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第6話

 お店のリニューアル以降、嬉しいことに日を追うごとに来客数は着実に増えていった。試食会に来てくれたご婦人方から波紋状に女性から女性へ広がり、店内は女性客でいっぱいだ。

 そんな中グレンはしばしば店にくるようになった。いつも決まってカウンター席の一番奥に座りさっと食事を済ませ帰っていく。


——いつか女性客の目に留まったら大変なことになりそうね。




 一週間は忙しいままあっという間に過ぎ去り、エレシアは週間売り上げを集計する。なんと先月1ヵ月より今週の方が多くエレシアもつい笑みがこぼれてしまう。フィリスの方をちらりと見ると同じ笑みを浮かべていた。


「君は本当にすごいね。企画から宣伝、接客をして、売り上げと仕入れの管理までしてる」

「ガルネットさんや奥さまが広めてくださったおかげです。ただ、席が空いてなくてお客さまをお待たせしてしまっているのが気になります。クレープはテイクアウトできるようにするのはどうでしょうか」

「いいアイディアだと思うんだけど、そうすると調理が僕一人じゃ追い付かないな。そうだ、クレープは君も手伝ってくれないかな」

「私がですか?」




 エレシアがクレープのつもりで作ったものを目の前にして、フィリスは憐れむような目をしている。


「きみにも苦手なものがあったんだね。ごめんよ」

「……」

「あ、そうだ。ちょっと待ってて」


 そうってフィリスは数分後若い男性を連れて戻ってきた。


「これ、うちの息子でネネっていうんだ。いつもは妻のところを手伝ってるんだけど、お昼間だけ手伝ってもらおうと思って。ねぇ、うちのクレープ食べたことあるよね? ちょっと作ってみて」


 「突然そんな……」というエレシアの心配をよそに、ネネは食材や調味料をちらっと見ただけですぐに取り掛かる。完成したクレープは、味はもちろん焼き色や量もフィリスが作ったものと遜色なかった。


——若干味付けが違うけど、これはこれでおいしいわ。


「ネネさん、いきなり作れるなんてすごいですね」

「え、生地を焼いてサラダをまくだけでしょ?」


 隣でフィリスが申し訳なさそうにしていたが、エレシアは見ないふりをした。




 一週間の最後、(はく)の日は店休日だ。エレシアは引っ越しの挨拶とお店が順調なお礼もかねて教会へ向かうことにした。この街の教会は改修中のため隣町の教会まで乗合馬車で向かうことにする。1時間程度ならおしりの痛みも大したことはない。


 礼拝を済ませ乗合馬車で帰ろうとするが、


——しまった……。


 市場調査と思って礼拝にきていた女性たちとついつい話し込んでしまったせいで、予定の時間を過ぎてしまっていた。次の馬車まで3時間以上もある。 

 どうやって時間をつぶそうか途方に暮れていると、すぐそばでグレンが馬から降りて立っていた。美しく黒い瞳から放たれる冷たい視線に笑顔で耐える。


「ここで何をしているのだ」

「ええと、次の馬車までまだ時間があるので……」


 言い終わらないうちにひょいと抱えられて、すとんと馬に乗せられてしまった。状況がのみこめずに、エレシアが固まっていると、


「どうせ帰り道だ」


 ようやく送ってくれるということだと理解して、


「あ、ありがとうございます。お店によく来てくださってますよね。 いつもありがとうございます」

「あぁ」

「最近、お客さまが増えたのでお待たせしてしまい申し訳ありません」

「気にしてない。人が増えても味は変わらない」


 混雑を嫌って来てるんだと思っていたのにおいしいから来てくれていたなんて。それを聞いたらフィリスも喜ぶだろうな、と自然に笑みがこぼれる。 


 だがその後はすぐに会話が途切れてしまい、エレシアは気まずい思いをしていた。話しかけるために顔を上げようとすると、グレンの整った顔が思った以上に近く思わず俯いてしまう。一方グレンはいつもと変わらない美しい姿勢で前方を見ている。

 黙っているとグレンの体温が伝わってきてますます何も言えなくなってしまった。ただ、エレシアを気遣ってゆっくり馬を走らせてくれているのはわかる。


——魔獣に襲われた時の態度はひどかったけど、もしかしたら悪い人ではないのかもしれないわ。




 街に近づいたころ、エレシアは慌てて降ろしてほしいと告げる。男性と馬に二人で乗っているところなんて誰かに見られたら、恥ずかしくて死んでしまう。


 自力で降りようとしたエレシアをグレンは再び小さな子供を抱えるようにひょいと抱え、すとんと降ろす。

 エレシアは幼いころに父親に抱えられてポニーに乗せてもらった時のことを思い出した。完全な子ども扱いをされ、一人でどぎまぎしていた自分が急に恥ずかしくなる。


「送っていただいて助かりました。ありがとうございます。今度お店に来られた際になにかお礼をいたします」

「必要ない」


 それだけ言って馬にまたがり去っていく。言葉はそっけないけれどやはり悪い人ではなさそうだ。

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