【暗殺者の女 fin】
視界一面に広がる純白の世界を、薄れゆく意識の中で美しいと感じていた。雪が降り積もる険しい山道を暗殺者は這うように進む。その足取りは重く流れ出る血液が進んだ道を真紅に染めている。それに気付きなんとも皮肉な話だと自嘲気味に笑う。
(やはり駄目か。 まあそうだろうな)
暗殺者は致命傷を負っている。幸か不幸か最後に胸を貫通した怪物の腕は肺の一部を抉るにとどまり即死は免れた。だが失った血液は致死量のそれであり街に辿り着くのは不可能である。だからといって諦めて死を待つのは教義に反するので必死にもがいてみたがそれも無意味だろう。物語のように奇跡は起こらない、か。
(流石に息が苦しいか… 最後ぐらいは楽をさせてもらおう…)
身体を捻り体勢を仰向けにすると呼吸が少し楽になった気がした。未だ出血は止まらず白い雪をじんわりと赤く染めていく。もう間も無く自分は死を迎えるだろう。
(暗殺者だからな。 まともな死に方は出来ないと覚悟していたが…… なかなかどうして、悪くないじゃないか)
偶然空を仰ぐ形になる。雪は降っているが風はないためどこか幻想的な景色だった。もはや痛みすら感じずただ必死に息をしているだけの状態。
だが反面、心は穏やかなものだった。
暗殺者として生き、そして任務の果てに死ぬ。
分かりきっていた人生だ。後悔など無い。
強いてあげるのであれば彼のことだけが心残りだった。
ゆっくりと思い返す。私達の人生はきっとロクなものではなかったのだろうが、もしも普通の女性として君と会えていたなら。
(まあ、歳の差が厳しいか)
やけに現実主義な思考が可笑しくなって笑い出してしまった。血が口から溢れ出る。酷い有様だ。
(しまった。 ああ、余計な事を思い出してしまった)
出血と酸欠で思考が途切れる直前、後悔が一つだけあった事に気付く。それは恋愛においてきっと初歩的な事。
思えば彼の気持ちを確認していなかった。
今さらこちらがどれだけ愛を囁いたところで死人に届くことはない。それに思えば嫌われていたかもしれない。
なにせ最後は逃げ出されてしまった。
私のこんな気持ちも。
君にとっては迷惑でしかなかったのかもしれない。ただそれだけが気になって。
(なあ、君は私の事をどう思っていたんだ?)




