を揺らした。

 今度はバランスを崩すことのなく、すぐに立て直した。

 ハイオークが再度咆哮を放った。筋肉は盛り上がり、大技の準備に入ったのが分かった。

 

 俊太郎が攻撃するも、止まらない。

 

 ハイオークの一撃が土精を襲う。

 大きく上段から振り下ろされた大斧が土精を真っ二つにすると、土精の身体は地面から起き上がることなく土の塊となって動かなくなった。

 

 

 ばっと俊太郎の脇を通り過ぎた。紫雨だ。

 斧を大きく振り下ろしたハイオークは、上半身を倒し頭が下がっている。

 そこを紫雨が強襲した。

 

「ツキカゲ!」


 素早く斬撃が二回振り下ろされた。紫雨の放ったスキルはハイオークに致命的なダメージを与えたように見える。

 大きなうめき声をあげ、たたらを踏むもまだ倒れない。

 ぐるると獣のようなうねりをあげ、紫雨を睨んだ。

 

「下がれ!」


 俊太郎が叫ぶ。

 手から魔法の剣をパッと話すと、ふっとその存在が消えていく。

 手を前にだし、魔力を操作した。

 

「サンダーボルト」

 

 紫雨が下がった途端、魔法を放った。

 青白い光を放つ雷がハイオークに向けて頭上から走る。

 バリバリと音を立てて、ハイオークにダメージを与えた。

 

 紫雨や俊太郎が剣などによってダメージを与えた分とあわせて、ハイオークは体力を失いゆっくりと後ろに倒れていく。

 地面に倒れるすんぜんサラサラと消えていく。音も立てずにハイオークはアイテムを残しながら迷宮に吸い込まれていったのだった。

 

『やるなあ』

『ハイオークまで倒しちゃったよ』

『シュンタロならこれくらいすぐだと思ってた』

『アイテムなにかなー』

『土精ちゃん……』

 

 


「なかなか手ごわかったわね……」


 自らの召喚した精霊を失ってしまった日菜子が呟く。

 

 再びなにやら言葉を放つと、日菜子の足元に土の精霊が現れた。

 

「ごめんなさい。ありがとう私たちを守ってくれて」


 日菜子はそういって土精霊の頭を撫でたのだった。


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