【怪物貴婦人 part3】
俺は死体だ。生前はマリアと呼ばれたらしい。
死体に宿った仮初の魂。それが俺だ。感情はない。
ただ与えられた役割を果たすことを命じられた。
故にそれに従う。それが俺の使命。
「キミのために洋服を新調しておいたんだ。 サイズは合うはずだ。 どれを選んでくれてもかまわないよ。 キミに似合わない服なんてこの世に存在しないのだから」
服を着ろということらしい。
人間どもを食らったおかげか蘇生したばかりの肉体は外傷1つないものの確かに人目を無意味にひく必要はない。
「『ありがとう』『嬉しいわあなた』『そういえば』『せっかくの服が』『ボロボロに』『恥ずかしいわ……』」
俺は人ではない。故に本来言葉を発する事が出来ない。この肉体に残った記憶を頼りに、喉にあたる器官を震わせそれを切り貼りして蓄音機のように再現しているに過ぎない。
融通は効かないが俺の本来のそれよりはマシだろう。死してなおどこか気品さえあるこの美しい声は俺でさえ嫉妬してしまいそうだ。
「僕は部屋で待ってるから何かわからない事があったら言ってほしい。ほら、あんまりジロジロ見るもんでもないだろう?」
化物相手に何を気遣っているのだろう。
愚かな男だ。奇妙な男だ。
これが生まれの良さということだろうか。
そもそも紳士然とした対応とこの男が俺を生み出すために行った行為のギャップに違和感を感じる。
「『………………』」
喉にあたる部位を調整ししばらく呼吸音を整える。
歴とした契約である以上、創造主の御技にケチがつくような再現度にするわけにはいかない。
文句を言われようものなら食い殺すだけではあるのだが。
身体が問題なく機能するか確認をする。
ゆっくりと手を揺らし、本体とのズレがないか確かめる。俺の身体は人間の目には女の肉体に映るはずだが実際は肉の塊を借りて顕現しているに過ぎない。一種の幻覚に身を包み、この奇跡は再現されている。
「『どうしましょう』」
気まぐれに意味もなく喉を震わせながら改めて戸棚の並んだ部屋を物色する。
よほど生前から愛されていたのだろう。色とりどりの豪華なドレスが所狭しと揃っていた。
一着一着に見事な刺繍や装飾がなされており物の良さがうかがえる。
自分でないものに向けられる愛情に辟易としながら手近なものから試着する。
依代の記憶を頼りに問題なく着付けを行う。自分で衣服も着れないほどの高貴な令嬢であることを懸念していたが無用な心配だったようだ。
生前はある程度のことは自分でしていたらしい。
「『困ったわ』『困ったわ』『困ったわ』」
何着か試着しているうちに問題に直面する。
着脱の手際の素早さとは裏腹に衣服が決まらないのだ。
どの服も似合わないのではない。似合いすぎるのだ。男の先程の台詞に嘘偽りはなくこの肉体の宿主が着こなせない服など一着としてなかった。
素体が良いのもあるだろうがあの男は誰よりもこの肉体に合う嗜好を理解している。
だからこそ悩む。あの男はどの衣装を着ることを望んでいる?どうやって服を選べばいい?
生まれたばかりの私には個体としての嗜好はない。故に物を判断する能力はあろうと個性を出すことができないのだ。
「『どうしましょう』」
そもそも男の丁重すぎる扱いも気に食わない。
数年会えなかった妻が生き返ったのだ。裸体を見れば欲情の一つもするはずではないのか。勿論創造主に抜かりはなく俺にはその用途を常人以上にこなす機能が備わっている。迷走して一人着せ替え人形状態になるぐらいなら期限の三日三晩を強引に犯された方が気が楽だ。
「『あの人ったらもう。愛されすぎるのも考えものだわ』」
そこそこの長文が言葉を繋がずとも出てきた事に呆れつつ、怪物は愛情に溺れる贅沢な悩みに苦しむのだった。




