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【暗殺者の女 part1】

 (私は愛という言葉が好きだ)


刺すような寒さの夜、暗殺者は遠方の標的を眺めていた。

漆黒で統一された革鎧は消音の為か金具の類は使われておらず、ぴったりと張り付いた布着は闇夜にも女性的なシルエットを浮かび上がらせている。

よく見ると装備には幾何学的な模様の装飾が施されておりどこか宗教的な意味合いを感じる意匠である。顔と口はフードで覆われているので遠方から見ると無機物の影程度にしかみえないだろう。



  「『汝ら闇に生き闇に帰る者なり』『偉大なる我が父タナトスよ』『今宵も御身に贄を捧げる赦しを与えたまえ』」



スキル【消音】を適用。

もの音を立てにくくなった。

スキル【気配消失】を適用。

相手に存在を悟られにくくなった。

スキル【沈黙】を適用。

自身に無音状態を付与。

スキル【隠蔽工作】を適用。

第三者に殺害を気付かれにくくなった。

スキル【生命探知】を適用。

生命を遮蔽物越しに知覚できるようになった。

スキル【感覚敏化】を適用。

自身の五感が鋭くなった。

スキル【影の祝福】を適用。

死を司る神タナトスの加護を得た。


暗殺者が詠唱するといくつかのスキルが起動し複数の効果を付与する。【断章】と呼ばれるその詩節は世界の理に呼びかけ自身や相手に変化をもたらすものである。


 (私は魂の運び手。生命の火を循環させ均衡を維持する者だ。故に俗物的な執着はない)


街はずれにある古い要塞。かつては国を守る軍事的な要所であったその場所だったが今では街道を襲う賊の棲家となっていた。依頼内容は悪党達のリーダーを殺害することだったが今宵彼女は集団を皆殺しにする。


彼女が取り出したのは身長ほどもある巨大な黒塗りの弓だった。こちらも革鎧と同様に見事な装飾がなされており和弓と呼ばれる長距離射撃を目的としたものに形状は近い。そして狙いを定めたのは入口にいる門番。敵を警戒してか深夜にも関わらず警備目的で配置されているようだ。獲物を見据えるその女の目はかすかに琥珀色を帯びている。


 (しかし数多いる人間の中で運命の相手と出会い、その心を射止めることはなんと奇跡的なことだろう)


そして瞬間、暗殺者が放った矢が見張りの頭を射抜いた。一瞬の出来事に盗賊は音もなくしゃがみこむように倒れ絶命する。通常ニメートルを超える巨大な弓でさえその射程距離は四百前後だが要塞から発射地点までの距離は六百以上。その上人間の頭ほどの小さい的に当てるのは至難の技であり一度外せば弓矢の性質上間違いなく敵に位置が知られてしまう。まさに人間離れした腕前と精神力であった。


 (生まれそして死にゆくだけの人間が、それでも精一杯に命を謳歌することはなんと素晴らしいのだろう)


射殺の成功に浸ることもなく弓矢を簡易的に分解してしまうと息を切らすことなく疾走する。その勢いのまま壁に手をかけみるみるうちに要塞の壁を登り切る。城壁などの石造りの建物は構造上足場となる場所が多く登るのは難しくない。逆に門番の死体を漁れば正門の鍵はあるだろうが要塞の扉は兵や物資が出入りするため大きすぎて目立つ。


 (長引く戦争と飢餓で国は荒れ果て、殺伐とした時代が続く。他人に心を許すのは難しい)


要塞に入ると盗賊団の大男が廊下を歩いていた。不幸なことに背を向けるかたちで歩く男の後ろ姿に影のように忍び寄る。特別な訓練を受けている彼女にとって足音を消すのは難しくない。踵から地面を着地させることで地面との摩擦音を消し、歩を相手と同じ間隔で進めることによって完全な無音を実現するのだ。そうして真後ろに迫った暗殺者は背後から男の口を塞ぎ短剣を胸に突き立てる。即死させるだけの自信が彼女にはあったが仲間を呼ばれるようなヘマをしないため保険をかけたのだ。ダメージに複数のスキルで強化した隠密ボーナスが入り、男は何が起こったか分からないまま静かに動かなくなる。


 (そんな中他者を受け入れ、そして愛する人の営みをこそを私は尊く思うのだ)


彼女こそは空前絶後の暗殺マシーン。

闇の時代に芽生えた暗殺信仰。曰く、死を司る神タナトスに生贄を捧げよ。さすれば超人的な魔力を得られるだろう。死を連想させ、悪魔崇拝に近いこの邪教はほぼ全ての国で禁教とされた。

そのコミュニティで生まれた幼子は九歳を過ぎると特殊な訓練を受け、魂の運び手としての価値観を刷り込まれる。そして十五を迎えると一人前の捧ぎ手として初めて殺しの仕事を任されるのだ。「人間は血と恐怖で清められなければならない」という教えに基づき暗殺を遂行する。危険な任務につくことが多い捧ぎ手は非常に短命で二十歳を超えるものはいないとされる。

 だが捧げた贄の数によってその能力は左右されるため、生きながらえたものはまさに死神の如き力を得るという。そしてこの女、齢三十二を超える暗殺信仰が生んだ生きる死神。


そして同時に未だ恋知らぬ乙女であった。

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