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1-3 この世界について2

その序盤で消える脇役、セレス・デュシャンはアデライードと同じ北部の出身で、地方領主の娘だったが、セレスの家は、アデライードと違う点が二つある。


アデライードの家は、北部指折の名門貴族で父親は侯爵だった。

セレスの家は伯爵位ではあったが、地位は高くない。爵位の順序だけで地位が決まる訳ではないのだ。


だが、彼女の生家は、とってもお金持ちだった。唸るほどお金があった。でも成金だった。


セレスの実家、デュシャン家はずっと前からお金持ちだった訳ではない。

デュシャン家の領地シャッテンベルクは広く、北部でも比較的暖かく(といっても北だから寒い)、皇領都市リージュに隣接していたが、土地は痩せており、とてもじゃないが豊かとは言えない。

温泉が涌き出るだけの辺鄙な荒れ地。そこがセレスの家門が代々受け継いだ土地だった。


温泉は北部の入り口とも言える皇領都市リージュでも涌き出ていたから、別に珍しくもなかった。


だが、そんな彼女の一族に転機が訪れる。

セレスの父親が持っていた魔力のお陰で、領地の山で金脈を見つけることが出来たのだ。

父親は、少し勘が良い程度の能力だったし、それまで、何度も失敗を重ねていたが、金鉱を掘りあてることに成功する。

それで、セレス達の一族はリベルク帝国有数のお金持ちなった。


富を手に入れたデュシャン家の次なる野望は、冴えない家門を、皇宮に昇殿できる名家のように名を高めることだ。

いくらお金持ちになったとしても、北部の名士に過ぎなかったから。


北部の社交の中心であるリージュで地位を高めることまでは上手くいったが、そこから先はなかなか思うようにすすまなかった。


エンドルフの社交界は、お金よりも何よりも、家柄が重視される。

いくらセレスたちの家門に歴史があっても、皇都の貴族から見れば、セレスの一族は北部の田舎者に過ぎなかった。


父はセレスが八つの時に、鉱山の落石事故で亡くなり、家督は叔父が継いでいて、兄が果たせなかった野望も受け継いだ。


叔父は上位貴族の仲間入りを果たすのに必要なのは、皇都の名家と縁を結び、皇都の社交界に入ることだと考えた。


つまり結婚だ。


叔父には息子が二人いて、どちらも結婚していたけど、別に自分の子供でなくてもよかった。

同じ一族であればいいのだ。

叔父は兄が残した姪達が結婚適齢期に迫ると、都の名門貴族に嫁がせることに専念する。


リージュの公共事業に協力し、エンドルフからきた役人達と仲良くして、……つまり接待に接待を繰り返し、エンドルフの貴族達の情報あつめ縁を深めた。


それで、先代の散財のため家が傾いたファルネティ伯爵との縁談にこぎ付けることに成功した。


同じ伯爵でも、デュシャン家とファルネティ家の格は全く違った。

ファルネティ家は皇宮に昇殿が許された高位貴族で、叔父にとっては願ってもない縁談だったのだ。


両親が不幸な事故で亡くなり爵位を継いだばかりのファルネティ伯爵に、姪に莫大な持参金を持たせ、家門を援助することを約束した。


最初、ファルネティ伯爵と結婚をするのはセレスの姉だったが、姪が二人いることを知った伯爵は「出来るなら選びたい」と申し出てきた。


ファルネティ伯爵からすれば、莫大な持参金を得るこの結婚は家門を立て直すのに必要なことではあるが、少しでも選択肢が欲しかったのかもしれない。

一夫多妻が認められる国ではあったが、正妻は共に家を切り盛りするパートナーだ。どんなに気の合わない相手でも生涯を共にしなければならない。


叔父は姉を嫁がせることに固執はしなかった。

名家と縁さえ結べればそれで良かったのだ。


それでも、姉の方を選ぶだろうなと思ってはいた。

叔父は、どちらも可愛い姪ではあるが、引っ込み思案のセレスよりも快活な姉の方が中央の貴族には受けがよいだろうと思い込んでいた。


姉妹の母親もセレスではなく、姉のエロイーズを選ぶと思っていた。……というか強く願っていた。


セレスは母親との関係があまり良くはない。


別に虐待されたりとかはなかったけれど、セレスは快活で要領のいい姉と比べると、……まあ、ちょっと、どんくさかった。

習い事も、お勉強も、要領よくこなす姉と常に比べられて育ってきた。


姉のエロイーズは南部出身の母に似て、艶のある赤銅色の髪に緑の瞳を持つ快活な美人だったが、セレスは艶のない白っぽい金髪に、青というには、灰色に近い瞳。容姿は整っていない訳ではないが、内気で、姉と比べると全てにおいて精彩を欠いていた。

それに、セレスの容姿は、母親よりも母親をいびっていた父方の祖母に似ていた。


そんな理由からか、母親のセレスの当たりは姉に比べるとキツく、彼女の自尊心が削れるような叱り方を繰り返していたので、セレスは、気弱で自己主張の出来ない少女へと育っていったのだ。


母親は姉のエロイーズがファルネティ伯爵夫人になることを強く願っており、パッとしないセレスが伯爵に選ばれることはないと思い込んでいた。


しかし、どういう訳かファルネティ伯爵はセレスを選んだ。


単にセレスを気に入ったのか、若い方が良いと思ったのか、気の強そうなエロイーズより、気弱なセレスの方が御しやすいと思ったのかはわからないが、ファルネティ伯爵はセレスが嫁いでくることを強く望んだ。


そんな伯爵の選択に、母親よりも、叔父よりも一番困惑したのはセレスだった。


彼女は自己評価が低い。


まさか、自分が選ばれるとは露とも思っていなかった。


ファルネティ伯爵は若く、いかにも貴公子という整った容貌だった。

普通の年頃の女の子なら、その幸運を喜んだだろう。


しかし、セレスはそうではなかった。突然、課せられた重責に混乱し、慣れ親しんだ土地を離れる事が、何よりアデライードと離れ離れになることが辛かった。


だが、自己主張出来ない性格だったので、嫌だとも、自分には無理だとも言えず、ただ、ただ泣くだけだった。


そんな彼女を励ましたのはアデライードだった。

必ずエンドルフまで会いに行くと約束してくれたのだ。


「セレスがお嫁に行くなら私もエンドルフにいく」


セレスから結婚の報告を聞くと、アデライードは美しい顔を意を決したように引き締めた。


「行くって、そんな気軽に行き来できるような距離じゃないわ」


「ずっと、神殿からの勧誘がきてるのは知ってるでしょ?最近どんどんしつこくなってきてて……神殿から逃げる為にエンドルフのアカデミーに入学するのはどうかってお父様がすすめてきたの。私より十以上も年下の子と一緒に学ぶことにはなるけれど、神殿に行くよりマシだわ」


「そんな簡単に決めちゃっていいの?」


「一人でエンドルフに行くのは寂しくて嫌だなって、ずっと迷ってたの。でもセレスがいるのなら寂しくない。私も踏ん切りがついたわ」


アデライードが「すぐに行くのは無理だけど、必ずエンドルフに行くから」と約束し、セレスはようやく、前向きに結婚を考えられるようになった。


叔父は泣いていた姪が、ようやく結婚に乗り気になったことに胸を撫で下ろしたが、それと同時にある事が不安になった。


果たして、セレスは、エンドルフで伯爵夫人としてやっていけるのだろうかと。


セレスが生まれた頃には、セレスの父が金鉱を掘りあてたあとだったので、娘達の教育は、かなりお金と労力を割いていて、悪い虫がつかないよう交遊関係は母親が徹底して管理していた。


セレスはようやく結婚適齢期を迎えたばかりで、リージュの社交界でのデビューもまだ。大人の社会を知らない、ねんねだ。


純真無垢な箱入りと言えば聞こえはいいが、内気で社交性のない世間知らずの娘。それがセレスだった。


叔父は皇都流の意地悪を通り越して、悪意にまみれた洗礼を一足先に受けていた。

貴族たちに、自分自身が何をした訳でもないのに、田舎者だ、成金だと散々陰口を叩かれ、挙げ句の果てドワーフ伯爵とまで呼ばれた。


叔父は面食らって、プライドも傷ついたが耐えた。彼は北の荒れ地で育っただけあって忍耐強かったのだ。

だが、そういう心ない悪意にセレスが折れるのは目に見えていた。


そんな姪を支える人物が必要だと叔父は考え、エンドルフの内情に詳しい侍女を付けることにした。


そうして選んだのが、リュリー・ブラモンだった。

彼女は親戚の庶子で、さるエンドルフの高位貴族の屋敷で仕えていたのだ。


叔父が見た限りでは、リュリーは華やかでセンスもよく、気丈で、判断力もあり、何よりも向上心が高かった。

自身の経験上、こういう部下はよく仕えてくれると思ったのだろう。


セレスには

「夫であるファルネティ伯爵には、彼の気分を損ねないように、要望には何事にも素直に従いなさい。

そして、大事なことだが、屋敷にいる使用人達を雑に扱ってはいけないよ。お前には味方が少ない。

まず屋敷の中で味方を作るんだ。

今、彼らの給金は最低水準で、扱いもさほど良くない。

お前の伯爵夫人としての最初の仕事は彼らの労働環境を整えることだ。

例え目下の者にでも、敬意を払って接しなさい。……これは心配するまでもなかったね。お前は兄さんに似て優しい子だから。

ここでもしていたように、人を思いやる心を忘れなければ、大丈夫だ。


そして少しでも迷う事があればリュリーを頼りなさい。彼女に従っていれば間違いはない」

と言い聞かせた。


叔父がよかれと思って選んだ侍女は確かに向上心は高かったが、それは主を食いつくすぐらい強かった。

セレスはリュリーにとって、格好の獲物で、セレスはリュリーに食いつくされてしまう。


それに、セレスは結婚式から大失敗をする。


リージュからエンドルフへの旅の疲れと、緊張のせいで神経をすり減らし、結婚式当日、高熱を出してしまったのだ。


ふらふらになりながらも、結婚式にはなんとか参加できたし、誓約書にサインすることもできたが、披露宴の途中で倒れ、その後の、ベッドでの妻としての務めも果たせず、それは未だに果たせないままだった。


セレスの体調が改善しないことを理由に、夫と床を共にすることは医者が止めている。


結婚して半年以上たった今でも、本当の意味での婚姻は成されていなかった。


結局、この結婚は、ずっと白いままだった。


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