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【悪魔崇拝者の男 part4】

「………………ッ!!」

「おはよう。 あなた」


懐かしい声だった。


「よほど疲れていたのね。 しばらく寝ていたから心配したのよ?」


目が覚める。どうやら悪い夢を見ていたらしい。


(夢?夢だったのか?全部?)


眩しいほど明るい光景だ。どうやら自分は家の近くの草原で寝ていたらしい。雲一つない晴天。野生のたんぽぽが群生している平和な野原。

そして何よりこちらを見おろす愛する妻。

どうやらずっと膝枕をしてくれていたようだ。

困ったように微笑む彼女はいつにも増して美しい。最高級の絹のような金髪と人形のように整った顔立ちは楽園の女神さえ彷彿とさせる。体調が回復したのか顔色も良く健康そのものだ。


「ねえあなた、どこか痛いの?つらそうよ?」


それにしても酷い夢だった。頭に鉄杭を打たれたのではないかと疑うほど頭痛がする。衣服が嫌な汗でぐっしょりと濡れている。悪夢から目覚めた直後だからだろうか嫌悪感から多少吐き気もする。だが心配そうな彼女を察して慌てて笑顔を作る。何より彼女の笑顔を思えばどんな病だって吹き飛ばせそうだ。


「ん? ああ、ごめんよ。そんなことはないんだけど……変な顔でもしてたかな」


そうだ。彼女がいればそれで良かったんだ。他には何もいらなかった。生まれた時から満たされなかった。金や名誉なんて初めから興味もなかった。どれだけ魔術を学び、どれだけこの世の真理を覗こうと真に満たされる事はなかった。君の存在だけが僕のすべてなんだ。


「ちょっと悪い夢を見てね… 君がいなくなる夢なんだ。 君が病気になって。 僕はなんとかしようとしたんだけど手遅れで。 さよならが言えなかった…  君が…君がいなくなって! 僕は… 僕はね…ああ、どうしていいか分からなくて… !」


夢の内容を話そうとするが嗚咽でうまく話せない。

息も不規則でうまく吸えず涙が止まらなくなる。感情が現在の幸福と夢中の絶望の間でめちゃくちゃになっていく。


「ああっ 僕は…僕はなんておぞましい事を…!! 沢山人を殺したんだ…!! 小さな子供まで…!!それでも君を…! 僕は君にっ…!!」

「分かったわ。 分かったから、ね? 落ち着いてあなた。 大丈夫。 大丈夫だから」


まるで天上の天使が奏でるハープのように美しく優しげな声で僕をあやす彼女。赤子を抱く聖母のような慈愛に満ちた笑み。忘れるはずがない愛しの女性。本当に夢じゃないんだ。


「これからはずっと一緒に暮らそう。 もう君と離れて旅なんてしない。 冒険者も辞める。 魔物が襲ってきても逃げればいい…! 二人でいつまでもいつまでもずっとずっと幸せに暮らそう…!」


彼女と向き合って見つめ合い、互いの手を強く握る。出会った頃から変わらない彼女の少しがっちりとした手。僕を介抱してくれた女神の手。

今度こそ離すものか。



「ごめんなさい、それは出来ないの」



────────────。

思いがけない言葉。

瞬間、冷水を浴びせられたかのように思考が冷静になる。待てよ。そもそもなんで彼女の病気が治ってるんだ?立ち上がれない程衰弱していた彼女はどうした?病は治ったのか?治療薬は見つかったのか?


「だって」

「やめろ……」


恐ろしい思考が脳裏をよぎるのを必死で気付かないようにする。何度も何度も泡のように湧き上がるそれを必死に必死に消し去ろうと念じる。


「『だって』」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああ」


気付けば顔を絶望に歪め奇声を発していた。

それまでの楽園のような光景が歪んでいく。

疑念の蛆虫が羽化し脳から出ようと頭を掻き乱す。

認めたくない。気付きたくない。奪わないでくれ。やめてくれ。やめてくれ。やめてくれ。やめてくれ。


「『だって』『生贄』『が』『足りないもの』」


そうだ。全て思い出した。

僕は悪魔に魂を売ったんだ。

彼女と会えなくなってしまった日。信仰を捨てたその日から僕はあらゆる外法に手を染めた。禁術を手にするため同胞を手にかけ、実験の為に数えきれない人間の生を使い潰した。

他の誰でもない。僕だ。僕がこの手でやったことだ。


「『でも大丈夫』『あなたが』『捧げ続ける限り』『私は』『どこにもいかない』」


その結果がこれだ。思えば初めから狂っていたのかもしれない。だが正気が何の役に立つ?彼女が救えたか。君が笑ってくれるならなんでもする。失う物は一つしかない。今更何を躊躇おうと言うのか。必要ならばまた何十人でも何百人でも殺してやる。殺し続けてやる。


【捧げなさい。その全てを】

【捧げなさい】【捧げなさい】【捧げなさい】


彼女が僕を抱きしめる。涙を舐め蠱惑的なキスをし、その美しい形の手をゆっくり下腹部に這わせる。


甘い誘惑で人間を堕落させる。

思えば悪魔とはそう言うものではないか。

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