【暗殺者の女 part12】
術者に向けて放った渾身の一撃。
しかし、それは思わぬ結果で終わる事となる。
【この物体を破壊する事は出来ません】
「………………………!!?」
突如再生される機械的な音声。
それだけではない。確かに振り下ろした短刀。それが不自然に空間に固定され動かない。攻撃が完全に無効化されている。これは一体なんだ。
「────なんだ。 暗殺者と言っても、来る事が分かっていればこんなものか」
理解不能な状態に硬直する私に先程まで苦しんでいた筈の男が語りかける。
「悪いけど君の攻撃はマリアに防いでもらったよ。 毒も解毒させてもらった。 昔ちょっと調べてた時期があってね」
淡々とした声。これまでの一方的な防戦が予定調和かのような言い草に身体が震える。
「君に見えているかは分からないけどね。 矢で射抜かれてから彼女はずっとその腕で隙間なく僕を抱きしめている。 そして彼女にこの世界の攻撃が通じる事はない。 まさか仮想空間内のアナウンスまで引き出すとは思わなかったけどね。 素直に感心するよ」
仮想空間?アナウンス?何が起こった?新手の断章か?しかしこの声は男のものでも怪物が再生するそれとも違う。なんだ。何が起こっている???
「君の襲撃は予想出来ていた。 僕の術式に詳しいソフィーを見逃せば彼女は必ず暗殺者である君に依頼する。 そうすれば長年かけて魂をたんまり集めた君を引きずり出せる。 落ち込み事はない。 昔から頭の良さには自信があるんだ。 いやあ、実は魂の数が足りなくてね。 君には是非儀式の生贄になって欲しい」
未だ動揺する己を鼓舞し、咄嗟に回避行動を取ろうと全力で背後に跳躍する。一瞬風がなびく。間髪入れずに怪物の見えない触手が叩きつけられる。あまりの威力と速度に短刀で受けるのがやっとだった。得物を握る右腕が悲鳴をあげる。
「君は暗殺者としては二流だね。 殺意が漏れすぎてるよ。 最初から最後までどこを狙っているのかバレバレだ。 だから矢も急所を外せた。 本当に君が、君ごときが噂に聞く伝説の暗殺者なのかい?」
「……………っ!!」
屈辱。人を殺す術だけを磨いて生きてきた。その私がこんな初歩的な感情制御さえ出来ていない。
【夜父の面】をつけてなおこの心が乱されているとでも言うのか。
少年を失い、暗殺まで失敗した。
なんだ。もう私には何もないではないか。
「それにしても最初の矢は効いたよ。 君を警戒させないために初撃は受けないといけなかったからね。 ああ、本当に痛い。 マリア、彼を痛みつけておくれ」
「『そういうのは』『私』『得意よ』」
女が歓喜と共に微笑む。姿を表した無防備な敵に怪物は容赦なく襲いかかる。先程と同等かそれ以上の威力を持つ不可視の衝撃。なんとか怪物から距離を取ろうとするが攻撃をもろに受け呆気なく地面に激突する。
「──────!!」
受け身さえ取ることが出来なかった。反動で肺から空気が強制的に押し出される。喉の奥が激しく締め付けられるのを感じながらなんとか起き上がろうともがく。だが手足が痺れて上手く立ち上がる事すら出来ない。
「それにしても見つかった暗殺者というのは憐れだね。 まるで虫けらじゃないか。 こんなものを僕達は恐れていたというのかい?」
「……くっ ……殺してやる」
「『ええ』『すぐに』『そうしてあげるわ』」
掠れた声に美しい声が答える。すぐに身体が宙を浮き何度も何度も叩きつけられる。視界が歪む。意識が途切れる。四肢が千切れていないのは【黒き包容】で防御を強化したからでしかない。革鎧はズタズタに裂けており酷い有様だ。そして遂には【夜父の面】の一部が耐えきれなって砕け散る。そして私の顔があらわになる。
「おやおや、これは面白い。 まさか君が暗殺者だったとはね」
そこには無様に這いつくばるそばかすの女がいた。
一粒の水滴が落ちた。それが自分の目から溢れ出たものである事に私はしばらく気付けなかった。




