守るための婚約破棄
「オリビエ・アーバント、お前との婚約を解消する」
目の前で悔しそうな顔をしながら、私の婚約者であるランド第三王子がそう宣言した。金色の髪に透き通るような青色の瞳を覗かせている。
今日は私の快復祝いパーティー。数日前毒を盛られた私は、昨日の昼まで命の境い目を彷徨っていたのだ。パーティーに出席した貴族達は王子の告白にとても驚いたことだろう。
無理もない。端から見れば泣きっ面に蜂どころではないのだから。
「お前は私に対して無礼な行いを幾度となく繰り返してきた。婚約破棄だけでは生ぬるい。国外追放を命ずる!」
ランド王子は続けて国外追放を宣言する。私よりも苦しそうな表情をして。
「畏まりました」
私は予定通り返答した。
***
私のアーバント公爵家は軍事力に秀でた家だ。国王直属の騎士団を除いて、我がアーバント騎士団の右に出るものはいない。それだけでなく、様々な軍事兵器を持ち合わせてもいる。アーバント家の協力を得た者が王位を得ることが出来ると言っても過言ではない。
だからと言って私に政治的価値がそれほどあるわけではなかった。両親は健在であったし、私の上には兄が三人いたし、私の妹はクルス第一王子の婚約者であった。アーバント家の協力を得るためには両親や兄達と友好関係を築く事が必要不可欠で、私はあくまで有力な婚約者程度でしかなかった。
……しかしそれは一月前までのことだった。
両親と兄三人全員が魔獣暴走によって死んでしまったのだ。つまり私が実質的にアーバント公爵家の当主となってしまったのだ。
これに慌てたのは第一王子を支持していた貴族達。眼中にもなかった第三王子陣営が一気に王位継承の道を駆け上がってきたのだ。慌てない方が無理だというものだろう。
そこで私を毒殺しようと計画がなされた。私が死ねば、第一王子の婚約者である妹がアーバント家の当主なのだから。
「オリビエ様。そろそろ隣国のスケア王国に入るそうですよ」
侍女ロレーヌの声で現実に引き戻される。馬車の外では森がざわざわとさざめいていた。
「しかしランド第三王子も酷いですね。よくわからない男爵と結婚させるなんて」
ランド王子は酷くなんてない。
私が毒を盛られた後、ランド王子は暗殺を計画した貴族を全て洗い出そうと必死に尽力されたそうだ。
そして知ってしまった。今回の暗殺に加担したのが国の大部分の貴族であることを。一部の貴族を諫めようとも意味などなく、全ての貴族を摘発すれば国が終わることを。
つまり、私の暗殺は国の総意であるとも言えたのだ。
そこでランド王子は前々から交流のあったスケア王国のラクレス第一王子に頼るしかなく、今回の国外追放、もといスケア王国の貴族に人質として結婚することとなったのだ。
「貴族なのだからしょうがないわよ」
そう。しょうがないのだ。
それにあのまま国に残ると、私の命だけでなく、ランド王子の命まであやうい。私のせいでランド王子に迷惑がかかるなど、それこそ死んでも嫌だった。
しばらくして私達の馬車は目的地であるドラン男爵領についた。当主であるドラン様は現在別の国へ出張しているらしい。私達は持ってきた荷物の整理や他の貴族への挨拶、歓迎パーティーなどに振り回される日々を送った。
そうして一月がたった頃、衝撃的なニュースがもたらされた。
……ランド第三王子が暗殺されたという内容だった。
***
「オリビエ様。そろそろ部屋から出てきてください。本日の夕方にドラン男爵が帰ってこられるとの事ですよ!」
扉の方からロレーヌの声が聞こえる。私は布団を自分に覆い被せて、ロレーヌの声を遮断する。
準備をしなければならないのは分かっている。でもそんな気分じゃなかった。
貴族の義務なんて知ったことではない。初めて会う男のこともどうでもいい。ただ、胸のなかにあるランド王子の温もりに触れていたかった。
国にとどまれば良かった。そうすれば少しでも長く彼と一緒にいれたのに。
一緒に国外逃亡すれば良かった。社会的な地位はなくなるけど、彼と一緒ならなんでも乗り越えられたのに。
毒を盛られたときに死ねば良かった。そうすれば彼が死ぬことはなかったかもしれないのに。
「オリビエ様!!」
布団がロレーヌによって勢いよく剥ぎ取られた。光が急激に差し込み、私は目を細める。
光なんてもうどこにもないのに。
***
ロレーヌや他の侍女の働きによって、私はいつの間にかドレスを着て化粧をしていた。
その後応接室のソファで待っていると、馬車が来たとの連絡があった。ドラン男爵が帰ってきたのだ。
「ほら、オリビエ様。しゃんとしてください。旦那様との初顔合わせなんですから」
旦那様がこられたら私は部屋からいなくなるのですよ、とロレーヌが忠告する。
「……そうね」
コンコン
扉からノックの音が聞こえる。その音を聞いてロレーヌが扉に近づき、ゆっくりとあける。
外の光が部屋に入ってくる。そして見えた光景に私は目を疑った。
金色の髪、青色の瞳。何よりも思い続けていた、届かなかった人が扉の先にいたのだ。
ロレーヌは彼と入れ違いに、扉を閉めながら部屋から出ていった。
なんで?幽霊?幻覚?私は死んだの?
……でも、そんなことどうでもいい。目の前に彼がいるのだ。それだけで十分だ。
「……ランド王子?」
私の発言に彼は苦笑いをした。
「今はドラン男爵だね」
彼の優しい声が、クシャっとした笑い方がとても愛おしい。
「生きていてくださったのですね」
「君の顔を見ないで死ねるわけないだろ?」
ランド王子はニヤリと笑う。いつも通りのキザな言い方。とても懐かしく、心のポカポカする言い方だった。
「どうして――」
聞きたいことは色々あるのに、次の言葉が出てこない。安堵と幸せがごちゃまぜになって、胸元から競り上がってくる。
「スケア王国のラクレス第一王子に、うちの国に来ないかって誘われてね。優秀な人材は歓迎するってさ……だからこれからは妻として僕を支えてくれないかい?」
ランド王子、いやドラン男爵の言葉で、結婚をしているという事実を思い出した。愛しの人と、これからずっと一緒にいられるのだと。
私は目から涙の粒がポロポロこぼれるのを感じる。涙が口の中に流れ込む。化粧を溶かした涙は、少し苦かった。
それを見たドラン男爵は私に近寄って、優しくハグをしてくれた。
包み込むように暖かくて、思わず彼の胸元に顔を埋めた。
「何も言えなくてごめんね。むやみに期待させる方が悪いと思ってさ」
そんなことどうだっていいの。あなたが生きてくれていることが、側にいることがどれだけ幸せなのか。
私は声が涙で出ない代わりに、ギュッと彼を握る力を強める。
「絶対もう離さないよ。大好きだよ、オリビエ」
「わたしも……大好きです!!」
涙を彼の服で拭いながら、私は声を張り上げる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃな声だったけど、好きな人に好きだと伝えれてとても幸せだった。
私の世界が光に満ち溢れた。
***
あれから三年が過ぎた。
私の祖国は現在内紛状態にあるらしい。第一王子が貴族の言いなりになっていたため、貴族の権力が増長し、第一王子陣営の中で派閥が二つに別れたのだとか。国が滅ぶのも時間の問題なのかもしれない。
一方我々のいるスケア王国は全盛期を迎えていた。半年前に国王となったラクレス様は、国内外問わず優秀な人材かき集め、半年で国力を1.5倍にした名君主として名を馳せている。
「オリビエ。明日休みがとれたからデートに行かないか?」
ラクレス様に選ばれた一人である私の夫は、嬉しそうにそう言った。もし尻尾が生えていればブンブン振っているだろう、とても楽しそうな笑顔だった。
「どこか行きたいところはありますか?」
「最近、地下から涌き出たお湯に浸かるというのが流行っているらしい。そこに行ってみたいのだが」
もちろんオリビエと一緒ならどこでも嬉しいけどね、とキザなことを付け加える。
「ではそこに行ってみましょうか――それと、私もあなたとならどこでも嬉しいですよ」
「んなっ!!」
夫が驚きの声をあげる。自分ではよく口説き文句を言うくせに、私が返すと急に狼狽えるのだ。
本当に可愛い。
明日のデート、何を着ていこうかしら。ロレーヌに相談しなきゃね。
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