【悪魔崇拝者の男 fin】
「『捕まえた』」
「──────ッ!!」
永遠とも思える死闘。その結果は暗殺者の敗北という形で終わりを告げる。怪物の腕が暗殺者の胸を貫通しその内臓を握り潰したのだ。勢いよく手を引き抜くと血が一帯に飛び散り肉が生々しい落下音をたてる。
長時間に及ぶ戦闘の中鬼気迫る精神力で持ち堪えてきた暗殺者だったが所詮は人間。走り続ければ体力を失い、血を流せば死に近付く。人間としてのスペックの限界。そもそも不死身の怪物相手にここまで善戦出来ていた事が奇跡に近かった。もはや日の出は目前。惜しかったがあと一歩の所で限界を迎えてしまったのだ。
「『これで』『魂が』『足りるわ』『これで』『私は』『私は───」
不意にそれまで歓喜に震えていた怪物の動きが止まる。聞き逃してしまいそうなほど小さな金属音。落下したその小さな物体が彼女の目を釘付けにした。
「『あぁ』『あぁ』『あぁ』」
意味を為さない言葉が怪物から溢れる。
それはなんて事のない小さな十字架のロザリオだった。見違える筈がない。使い古され所々錆びているが確かにそれに見覚えがあった。暗殺者が女中から受け取った遺品。マリアが生前祈りを捧げ続けていた十字架だ。
それは決して忘れてはいけなかった願い。
生前の彼女が夫の為に祈り続けた記憶。
健やかに。幸せに。決してその輝きが曇らぬように。
「『あら』『何でかしら』……」
目元に違和感を感じて恐る恐る手で触れた。液体が眼球にあたる部位から溢れ出ていく。それは通常では考えられない事象。怪物は涙を流していた。
例え感情を持たない怪物になろうと。その人格が偽りのものであろうと。その肉体に宿る魂は確かに覚えていた。
「マリア… まさか君は………」
「『ごめんなさい』『あなた』『私にも分からないの』『あなたと一緒にいたい筈なのに』『涙が止まらないの』『どうして』」
「いいんだ、マリア。 もういいんだ…… 」
その短い言葉に男は全てを察した。いや、最初から分かっていたのかもしれない。優しく彼女を抱きしめ、どこか淋しげな笑みを浮かべながら、慰さめるように愛しい妻の頭を撫でる。
「可哀想に、こんなボロボロになって」
「『変な人』『私は貴方の目に映るほどかよわくはないのよ?』」
「知ってる。 実はね、君の本当の姿も最初から見えているんだ。 これでも元大賢者だからね」
「『酷いわ』『気取ってた私が馬鹿みたいじゃない』」
「そんな事ないよ。 今も昔も本当に君は綺麗だ」
「『褒めれば良いと思ってるのはあなたも昔から変わらないわね』」
「あはは。 これは手厳しいな」
朝日が昇るまでの時間、二人は語り合った。
その内容は謝罪でも後悔でもない。ただ意味のない会話を繋いでいく。懐かしい感覚。
それは穏やかな二人だけの時間。
思えば初めからこれが男の望みだった。
もう一度だけ彼女と話す事。ただそれだけのささやかな望みだったのだ。
「愛してるわ。 あなた」
「僕もだ。 愛してる」
「ふふっ」
変わらない笑顔。
朝日に照らされながら彼女が塵へと返っていく。
そして同時に取り込まれていた魂が解放され天へと昇っていく。
この言葉を君に伝えたくて。ただそれだけの為に。
さよなら、マリア。




