最終話
後日、公爵家あてに正式な結婚の申し出が届き、エレシアは一日中ぼんやりしていた。一人で夜会の出来事を思い出して顔が赤らめたり、ため息をついたりしている。
オーガストとユゥナの結婚が済んだ今、捨てられた(と思われている)エレシアが隣国の王族へ嫁ぐとなれば、一部で残っている二人への悪感情も緩むだろう。
……断る理由はないはずだったがどうしてか躊躇われた。
「どうした。何がそんなに不安なのだ」
エレシアを再びお茶会に招待した女王陛下は心配そうにそう尋ねた。
「不安……ですか?」
そう言われて、エレシアは自分がずっと不安だったことに気づいた。グレンはなぜ自分なんかに結婚の申し込みをしたのだろうか。もしかしたらオーガストに婚約破棄されたエレシアを可哀そうに思ったのかもしれない。
——婚約破棄するように差し向けたと知られてしまったら嫌われてしまう。
そう思うととても怖かった。
「陛下は王配殿下とご結婚されたとき、不安はなかったのでしょうか」
「なかったな。王配と生涯共にしたいと思った。それだけだ」
「ですが——」
「細かいことは考えるな、エレシア。そなた自身がどうしたいか考えよ。そして相手のことを信じるのだ」
エレシアはグレンとの事を思い出した。グレンは口数は少ないものの、いつもエレシアを思い心配してくれた。身分を偽っていたと知った後も変わらず接してくれた。もし本当のことを知って失望したとしてもエレシアを傷つけるようなことはしないだろう。
「結婚の申し出をお受けいたします」
それを聞いて、女王陛下は満足そうにうなずいた。
結婚の承諾を返事した後、グレンからたびたび贈り物が届くようになった。どれも流行のデザインでかつエレシアに似合うものばかりだった。おそらくカルロが選んだのだろう。そんな中小さな箱がエレシアの目に留まった。
箱にはピアスが収められていて、嵌め込まれた黒翡翠はグレンの瞳を思い出せさせた。身に着けるとグレンが側にいるようで、瞳の色をグレンと同じ黒にしたとき以上に安心した。
エレシアはお礼の手紙を添えて、淡い紫水晶のカフスを贈った。もしもグレンも同じように思ってくれたら、それはとても嬉しい。
月日が流れ、輿入れの日がやってきた。ベゾンシュタク王国へ到着するとグレンが迎えてくれた。差し伸べた手の袖口にはエレシアが贈ったカフスがあった。
「疲れているか?」
「いえ、大丈夫です」
「国王陛下に謁見したあと、ゆっくり部屋で休むといい」
「この度は弟の申し出を受けてくれたこと感謝する。慣れない土地で心細いだろうが、何かあれば相談してほしい」
謁見の間でそう言った国王陛下は、驚くほどグレンに似ていた。目元の印象が少し柔らかいが、それ以外は本当にそっくりだ。一瞬だけ見とれてしまったがエレシアは、ゆっくりとお辞儀をしてから
「ご配慮に感謝申し上げます。至らない身ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「疲れているだろう。少し休むといい」
「ありがとうございます」
用意された部屋に通され、ちらりとグレンの顔を盗み見る。
「グレニール殿下は——」
「グレンでいい」
「グレン様は陛下とよく似ていらっしゃるのですね」
「そうだな」
——やっぱりこの目が良いわ。
「デサージュ王国を離れて寂しいかもしれないが、オーガスト皇太子と顔を合わせるのも辛いだろう」
エレシアの胸がチクリと痛む。グレンは眉をひそめて
「どうした」
「実は、オーガスト殿下との婚約解消はわたくしも望んだことなのです。……ですので、もしそのことを憐れんでいらっしゃるのであれば、その必要はありません」
「そうか」
それだけ言ってグレンは黒翡翠のピアスがよく見えるようにエレシアの髪をかき上げる。そして、いつの間にかこぼれていたエレシアの涙をぬぐって、
「エレシア、愛している。どうか俺と結婚してほしい」
「……わたしも愛しています」
おわり。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
また、たくさんのブックマークや評価をいただきとても嬉しかったです。
ありがとうございました。
2021年10月23日
柏江 優宇