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【暗殺者の女 part3】

ここは酒場。賑やかな店内で各々が談笑しながら美食と美酒を楽しんでおり、厳しい時代にも人間らしい温もりがまだ残っていることを感じさせる。

その明るい店内の一角。第三者から見ればまるで親族でも亡くしたかと思われるほどの暗い表情で私はため息をついている。


 「あの……久しぶりに食べるので、お肉。 美味しいです。 ありがとうございます」

 「……そうか」


そんな沈んだ気持ちの私とは対照的に隣に座る少年は幸せそうに食事を食べている。よほど普段からロクなものを食べていなかったのだろう周りに花でも咲くのではないかというぐらいニコニコとしている。

奴隷の少年を押し倒した……もとい少年と出会ったその晩、事の重大さに気付いた私は激しく動揺した。まさか殺戮の限りを尽くしてきた冷酷な私が、生ける死神とまで謳われたこの私がこんな年端もいかないいたいけな少年に手を出してしまうとは。殺すことも考えた。そうすれば何事もなかったかのように明日から生きていける。そう思っていたのだが……


 「あ、食べないんですか……? すごく美味しい、ですよ……?」

 「……食欲がなくてな。 欲しければ私の分も食え」

 「え、あ、その…………いただきます」


遠慮するそぶりをみせながらも目を輝かせて食事を頬張る。

鍛えたはずの精神の脆弱性を呪いたくなる。

完全にこのホワホワとした生命体に雌としての情が移ってしまった。

自分に殺せない相手とこんな形で出会うことになろうとは。

どんな鉄壁の城塞と百錬の軍隊に守られた皇帝を始末するよりもこの少年を追い払うことが困難に思える。


 「お待たせしました。 こちら追加の注文になります。 おや、貴女が連れとは珍しいですね」


エプロン姿の女性がテーブルに追加で注文したエールを置いていく。声をかけてきたのはこの酒場の看板娘のネネだ。娘と言っても既婚者であり、豊かな体のラインから成熟した女性の魅力が伺える。


 「こいつが勝手についてきたんだ。こっちは迷惑してる」

 「そのわりには懐かれているようですが。 まあ見たところ主人のいない奴隷のようですし私がどうこういう話ではないのでしょう。 

ああ、喪女の性欲をぶつけられてかわいそうに」

 「うるさい」


私はギロリと女性を睨むと来たばかりの新しいアルコールに手を伸ばす。食欲はないが飲まないとやってられなかった。大量に摂取する酒分が身体にしみる。


 「それとこちらが今回の依頼の成功報酬になります。 お見事です。 要塞を根城にしていた盗賊団並びに団長全員を殺害されましたので報酬にボーナスがつきます。 お受け取りください」


▼クエストを達成しました。

▼百二十万ゴールドを手に入れました。

▼五百万の経験値を獲得しました。

▼暗殺者のクラススキル【影の祝福】のレベルが92に上がりました。

▼スキル【黒き夜】【夜霧の射手】……他三点を獲得しました。


長年の暗殺稼業でレベルは上限に近くスキルも使う機会がないため脳内に響くアナウンスを無視し、事務的に女性から報酬のゴールドを受け取った。

ここは表向きは酒場であるが裏では危険な仕事を斡旋している事業所として機能している。目の前の女性店員もクエストを仲介する受付嬢としてこうして秘密裏に世話になっている。



 「これで追い剥ぎに悩まされていた街道も少しは安全になります。 日々運搬に携わる商人達もさぞ喜ぶでしょう。 貴女の仕事が社会に貢献しているのです」

 「世間話は嫌いだ」

 「……これは失礼しました。 ただ貴女にも生き甲斐というものを持っていただきたく思います。 最近になってああいう輩が増えているものですから」


受付嬢が視線を移した先では何人かの浮浪者のような身なりの者達がテーブルに突っ伏して寝ている。


 「彼らも元は冒険者でした。 しかし旅路の中で心折れ今では己と向き合うことなく自堕落な生活を送る豚でしかありません。 私は貴女にそうはなって欲しくないのです」

 「大きなお世話だ。 私の生きる意味などずっと昔から1つしかない。 この身体も、魂でさえ私のものではないのだ」

 「それなら良いのですが。 ではこれで失礼いたします」


受付嬢は一瞬見せた暗い表情を隠すようにわざとらしくニコリと笑うと空になった食器をさげていく。そして去る前に言い残した。


 「最後に一つ。 その子に飽きたら街の北にある孤児院に預けるのがよろしいでしょう。 確かに少年の性奴隷は可愛らしいですがそれも第二次成長がくる前までですから」

 「………………」


私は何も言えなくなり頭を抱え、酒に溺れるのだった。殺し屋が形無しだな。私は食べることに没頭する少年を恨めしく、そしてたまらなく愛おしく見つめるのだった。

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