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【怪物貴婦人 part2】

 「なんだ追加の女かぁ? 丁度いいぜ、オレあぶれちまってたんだよぉ」


静寂を破るように酔っ払った兵士の一人が女性に近付く。よほど気持ちよく飲んでいるのか吐く息は酒気をおび、女から漂う異様な雰囲気に気付けていないようだ。


 「『おいしそうだわ』」


貴婦人はゆらりともたれかかる。上品なドレス越しでも分かる豊かな肉付きは男の情欲を非常にそそるものであった。

淑女然とした外見とは真逆の積極的なアプローチに酔いどれは鼻息を荒くする。


 「おっ なんだ意外と好きもんじゃねぇか そういうことなら悪いようにはし


その瞬間。

男の頭が消えた。


 「」


言葉はなく、そして思い出したかのように血が吹き出す。

なにが起こったか分からないのか見守っていた兵士達はただただ呆然としている。

唯一貴婦人だけは何事もなかったかのように軽やかに離れる。頭を失った肉体は自立できずドシャリと崩れる。


 「ヒィッ……!!?」


血液が床を赤黒く染める。ようやく事態の深刻さに気付いた兵士が短い悲鳴をあげたのを皮切りに会場は大混乱に包まれる。


 「『おいしそう』」


貴婦人は転がる死体に目もくれずゆっくりと歩をすすめる。背筋はピンと伸び凄惨な殺人現場のなかでさえもその動作は優雅だった。

そして女がその形のいい唇を開け閉めするたびに先ほどと同じように一人また一人と兵士の上半身が消失する。

人々は一刻も早く怪物から逃げようと部屋の反対側の入口に殺到する。だがいくらドアノブを捻っても扉は開かない。そして不幸なことに屋敷の豪華な造りのドアはそう簡単には壊れそうにない。


 「クソッ! 扉が閉まってやがる! なんでこんな時にっ!」

 「どうなってるんだ!? 誰か裏から閉めたのか!」

 「いいからドアを壊せ! このままだと皆死んじまうぞ!?」


理解不能な悪夢。半狂乱の新兵が女の背後の出口を目指して駆け出す。方法は不明だが貴婦人は何かを咀嚼しているかのようでこちらを見ていない。逃げるなら今しかないと思ったのだろう。


 「『喉が渇いたわ』」

 「え?」


突然フワリと新兵が宙に浮く。錯乱状態で足を空中でバタつかせるが当然進むわけもない。


 「いやだぁ! いやだぁ! 俺は英雄になるんだぁ! こんなことで…… こんなわけのわからない終わり方なんて……!! あああぁぁぁああああ!!!!!!」


貴婦人の真上まで持ち上げられた肉体は見えない力によって生々しい肉が裂ける音をたてながら真っ二つに引きちぎられる。そして流れ出る血潮を怪物はまるで上質なワインでもあおぐかのようにゴクゴクと飲み干す。


 「『あらいけない。 少しこぼしてしまったみたい』」


なんの冗談か怪物はまるで自分が淑女であるかのようにハンカチを取り出し口に添える。

その最中も近場の人間がまた一人宙に浮き、まるで鶏肉の足でももぐかのように間接をひねられながら分解される。


 「う、狼狽えるな! 我らは誇り高き戦士団! 戦士であるならば!戦ってしねぇえ!!!」


ようやく己を奮い立たせた男が怪物に剣を振りかざし突撃する。その言葉で瞬間まで逃げることしか考えていなかった兵達が我にかえる。そうだ我々は武人だ。例え怪物であろうとも戦えばよい。モンスターとなにが異なるものか。


 「『食事中よ?』」

 「っっっ!!?」


そんな兵士達の思いも虚しく砕け散ることになる。怪物が片手で造作もなく男の渾身の一撃を受け止めたのだ。痛がる様子をみせることさえない。そう彼女は怪物。怪物に常識が通用するわけもない。


 「チクショウ! チクショウ! チクショウ! お前ら! 何をしてる!? 早くやれ!!」


男が剣を取り戻そうと踏ん張るが刃は空間に固定されたかのようにびくともしない。

促された兵士数人が貴婦人に斬りかかる。

だが何度切りつけられても血が出ることさえない。


 「『うふふ、くすぐったい』」


次の瞬間兵士達は見えない力によって吹き飛ばされる。衝撃のあまりの強さに男達は壁に叩きつけられ絶命し動かなくなる。


 「て、天使様……?」


蹂躙し尽くされ、白濁とした精液まみれの女が手を伸ばす。自らを貶めた悪魔のような男達を殺した怪物を神の使者とでも勘違いしたのだろう。

貴婦人は少女に気付いたのかゆっくりと近付く。

女はにこりと柔らかな笑みを浮かべた。少女に手を差し伸べる。それはあたかも聖母のような美しい光景であった。

しかし突然娘の手が消える。


 「……え」


そして哀れな娘は見えない顎門に捕食された。

喉を引き裂くような甲高い叫びが響き渡る。

怪物に善悪はない。あるのは純粋な捕食衝動だけである。


 「『う、苦いわ……』」


男達の精液が気に入らなかったのか透明な怪物は娘だった肉塊を吐き出す。

頭は顔がわからないぐらいぐちゃぐちゃに噛み砕かれ全身が何かに咀嚼されたガムのように赤々とした肉と骨のモニュメントになっていた。


 「ひぃぃぃぃぃ!!!」


たまたまテーブルの下に隠れていた公爵は目の前に捨てられた遺体を見てしまい悲鳴をあげる。

なんでこうなった。戦勝の宴だったはず。なぜこんなことになってしまったんだ。これは神からの罰なのか。聡明なはずの頭脳はしかし意味のない疑問を繰り返すばかりであった。


 「『食べすぎて太ってしまいそう』」


そして無慈悲な食事会は続く。

死体が遊び終わった玩具のように散乱し、会場を血と臓腑のデコレーションが飾る。

今日はなんていい日なんだろう。

幸せそうに怪物は口をひらく。

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