第18話
一方、ベゾンシュタク王国ではカルロが国王に呼び出されていた。何の用かは大体わかっている。
「カルロぉ。フィーの出産祝い何にしたらいいと思う? ドレスや宝石は違う気がするし、早く元気になるように薬師をたくさん呼び寄せようか……」
ベゾンシュタク王国国王であるネイデルは小さいころカルロの姉フィオローナに一目ぼれして以来、たびたびカルロをこうして呼び出している。いつものように呆れながら聞いていると、執務机の上で無造作に散乱した書類が視界に入る。「ほとんどが機密事項なのに……」と思っていると、ついデサージュ王国の文字が目につく。
「あぁ、デサージュ王国皇太子の結婚式の招待状が届いているんだよ。でも相手は公爵家だったと記憶していたんだけど、子爵家だったんだね」
「陛下。どんな出産祝いより陛下がお側にいてくださることが何よりも姉上への贈り物になるはずです」
「そうだよね……初めての出産なのに僕がいなかったらフィーも不安だよね。どうしよう」
「グレン殿下に行っていただくのはいかがでしょうか」
「それいいね! グレンに行かせよう。すぐに事情があって僕はいけないから弟が参加する旨返事を書かせるよ」
「グレン殿下には私から伝えておきますね」
「カルロありがとう!」と満面の笑みで言われ、「こちらこそありがとうございます」と内心にやにやしてしまう。結婚相手(希望)が復活した。あとはグレン次第だ。
デサージュ王国ではオーガストとユゥナとの結婚式がつつがなく執り行われた。式の後のパレードも祝福ムードいっぱいでエレシアもほっと胸をなでおろした。ただ、休んでいる暇はない。お披露目の夜会へ参加するために国内の貴族はもちろん、国外の王族もやってきている。エレシアは国外からの来賓を案内する役をしていた。
ベゾンシュタク王国の紋章をつけた馬車が到着する。中からカルロが降りてきてエレシアは驚いた。
「この度は誠におめでとうございます。ベゾンシュタク王国公爵嫡男のカルロと申します」
——カルロ様が公爵家? 公爵家が敬う相手なんていったら……。
続けてベゾンシュタク王国王家の紋章を掲げた馬車から男性が降りてくる。
「ベゾンシュタク国王陛下は事情により参加できないため、この度はグレニール王弟殿下がお越しになりました」
「此度の慶事、お祝い申し上げる」
「と、遠いところお越しいただきありがとうございます。お部屋を用意しておりますので、ご案内いたします」
辛うじて案内を済ませるが、混乱はおさまらない。
——グレン様がグレニール王弟殿下だったなんて。お名前だけしか知らなかったとはいえ、とんでもなく失礼なことをしてしまったわ。
もう以前のように気安く話すことは出来ないのは悲しかったが、それでももう会えないと思っていただけにとても嬉しかった。
皇太子の結婚披露ということもあり、夜会にはかなりの人数が参加していた。会場の令嬢たちがチラチラとグレンに視線を送っているが、当の本人は一向に気づく気配もない。
カルロはほんの少し呆れつつも、その視線の先にエレシアがいるのを確認してを満足する。
「随分と女性らしく綺麗になられましたね、エレシア様。挨拶に行かなくてよろしいのですか?」
「必要ないだろう。それより結婚披露のパーティーなのに、なぜエレシア嬢は皇太子と一緒に入場しないのだ」
結婚相手が子爵令嬢にかわっていることは敢えてグレンには伝えていない。カルロはにやけそうな口元にぎゅっと力を込めて「さぁ」と首を傾げる。その時、会場が温かい拍手につつまれる。オーガスト皇太子とユゥナ皇太子妃が入場したのだ。
グレンは殺意すら感じる視線でカルロを睨みつける。
「……ごめん」
文句のつけようのない美しい所作で入場するユゥナを見て、エレシアも思わず涙ぐむ。ふと視線を逸らすと、グレンがまっすぐエレシアの方に向かってきていた。
そのままエレシアの手をつかみ、バルコニーの方へ連れていく。
「グレニール殿下!? いかがされましたか?」
「大丈夫か?」
「え、えぇ」
何が大丈夫なのか分からなかったが、グレンに気圧されて思わず大丈夫と答えてしまった。
「オーガスト王子と婚約していたことは聞いた」
「はい」
そう言って目をそらす。グレンを目の前にして顔がタイプじゃないから喜んで婚約破棄を受けましたとは到底言えない。
うつむいていると、グレンがエレシアの手を取りひざまずく。
手にキスをして、まっすぐエレシアを見つめる。
「エレシア嬢、私と結婚してほしい」
あまりの唐突な申し出に息をするのも忘れてグレンを見つめ返す。
グレンは翌日に帰国予定であること、返事は急がないことを簡潔に伝えてエレシアの答えも聞かずに去っていった。
次が最終話です。