第4話
翌日、エレシアはさっそくフィリスの食堂を訪れ、働かせてもらえないかお願いする。
「トーニからも聞いていると思うんだけど、なかなか経営が苦しくてね。雇ってあげられるほどの余裕がないんだよ。悪いね」
トーニが話を通しておいてくれたようだ。仕事が早いのはありがたい。だけどエレシアはだめだと言われて簡単に諦めるような性格ではない。
「分かりました。では雇うのではなく私と契約してください」
「契約?」
「このお店の経営状況を改善するためのアドバイスをします。成功報酬だけいただければ結構ですので、上手く行かなければお店には何も負担はありません。もちろん、こちらからの提案に納得がいかなければ従っていただく必要もありません」
「それは、あまりにもこちらに都合がよすぎないか?」
「それだけ自信があるということです」
そう言って自信満々に微笑む。
「ただ、ひとつだけお願いが……。毎日、店長さんの料理が食べたいです!」
フィリスは思わず声をあげて笑って「もちろんだよ、契約成立だ」と手を差し伸べた。
売上管理簿を見ながら感じたことは、やはり経営状況がかなり悪い。来客数は軒並み一桁で、たまにゼロの日さえある。なにより、仕入れた食材の廃棄率が高くてさらに経営を圧迫している。
「使わなかった食材はどうされていますか?」
「一部はジャムやソースにして瓶詰めにしてるけど、ほとんどは持ち帰って我が家の夕食になっているよ。あとは周りにおすそ分けしたりかな」
「それいただいてもいいですか?」
「もちろんだよ、トーニにはいつもお世話になっているからね」
「いえ、その食材を使って料理を作っていただきたいのです」
調理場にいるフィリスはとても楽しそうだ。
「君も変わったことを考えるね。サラダを包むなんて」
お願いした料理は、薄く焼いた生地でサラダやフルーツを包むものだ。以前、諸国の料理についてまとめた本で紹介されていて、ずっと食べてみたいと思っていた。エレシアは完成した試作品を見て、
「だめですね」
「え! どうして? まだ食べてもないのに」
「見ててください」
そういって、サラダを包んだ試作品を食べ始める。食べ終わって、両手を店長に向ける。
「量が多すぎです。食べてる途中で中のサラダがこぼれるし、ほら、ソースで手も口もべたべたです」
「なるほど。その考えはなかったな」
「この商品のターゲットは女性なので、食べ方が汚くなるものは敬遠されます。それから、サラダのほうは生地をもう少し厚くしてください。フルーツの方は……そうですね、生地自体をほんのり甘くして中のクリームを減らしてもらうことはできますか」
「もちろんだよ」
「でも、味は最高です」
残りの試作品にも手を伸ばす。
後日完成した料理をもって、エレシアはあるところに向かう。
「あら、いらっしゃい」と婦人会の取りまとめをしているガルネットが迎えてくれる。
「本日は、婦人会にお招きいただき——」
「そんな固っ苦しい挨拶はいいから早く早く!」
ご婦人方に急かされて、商品を取り出す。
「こちらはクレープといって、サラダやフルーツを生地で包んだものになります。皆さまのご意見をいただきたくお持ちいたしました」
言い終わらないうちから、ガルネットに声をかけられて集まったご婦人方は試食を始めそれぞれ意見交換をし始めた。なるほど、市場に活気があるのはこういったご婦人方の存在も大きな要因なのね、と一人納得してしまう。
「あら、野菜だけじゃなく鶏肉も入っているのね。これなら片手で食べられて、店が忙しい時にも重宝しそう」
「こっちは、根菜の食感がほどよく残っていて食感がいいわ。それにモチモチとした生地もすごくいいわね。フルーツの方はどうかしら?」
「甘さ控えめで食べても罪悪感がないわ。中のフルーツも季節によって変わると楽しいわね」
——さすが、商売をしているご婦人方の意見は参考になるわ。
「ありがとうございます。軽食として食べられるように、ある程度の満腹感が得られるようにしています。鶏肉は健康な肌や髪を作ってくれるし、根菜は腸内環境を整えてくれるんですよ」
「もうお店で食べられるの?」
「皆さまにいただいたご意見を参考にもう少し改良して、来週から提供させていただこうと思っております」
「楽しみだわ」
そう言った後、ご婦人方はまたすぐにおしゃべりという情報交換に戻る。
ご婦人方にお礼を伝え辞そうとしたとき、ガルネットに声をかけられた。
「アマリア、こちらアリッサ。フィリスの奥様よ。すぐ裏手で花屋をしてるから何か困ったことがあれば頼るといいわ」
「奥さまでしたか。ご挨拶もせず失礼しました。店長には大変お世話に——」
「すごく気が強い女の子だって聞いてたけど、とても礼儀正しくてびっくりしたわ。頼りないかもしれないけれどよろしくね」
エレシアは店長にちょっと強く当たりすぎかもしれないと少し反省した。
今朝寝坊して続きをアップできませんでした……