第9話
エレシアは、再び目を覚ました後深々と謝罪をする。
「ご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ありません。もう大丈夫です」
昨日の睡眠不足に馬車での緊張が重なり倒れてしまったようだ。グレンが「水をもらってくる」と立ち上がろうとする。
「あの、ハーブティーがあります。その、お二人に召し上がっていただこうと思って差し入れをお持ちしたのですが……」
挟んだだけだけど……と、早起きして作ったサンドイッチが入ったバスケットを指さした。グレンはエレシアのほうを見てしばらく悩むようにした後、腰を戻した。それからバスケットの中からハーブティを取り出し、保温効果のある瓶からカップへそそぐ。
湯気があがるカップを差し出して、「熱いから気をつけろ」と言いながらエレシアの両手をとってカップに沿える。
「……」
エレシアは相変わらずの子供扱いに思わず、ふふふっと吹き出してしまった。確かに小柄なため幼く見えるかもしれないが、公爵家長子として生まれ、皇太子妃候補として育てられたエレシアは子供扱いされることなんてほとんどなかった。
「グレン様、わたし今年17歳なので来年成人なんです。そんなに子供じゃありません。」
——子供扱いしないで、なんて子供みたい。
そう思うとまた可笑しくなってくすくす笑っていると、驚いたことにグレンも微かに笑っていた。
——こんなに優しそうに笑うのね。
だけどもその笑みはすぐに消えていつもの表情に戻ってしまった。おぼろげな残像を惜しみながらエレシアは話を続ける。
「よければサンドイッチも召し上がってください。実はほとんど店長が作ってくれたので味は保証します。わたしは色んな国の料理について本で読むのは好きだったのですが、作るのは苦手みたいで」
少し笑ったおかげでエレシアは少しだけ緊張がほぐれてきた。
「グレン様とカルロ様はベゾンシュタク王国の騎士様ですよね。桃や葡萄といった果物が有名な国ですね。それからお茶も香りがよくて人気だと聞いています」
「そうだな。隣接しているチチェリ王国やデサージュ王国へも出荷している」
デサージュ王国の名前がでた途端、エレシアにかかっていた靄が一層濃くなりグレンは思わず後悔した。だがエレシアが身分を隠す以上謝るわけにもいかない。
「アマリア嬢——」
偽りの名前で呼ばれたことが最後の一押しになってエレシアの周りは真っ黒になっていく。楽しそうだった表情は消え、しばらく重い沈黙が続いたあとエレシアは言った。
「……アマリアというのは本当の名前ではございません。……わたくしはデサージュ王国サザーランド公爵の娘エレシアと申します。事情があって、デサージュ王国を離れることになり身分を偽っておりました」
絞り出すような告白だったにも関わらず、グレンは一言「そうか」というだけだった。
——呆れて何も言えないのだわ。
そうと思うと心が締め付けられるようだった。このまま重い空気が続くかと思ったが、向こうからカルロが二人を迎えに来たのが見えた。カルロにも身分を偽っていたことを謝罪すると、ひどく驚いていた。それは却ってエレシアを苦しめた。
街まで送り届けてもらい、エレシアは改めてお礼とお詫びを伝える。
遠ざかっていくエレシアを見送りながら、
「……グレン、アマリア嬢に何したの?」
「別に何もしていない」
「何も? 僕が見たってあんな申し訳なさそうにしてたじゃない。可哀そうに。あぁ、気づいてたんだ。それなら尚更何か言ってあげなよ!」
「言うって何を?」
「……もう知らないっ!」
その後、帰宅したエレシアはトーニ達にも本当のことを話すことにした。失望して追い出されることも覚悟していたのに、トーニはあっさり納得してくれた。
「奥方様にそっくりですよ」と嬉しそうに笑った。
週が明けてフィリスにも自分が捜索願が出ている貴族令嬢で、身分を隠していることを正直に話したところ、「そうだったんでございますでしょうか」などと明らかに挙動不動になってしまった。
「……慣れるまでは厨房にいるようにするよ」
そう言って厨房に戻ってしまった。
——関係のない人にまで嘘をつかせてしまうなんて最低ね。