第5話
ご婦人方の意見を参考に改良したクレープを中心に、お店のメニューを女性向けに一新した。女性が食べきれる量に調整して価格を抑えることにしたのだ。
エレシアがふと店内から窓の外を見ると向こうのレストランの行列がよく見える。店長があまり奥から出てこないのも分かるような気がした。夕食の席でガルネットに聞いたとおり、並んでいるのはほとんどが男性客で回転率も悪くないように見える。
そのまま外を眺めていると、まっすぐこちらへ男性がやってくるのに気づいた。真っ黒な髪で黒い制服を着た男性は、おそらく瞳の色も深い黒だろう。
チチェリ王国への道中で魔獣から守ってくれた騎士は、エレシアと同じように混雑したレストランを避けフィリスの食堂へやってきた。
「いらっしゃいませ。お食事ですか」
騎士は無言でうなずき席に着く。エレシアはメニューを渡してはっとする。見ているメニューには女性向けの料理ばかりのはずだ。
この前怒りに任せてきちんとお礼を言わなかったことを思い出し、胸がチクリと痛む。エレシアは奥から別のメニュー表を持ってくる。
「よければ、こちらのメニューからお出ししましょうか?」
騎士はメニュー表からいくつか料理を注文し、さっさと食事を済ませ帰っていった。
——決して顔がタイプだから特別扱いしたわけではないから。
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外で昼食を済ませて自宅に戻ると部下のカルロが待ち構えていた。
「グレン様、どこへ行かれていたのですか?」
無言で執務室へ向かうグレンについていきながら、カルロは畳みかけるように話し続ける。
「いつも申し上げているように無断での単独行動はお控えください。ここはベゾンシュタク王国ではないのですから、もし何かあってもすぐに対応ができないのです。せめて一言おっしゃってからお出かけください。先日、チチェリ王国の騎士団長がいらした際も……」
バタン、と後ろ手に執務室の扉を閉じたとたん、カルロの口調がくだける。
「どこにいるか分からなくてごまかすの大変だったんだから! で、どこ行ってたの? まさか外で昼飯食べてきたわけじゃないよね? 僕を置いて?」
「騎士団の食事は味気ない」
「それなら誘ってよ! 僕だって毎日固いパンと塩ふって焼いただけの肉なんてもう嫌だ」
「もし何かあったら困るんだろ? それよりどうだった?」
スッと真剣な表情になる。仕事はできる男なのだ。
「やっぱりベゾンシュタク王国よりチチェリ王国南領の方が気の穢れが濃いみたい。瘴気というほどじゃないけど、何かのきっかけで淀みが一か所に集まればまた魔獣が発生する可能性は十分あるね」
約300年前、突如現れた魔獣に人々の生活は蹂躙しつくされた。土地も水も穢れ、世界は終焉を迎えると思われた時、一人の女性が発動した聖なる力によって一斉に魔獣は消滅し土地も浄化された。
以来、人々はそのとき浄化された半径1000㎞足らずの土地に住み続けている。外の世界がどうなっているのか、ほかの人間が住んでいるのかは今となっては確かめようもない。
その加護を受けた土地でも年に数件魔獣が発生することはある。だが先月チチェリ王国南領で発生した後、間も置かずに先日隣接しているグレンたちのベゾンシュタク王国で魔獣が発生した。
魔獣についてはいまだに解明されてないことが多いが、気の穢れを放置すると瘴気となりいずれ魔獣が発生するということが分かっている。そのため、魔獣が発生した後は浄化魔法で穢れをはらうのが通例だが、今回は浄化魔法を使った後にもかかわらず同じ地域で連続して発生している。
明らかな異常事態にグレンたちもチチェリ王国の調査団に加わることとなった。
「北方領に魔獣を研究している学者がいるそうなので、今週末話を聞いてきます」
「私も行こう」
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