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文学少女1

 閉じた傘を握りしめ、周囲の景色を確認しながら、俊太郎は歩いていた。

 

 その日は家庭教師のアルバイトのために、雨上がりの住宅街を奥の方へと向かっていた。

 家庭教師は今日で二回目。まだ俊太郎は道なりを覚えている途中だった。

 季節は夏が控えてはいるものの、まだ春である。

 

 俊太郎は片手に傘、反対には肩掛けの鞄に参考書を入れている。肩越しには光る珠のようなものを浮かべていた。

 

 目的の家にたどり着くとインターホンを鳴らす。時間通りのためか、すぐに女性の高い声が目の前のスピーカーから返ってくる。

 

 この家の家主でもある母親は、仕事帰りなのかあるいは、仕事中なのか、まだスーツ姿であった。

 

「悪いんだけど、買い物に行ってきますので、お願いします」

 

 そう言って、俊太郎を家に残しさっさといなくなってしまった。

 後に残された俊太郎は呆気に取られるも、仕方なく気を取り直し生徒が待つ勉強部屋に向かった。

 

 二階の扉をノックする。ガチャリと扉があいた。

 

 制服姿の女子生徒がこちらを覗き見る。眼鏡をかけていて、黒髪は二つのゆるいおさげをぶら下げていた。

 真面目で大人しそうな姿は、絵にかいたような文学少女のような出で立ちだ。

 確かに彼女の部屋には小説の文庫本がならんでいるから、本当に文学少女なのだろうが、今時こんな型にぴったりはまったような女子高生がいるだろうか。

 

「薄さん、今日もよろしくお願いします」


 俊太郎が挨拶するも、彼女、紫雨(しう)は小さくはい、と返事をするだけだ。

 俊太郎は気にせず、参考書を取り出し、紫雨が座る机に置いた。

 

 科目は『迷界』だ。

 専門教育のため高校によっては教えていない科目である。彼女の高校では迷界科目は存在しなかった。

 最近になって、興味が出たとのことで、学んでいる最中である。 

 

 

「迷宮を含む迷界には、基本的に人類に害をなす魔物が潜んでいます」


「基本的には、ということは居ない場所もあるのですか?」

 

「そういうこと。ヨーロッパの都市には隣接するように森林が管理されているんですが、そこで迷界化が起きました。そういう場所を地上迷界や土地型迷宮などと言われています」

 

 迷界化した場所が変容し、さまざまな迷界の特徴が現れる。

 中にはもちろん魔物が出現することもあり、大騒ぎになったことは過去に何度もあった話である。

 

「日本にもあるのですか?」


「あります。というか一般の人はあまり知らないかもしれませんが、有名な迷宮や迷界の場所はたいてい地上迷界ですね。この区にも一つある。日本で有名なのは横浜かな」


「横浜……」



 紫雨は元々成績も優秀なほうだと言う。本来、迷界などにかかわらなければ、家庭教師など必要ないほどに勉学の出来も良いようで、俊太郎が教えることも飲み込みが早い。

 

「先生も、魔物を倒したことがあるんですよね」


 そのとき、紫雨の目線がこちらをまっすぐに見つめる。眼鏡越しでも分かるくらいに力強いまなざしには、俊太郎も思わずたじろいだ。

 

「ああ、あるよ」


 俊太郎が説明すると、紫雨も考え込むようにうつむいた。そうしてから意を決したように見上げる。

 


「先生。私を迷宮に連れて行ってくれませんか……」


 驚く俊太郎に、紫雨は手のひらから何かを取り出した。するとそこには光る珠があった。

 俊太郎の肩越しにある光から、聞こえないはずの『声』が聞こえたような気がした。



 

 紫雨の勉強部屋から階段をおりると、一階から料理をする音ががちゃがちゃと聞こえてくる。

 どうやら、母親の綾子が帰宅して晩御飯を用意していた。

 綾子が、俊太郎を晩御飯を誘ったが、俊太郎はそれを丁重に断りつつ家を出る。そのとき階段の方をちらりと見ると、紫雨がこちらを覗いているのが分かった。

 

 玄関を出て一息つく。俊太郎はシャツのボタンを外した。

 

「まいったね」


 歩きながら、光る珠に触れ調節を行う。まるで音量のボリュームをあげるように『声』が聞こえてきた。

 

 

『ウオー』

『彼女も適正者ってわけ?』

『シウちゃんカワイイ』

『誰が渡したんだろう』

『直接渡した訳じゃない』

『もしかして』

『またあいつかよ』



 ごちゃごちゃと、乱雑な声が順番に聞こえてくる。うるさいようにも思えるが、自然と聞き分けることができた。

 さすがに道端で反応するわけにもいかないが、俊太郎はこの乱雑さが嫌いじゃなかった。

 最近は声の種類が増えたようにも思う。特に家庭教師を始めた頃からの熱は今までにないくらいだ。

 

 俊太郎は微笑を浮かべつつ、組合へと向かった。

 

 

 組合で軽く手続きを済ませ、近所にある『簡易迷宮』のゲートに向かう。

 組合からもそれほど距離はなく、扉を開くとそこはもうすでに迷宮の中だった。

 

「待ってたよ」


 迷宮に入ってすぐ声をかけられた。それは『声』に似ているけれど、現実に耳から入ってきた音として聞こえてきたものだった。

 

『うわ、出たー』

『あーあ。むかつく』

『自分の専属だからってでしゃばりすぎじゃない?』

『てかこいつが、紫雨ちゃんに深玉渡したの?』

『私もそっちいきたい』

『てか、顔がむかつくわ』


 声の方を向くと青い肌をした深界人がいた。

 頭には角のような触角が生えて、青い肌だが、それ以外は人間と変わらない。

『声』の正体はこのような深界人であるらしいのだが、彼女以外の姿は見たことがない。

 彼女曰く、彼女はエリートなのだという。

 得意げな顔をしながらいうものだから『声』からもひんしゅくを買っていたのを思い出す。


「ひさりぶりだね、コタマ」


 コタマと名乗る彼女には、俊太郎は感謝をしていた。

 このように探索者となって、迷宮にはいり日々の生活費を稼ぐことも彼女なしではこんなに楽にはいっていなかっただろう。

 

「本当にコタマが薄さんに、この珠を渡したの?」


「そう。適正があった。でもまだ会ってない」


「てことはこの珠の使い方も分からないか」


「そう。頑張ってね」


 そう言ったきり、コタマは姿を消してしまった。

 俊太郎には見えていないが、近くにいるのだろうと分かっていた。

 

 頑張ってとはどういうことか、問いたい気持ちもあったが答えてくれるかも分からない。ため息をつきつつ気持ちを切り替えた。

 

 

 迷宮の中は、左手に森、右手に草原が広がるような舗装されていない街道である。視界の広さはかなりあるが、簡易迷宮はそれほど広くない。どこかで見えない壁が存在するらしいが、俊太郎は試したことはなかった。

 階層によって迷宮は分かれている。街道の先を行くと、少し景色が変わる。そこが階層が変化した合図だった。

 この簡易迷宮は一段階の評価で、一番難易度の低い階級とされている。

 それでも一人で進む俊太郎には慎重にすすまなければならない場所だ。

 

 

 目的の階層まで魔物も最低限の魔法で排除しながら、四階層までたどり着いた。

 

 

 魔力の残りはおそらく八割以上があるだろう。

 俊太郎は杖を握りしめる。登山に使うような細くて丈夫な杖だが、こんなものでも魔力の効果を高めるものだ。

 これで直接殴りつけてもそれなりのダメージになるだろうが、俊太郎の能力ではたかが知れていた。

 

 ウルフ型の魔物が現れるこの迷宮は、森の中や草原から飛び出してくる。

 森の中から現れるのは、数は多くないが、遠くからこちらを狙うように数体のウルフを引き連れてくる魔物は中々侮れない。

 

 

 グレイウルフを土系統の魔法である『ロックスピアー』で屠る。

 何度も繰り返してきた行為だからか、あとどれくらいの魔法を放つことができるのか感覚で分かった。

 現在の魔力はおよそ半分程度。帰りのことも考えれば、三割ほどは残しておきたい。

 

 そんなことを考えていると、遠巻きに見られているのが分かった。他に探索者などいるわけもないので、魔物である。

 俊太郎は杖を握りしめ、いつもより強めの魔法をいつでも放てるように構える。

 

 俊太郎の目の前に現れたのは、コボルトだ。

 魔物であるコボルトはこの迷宮の一階層から現れる弱い魔物だが、この四階層に現れるコボルトは、グレイウルフに乗って現れる。

 もう二体のグレイウルフも引き連れて、こちらを囲うように睨んでいるのだった。

 

 魔力のラインを意識して、魔物に向かわせる。もちろん魔物は避けようとするが、こちらの方が早かった。

 杖の先から魔力の線で魔物を一繋ぎにする。そこから青白い光で輝く雷が放たれ、魔力の線でつながれた先の魔物を襲った。

 

 グレイウルフはどちらも倒れている。倒れたウルフは光の粒子となって消えていった。

 それを見たコボルトライダーは、ぐありと吠えると、こちらに飛び跳ねた。

 

 俊太郎のほんの目の前まで、コボルトライダーは迫ってきていたが、魔法の発動が先に決まった。

 ずぶりと、地面から生えた『ロックスピアー』にウルフもコボルトも一緒になって貫かれている。

 ふう、と息を整えると同時に魔物は砂のように消えていったのだった。

 

 

『余裕すぎ』

『はやく五層いきなよ』

『てか二段階の迷宮も行けるだろ』

『このくらいでいいでしょ。ぎりぎりなのはこっちも怖い』

『探索はおまけってのが分からないか。本命は女子高生だよ』

『いつになったら女子高生とするの? 早く見たい』

『そんなの見られるわけないだろ。いい加減にしろ』

『お前はなにと勘違いしてるんだ? 迷宮のことだろ?』


 相変わらず好き勝手言ってくれているが、悪くない。

 いい加減で無責任な『声』の存在を俊太郎は有難いとすら思っていた。

 

「まだ『コボルトライダー』も一撃では倒せないからね。それまではここかな」


 魔法使いである俊太郎には、出来る限り魔法で倒したい。

 何故なら防御力など、魔法使いには期待できないからだ。装備も出来るかぎり魔法の効果を高めるための物ばかりで、万一にも怪我をしたくない俊太郎にとって、安全な探索は第一に考えていることだった。

 

 光の粒子となって消えた魔物のあとから『深界石』と呼ばれる石を回収する。深い蒼色をしたその石はこんなのでも数百円から高い物で数十万円もするらしい。これはギリギリ千円ほどの価値がありそうだった。

 それまでに拾った物も集めれば、今日だけの稼ぎで五千円ほどにはなるだろうか。

 往復を考えても一時間ほどだ。時間効率で言えばかなり高いが、命を懸けた価値があるかと言われれば甚だ疑問である。

 

 俊太郎は魔法をぶっ放しただけなので楽なものだが、これが近接戦闘を主にするような役割であれば、怪我を負う可能性も高く割りに合うとは思えない。

 これも探索者が人気のない理由なのかもしれないと俊太郎は考えていた。

 

 

 俊太郎の戦闘はあまり見ごたえのない物だろうが、それでも深界人からの反応は悪くない。

 深界人は迷宮が好きなようで、迷宮探索を行うと『声』が活発になる。

 俊太郎にとって『声』はもうすでに生活の一部のように感じていた。

 自宅で風呂や睡眠などのプライベートな時間を除いて、たいていが『声』と共に生活をしている。

 

 本来なら、もっと面白い探索者や、バチバチやりあうような攻略を行う探索者の戦闘を見た方が、深界人も楽しいはずだ。

 そんな自分でも深界人は見てくれているということが、不思議と安心するのであった。

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