第8話
今週の売り上げも好調だった。それなのにエレシアは浮かない顔をしている。それだけでなく、何か言いたそうにフィリスの方をチラチラと何度も見ている。
「アマリア、どうしたの? 何か問題でもあった?」
「いえ、先週と比べて若干売り上げが落ちていますけど、十分集客を維持できているので問題はないです。ただ……」
いつも簡潔にはっきり言う彼女らしくないな、と思いつつ先を促す。
「あの……実は、お願いがあって……。いつも来ている騎士様が明日教会まで送ってくれるそうなので、差し入れを作ってもらえないでしょうか。私は、その、あの、料理があまり得意ではないので」
フィリスは女性客の中に紛れてきていた黒服の騎士に思い当たる。ははんと納得する。
「うーん、悪いんだけど明日は妻と用事があって難しいな。中の具材は作っておくから明日パンにはさんで持っていくといいよ」
もちろん明日の予定は特になかったが、たまには家族で出掛けるのも悪くない。
エレシアは翌朝早起きしてお店の厨房でサンドイッチを作る。といってもフィリスが作った具材をはさむだけだが。
フィリスのメモを見ながら、パンに薄くバターを塗ってからたまごやハム、チーズをはさんでいく。野菜はしっかり水気を切るのがコツらしい。
保温瓶にハーブティを入れたあたりで、カルロが扉を開けてベルを鳴らす。
「おはようございます。今日はありがとうございます」
「いえいえ、ささ、こちらへどうぞ」
案内された先には簡素な馬車が停めてあった。カルロのエスコートを受けて乗り込み、中にいたグレンにもお礼を伝える。グレンはエレシアを一瞥してすぐに視線を前に戻した。
「私は御者をするので、お二人はどうぞごゆっくり」
あとは若いお二人で、とでもいうようにカルロはうふふと扉を閉じる。
外観同様、内装も簡素なつくりではあったが、座面はふかふかで高級感がある。さらに揺れ軽減の魔道具が使われているようで全く揺れがない。
明らかに育ちがよさそうなカルロでさえ敬称で呼んでいるので、ひょっとしてグレンはかなりの上位貴族なのでは?と訝しむ。二人が着ている制服の胸元にベゾンシュタク王国の紋章が入っているのを見て、たしかベゾンシュタク王国公爵家の嫡男がグレンくらいの年齢だったことを思い出す。
さて、先ほどのあいさつ以降一向に会話が続かず、エレシアは何とも居心地の悪さを感じていた。まずは無難に天気の話から入るも「そうだな」の一言で会話が終了してしまう。
話でもしていないとついついグレンの顔を見つめてしまう。窓からの光を受けて青く光る黒い髪とか、切れ長の目を囲む長い睫毛とか、薄いけれど形のいい唇とか……。
こういう時は共通の話題だと会話が続きやすい。エレシアは二人の共通の話題、お店の話をするが、やはり「そうだな」以外の返事は帰ってこなかった。
エレシアがついに敗北を認めたころ、馬車が隣町の教会に到着した。
扉を開けたカルロがグレンに目で何かを訴えている。
——ちゃんとエスコートしてくださいね。
グレンは大人しく手を差し出してエレシアが馬車から降りるのをエスコートしようとする。
その手を取ろうとした瞬間、エレシアは足元がぐらりと歪んで崩れ落ちた。
エレシアは目を覚まして自分が教会の隅にあるベンチに横になっているの気づく。
——こんなところにベンチなんてあったのね。人通りも少ないしちょっと休憩するにはちょうどいいわ。
悠長にそんなことを思っていたが、次第に意識がはっきりしてきて自分が置かれている状況を理解する。
気付けばグレンの膝の上に頭を預けて横になっていた。
バッと慌てて体を起こす。軽いめまいがするが今はそれどころではない。
「申し訳ありません!」
「大丈夫か?」
「はい、ご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ありません。もう大丈夫です。」
エレシアの周りには罪悪感の靄が濃くかかっていた。
「まだ顔色が悪い。もう少し寝ていろ」
そういってエレシアを引き寄せて膝の上に戻す。起き上がろうとするも押しとどめられ、子供を寝かしつけるように肩をポンポンとたたかれる。
——また子ども扱いね。
そう思いながら、エレシアの意識は遠のいていく。