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第3話

「すぐに主人が参りますので、しばらくお待ちください」


 そう言って、人がよさそうな初老の執事が出ていった後、しばらくして恰幅がいい男性が入ってきた。エレシアは立ち上がって男性に挨拶する。


「スザーランド公爵さまよりご紹介いただきました、()()()()と申します。この度は急なお願いにもかかわらず、受け入れていただきありがとうございます」


 チチェリ王国でのエレシアのシナリオはこうだ。


 公爵家の遠縁にあたるアマリアは商いについて学ぶべく、公爵のつてを頼りこちらの商会にお世話になることになっている。


「商会当主のトーニと申します。スザーランド公爵様には以前大変お世話になりましたので、お役に立てて光栄です」

「どうぞ、お言葉を楽にお話しください」

 

 頷いてからトーニはじっとエレシアを見て少しだけ目を細める。


「奥方様の遠縁に当たるそうだね」

「え、はい」

「どことなく似てらっしゃる」


 エレシアの胸がドキンと大きく打つ。


「商業について学びたいそうだが、具体的にどんなことに興味があるんだい?」

「いえ、具体的にはまだ。すこし街をみて考えようと思っています」

「気になる店があれば私が間に入ろう。うちで働きながら学ぶこともできるしね。それから、今晩一緒に夕食はどうだい? あいにく息子は今この街にいないんだけど、妻と娘を紹介するよ。きっと力になってくれるはずだ」

「ありがとうございます。楽しみしていますね」




 エレシアは早速市場にやってきた。商業について学びたいというのは方便だったが、なにか仕事に就きたかった。ドレスやアクセサリーなどの目利きにはかなり自信があったので服飾店を中心に見て回る。

 どのお店も繁盛しているようで、特にトーニの話をすると誰もが表情を柔らかくするのが印象的だった。よほどみんなに慕われているようだ。


 一人で市場に来るのは初めてだったせいか、何もかもが新鮮でわくわくし通しだった。お店めぐりに夢中になっていて気づいたらお昼をすっかり回っていた。

 見つけたレストランはかなりの人気店のようで長い人の列ができていた。エレシアは最後尾に並んでいた男性に声をかける。


「あの、これってどれくらい待つんでしょうか」

「お嬢ちゃん、運がいいね。今日は人が少ないみたいだから30分もぜずに食事にありつけるぜ」


 一度意識した空腹は30分も耐えられそうになかった。エレシアは周りを見渡すとほんの少し先にもう一軒小さな食堂を見つけた。




 食堂のドアを開けると、来客を告げるベルが小さくチリンと鳴るも誰も出てこない。「こんにちは」と声をかけると奥から男性が出てきた。


「あの、こちらで食事はできますか?」

「えぇ、もちろん。空いてる席へどうぞ」


 空腹だったとはいえ、運ばれてきた料理はとてもおいしかった。スープはシンプルな味付けながらトロトロに煮込まれた野菜とほくとくとした豆で空腹が満たされていく。くるみが練りこまれたパンは香ばしくてさらに食欲が刺激されぺろりと食べてしまった。

 店主と思われる先ほどの男性が不安そうにこちらの様子をうかがっている。


 「とてもおいしいですね。それなのに……」と言って空席ばかりの店内を見渡す。


「すぐ向こうにできたレストランがすごく人気でね。高級魔法がかかった自動調理器具を導入しているらしくて、かなり安く提供しているんだよ。うちのような小さな食堂には太刀打ちしようがないね」


 店主はそう言って力なく笑った。




 その日の夕食の席にはトーニと妻のガルネット、娘のキルステが揃っていた。軽く自己紹介を済ませてから食事にする。


「市場はどうだった? 気になる店はあったかな?」

「はい、どのお店も素敵でした。市場全体もとても活気がありますね」

「そうでしょう? 店主同士が情報交換しながら市場の活性化に取り組んでいるのよ」

「妻は婦人会の取りまとめをしてくれているんだよ。商会には、その……とても積極的な婦人方が多いからね」

「あら、はっきりおっしゃっていいのよ。気の強い女性が多い、って。気の強さは女性の美点だと思うわ。もちろん私も含めてね」


 そう言って笑うガルネットはすごくチャーミングで可愛らしい。ふと、昼間の食堂を思い出して話題にあげる。


「フィリスのところでしょ、すごくおいしいんだけど近くに大きなレストランができて以来大変みたい」

「フィリスの奥方と妻はとても仲がいいんだよ」

「一度家族で行ったことがあるんだけど……」

「わたしは一度でいいかな?」


 言い淀んだ夫人とは違い、娘のキルステはあっさり言い捨てた。


「それはどうして?」

「だって、味付けの濃い肉料理ばかりなんだもの。いつも食べてたらすぐに太っちゃう!」

「でもこの辺りは騎士様や職人が多いから、男性には人気があるみたいよ」


 さりげなくフォローをいれる辺りさすがだ。たしかに、思い返してみると列に並んでいるのは男性ばかりだったな、とエレシアは感心する。


「あの、フィリスさんの食堂で働くことは可能でしょうか」

「うーん……どうだろう」

「お客さんが減って経営が苦しいみたいなのよ……」

「そうですか……。直接お願いしてみても差し支えないでしょうか。すごくおいしかったのでもったいなくて」

「そうだね、明日にでも本人にきいてごらん」

「ありがとうございます」


 すこし空気が重くなってしまったので、別の話題に切り替える。


「ところで引っ越しの挨拶をしたいのですが、この街の教会はどちらでしょうか?」

「この街の教会はいま改修中なのよ。みんな隣町の教会に行っているわ」


 街の中心に建設中の建物があったのがそれのようだ。


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