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【暗殺者の女 part2】

 (あ、もう終わりか)


盗賊の気配がなくなってようやく私は我に返る。

気付けばこの短時間で誰にも見つかることなく容易に二十人前後の人間を殺害していた。

短剣にこびりついた血と肉を何の感情もなく布で拭う。ああ、人一人殺めるたびに悦に浸れていた若い頃の自分が羨ましい。

思えば暗殺稼業も慣れてきた。いや慣れすぎた。

初めこそ熱心に祈りを捧げながら魂の運び手を担ってきた私だったが今では最低限の祈りとスキルだけで済ませてしまうようになった。

悲しいかなこんなに長く生きるつもりではなかったのだ。異常と言って差し支えない幼少期を過ごし暗殺技術を叩き込まれた青春。明るい花畑の世界で花よ蝶よと育てられることはなく薄暗い密所で罪よ罰よと教え込まれた。接吻よりも前に人体の構造について叩きこまれ素手で首を折る方法を学んだ。初めての性行為は訓練で経験し恋愛感情も分からぬまま男を喜ばせる夜伽の技術だけが一流のものになっていった。初恋と呼べるようなものもあったような気はするが同胞達は皆私よりも先に旅立ちもう会うことはない。


 (空虚だ)


邪教とはいえ私ほど敬虔な信者はいないだろう。

私は自分の人生において何より貴重な時間と感情のすべてを捧げてきた。死を司る神タナトス様の寵愛を一身に受けているこの身はもはやスキルの百分の一を使わずとも誰も知り得ぬ殺戮を実行出来る。どんな人間もモンスターでさえ私が本気を出せば終わらせられないものはないだろう。


だからこそ考えてしまう。

私は何のために生きているのか。

問う。生きるとはなにか。

命とはなにか。

世界とはなにか。

答えに至る前に人は死んでしまう。

それこそが人の定め。

それこそが人の幸せ。

それなら私は何のために。


 (無駄な思考はやめよう)


そう、考えても仕方のないことというのはある。どう足掻いても自分のあり方は変えられない。過ぎた過去を変えることはできない。

私は最後の仕事を果たしに地下にある牢獄区間に向かった。戦争の際身代金が見込める貴族や位の高い戦士はここで身柄を拘束され、大規模な要塞には大抵このような場所がある。

そこから微かに生命探知スキルを使用した際に反応があったのだ。反応自体微弱で負傷兵一人か食料用の家畜だろう。私は解錠用の器具で鋼鉄の扉を難なく開けると部屋に入った。


 「………………!」

 (なんだ。奴隷か)


牢には一人の少年が座っていた。日常的に暴行を受けていたのか身体中あちこちに変色した殴打跡があり、ろくに食事も与えられていないのか相当弱っているらしい。綺麗な青い瞳をしているものの焦点が定まっていないように見える。


 「……だれですか?」

 「殺し屋だ」


何の気まぐれかつい答えてしまった。もう要塞に敵になりうる相手はいない。小規模な賊団なので援軍の心配もない上誰にも気付かれずに全員始末した。仕事終わりということもあり気が緩んでいたのかもしれない。


 「……ボクも殺されちゃうんでしょうか?」

 「そうだな。 お前の苦しみも悲しみもここで終わる」


幼い奴隷だ。声変わりもまだなのか声質は柔らかく女といっても通じそうだ。貴族の女は奴隷の少年を愛玩用に可愛がるらしいが彼なら十分適性があるだろう。傷を治し十分な栄養がとれればきっと見違えるほど良い奴隷になるだろう。


 「……そうですか。……わかりました」


文字通りの死の宣告に恐怖に怯えるどころか少年は安心したようでさえあった。


 「やけに冷静だな」

 「いや、ごめんなさい。 なんか怖いのもあるんですが。きっとどのみちもうすぐ死んじゃうかなとは思ってたんで。 あはは、おかしいですよね……」

 「…………………」


ああ、私と近い。素直に思ってしまった。

生まれた環境のせいか運の巡りあわせかどこか達観した世界観。かといって足掻くことなく冷ややかに終わりを受け入れている。何かを失ったものの目。


 「毎日生きてても苦しいだけだし。 それでも自分で終わらせる気概もないので……」

 「そうか」


会話の中で長年動く事のなかった私の感情がざわついているのを自覚した。たった今会ったばかりの少年が何故ここまで私を強く揺さぶる。

この少年から目が離せなくなる。この少年の言葉に反応できなくなる。無機物のようだった心が不具合でも起こったかのようにおかしい。


 「だから貴女みたいなきれいなお姉さんに殺してもらえるならそれでいいかなって」

 「…………」


魔が刺したのだ。

私はプロの暗殺者だ。感情も願望もない。

私は魂の捧げ手だ。我が魂は信仰神のものだ。

私に心はない。そんなものはとうの昔に失ったはずだった。

だが私は……私は今、初めて過ちを犯す。


  「痛くしないでくださいね」

  「…………ああ」


少年が喉を差し出すように目を閉じて顎を上げる。それがなぜか私にはとても神聖なものに見えた。私は少年に近付く。身体が熱い。呼吸が荒くなる。まともな思考が出来ない。

未だ目を開けない少年の目の前に立つ。

やつれてもなお艶やかな髪は若さからだろうか。肌は近くで見るときめ細やかで瑞々しい。恐怖から時たま薄目を開ける潤んだ瞳は加虐心を逆撫でする。華奢な身体はほどよく小柄でとても抱き心地がよさそうだ。


 「痛くはしない。 お互いにいい夜を過ごそう」

 「?」


無抵抗な彼を押し倒す。

殺戮の高揚感が私をおかしくしたのか。

人生で溜まりに溜まった鬱憤が爆発したのか。

はたまたなんて事のない性欲の暴走か。


私はこの日初めて罪を犯した。

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