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【暗殺者の女 part9】

「─────────」


何か悪い冗談のように木っ端微塵になった肉片を凝視する。少年の不在に気付き教団の情報網を駆使してここに来た。おぞましい気配を感じ彼に叫んだ。それから起こった事を脳が理解する事を拒絶している。頭が痛い。耳鳴りがする。体が熱い。思考が正常に働かない。どうするべきだ。何を感じればいい。なぜこうなった。

気付けば呆然と膝をついていた。異様に覚醒した思考の中吐息の音だけが大きくなっていく。


「これは……残念だね。 酷いじゃないかマリア。 彼は君に紹介するつもりだったのに」

「『ごめんなさい』『あなた』『つい』『美味しそうで』」


近づいて来る二人をどこか他人事のように眺める。

これはなんだ。人間のものでもモンスターのものでもない邪悪な気配。暗殺者として幾つもの死に立ち合ってきた自分ですら吐き気を催すほどの死臭。肉が腐って発酵したような嫌な匂い。


「おやおや、これはこれは… 君があの子の大切な人なのかな」


男が歩み寄る。奇しくも依頼された暗殺対象と特徴が一致する。情報が確かであればこの男を始末すればあの怪物も消える。千載一遇の好奇。

男との距離は五メートル。暗器を投擲すれば一撃で対象を絶命させられるだろう。距離が多少不安だが予め毒が仕込んである。擦りさえすれば任務は完了するであろう。

男との距離は三メートル。この距離なら暗器を外す事はないだろう。この間合いであれば怪物の邪魔を受ける前に一瞬で跳躍し奴を仕留める事ができるだろう。狙うなら首の動脈を掻っ切るのがいい。なんなら心臓を抉って苦しませようか。

男との距離は一メートル。一撃必殺の距離。刃を振るうだけで殺せる距離だ。何も難しく考える必要はない。立ち上がってただ獲物で仕留めればいい。

高速で殺害手段を思索する反面身体はピクリとも動かない。心が塗りつぶされてしまったかのような虚無感と脱力感。何度念じてもこの身体が活動命令を拒絶する。

もう私には何も出来ない。


「ああ、可哀想に。 涙を流す事も出来ないようだね。 僕にも分かるよ。 そのすべてがこぼれていくような感覚。 同情するよ」


もはや木偶人形のように身体は無抵抗で動かない。男は品定めするように私の顎を引き上げる。無気力な私はされるがまま顔を触られている。もう何もかもがどうでもよくなってしまった。


「いい目をしているね。 純粋で綺麗な絶望の色だ。 君には素質がある。 彼にもう一度会いたければ僕のところに来るといい。 そうすれば君は僕のようになれる」


それは堕落の誘い。同族を増やそうとする人間の名残かはたまた殺めてしまった幼い命への同情か。

男は私から手を離すと悠然と怪物のもとへ歩いていく。

殺されなかった。生き残ったのか。いや、違う。もう私は既に死んでいるのだ。


私はただ一人彼だった肉片と共に花園に取り残される。

私はどうすればいいのだろう。

もはや生きる理由すらないというのに。

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