第17話
エレシアがオーガストとともに帰国した後すぐ、グレンとカルロもベゾンシュタク王国に戻っていた。グレンは淡々と書類を処理しながら、カルロの報告を聞いている。
エレシアを誘拐したベルントは捕らえられた後、例の布の入手経路について供述していた。北方領の魔獣学者の研究所から瘴気を詰めた特殊な瓶を持ち出し、布に染み込ませていたらしい。ただ、グレンたちが確認した際は、かなり厳重に管理されており簡単に持ち出せるとは思えなかった。また動機についてもつじつまが合わない点があり、継続して取り調べが必要だった。
それ以上は、チチェリ王国に任せることになっている。
カルロは極力何でもないことに聞こえるように言った。
「エレシア嬢は無事にデサージュ王国に着いたみたいだよ」
「そうか」
「……本当にこれで良かったの?」
「どういう意味だ」
「ううん。何でもない」
カルロも聞いても意味がないことだとは分かっていた。皇太子自ら迎えに来たのであれば、それ以上の答えはない。グレンには悪いことをしてしまった。
書類から顔をあげてカルロを見て、グレンはフッと笑った。
「そんなに気にするな」
「ごめん」
最初の内はひょっとしたらという程度だったが、次第にグレンがエレシアを特別に感じるようになっていたのはカルロの目から見ても明らかだった。それにグレンがあれ程感情を表に出すところを今までほとんど見たことがなかった。
——もうエレシア嬢の話はしない方が良さそうだな。
* * * * * *
エレシアは女王陛下からお茶会の招待を受け、登城することになった。
「あぁエレシア、よく来たな。まぁ座れ」
「本日はお招きいただきありがとうございます」
女王陛下は剣術にも長けているせいか、立ち振る舞いもどことなく騎士のような雰囲気がある。それでもエレシアは母親が他界したあと陛下を母のように慕ってきたし、陛下も実の娘のようにかわいがってくれていた。
丁重にお辞儀をしてから席に着く。侍女がお茶を淹れたあと部屋を出ていって、女王陛下とエレシアの二人きりになった。エレシアが好きな茶葉を用意してくれる心づかいが嬉しい。
「それで、国外追放は楽しめたか?」
「本当に申し訳ございません。陛下のお耳に入ってしまえば国外に出ることも叶いませんので、あのようなことを」
「そうであろう。婚約破棄を望んでなければそなたがあのようなことをする訳はあるまい。それに……。王族とはいえ非難されて当然の行為に公爵も子息も何の抗議もしてこなかったからな」
そういって陛下はコロコロと笑う。公爵はまだしもシスコンで有名なソーヤが一方的な婚約破棄を言い渡された姉を黙って見送るわけがないのだ。
「そんなにあれが嫌か? 幼さが抜けないところも多いが我からすればかわいい息子だ」
「殿下は素晴らしい方ですわ。ただ、わたくしでは殿下のお気持ちに応えることが叶わないようです」
「まぁよい。正式に婚約破棄の手続きを手配しよう。それはそうと子爵令嬢についてはどう思う? あれは好いているようだが」
「ユゥナさんも殿下をお慕い申し上げているようですわ。今は至らないところも多いですが、教養やマナーは学べば身に付くものですから」
そう言うと陛下は何か考え込んでいた。
「もし、陛下がお二人のことをお認めになるのであれば、わたくしでお力添えできることがあればお二人の役に立ちたいです」
「そうか。まぁ少し様子を見るとしよう」
その数日後、オーガストとエレシアの婚約解消が正式に発表された。
婚約解消以降、なぜかユゥナは頻繁にエレシアのお茶会に誘われるようになった。いろんな理由で断れず、毎回大人しく参加するしかなかった。
お茶会にはいつもエレシアの友人、つまりは上位貴族の令嬢ばかりが招待されていて、話し方からお茶の飲み方までそれはそれは優雅でユゥナはいつも緊張しどおしだった。しかも話題に上がるのは、詩集や歴史といった難しい話ばかりで会話についていくのも精いっぱいだ。
そして毎回必ず帰りにエレシアがおすすめの本を渡してくるのだ。最初は画集など簡単なものだったのに、次第に専門性の高い分厚い本になり、最終的にはデサージュ王国の貴族名鑑まで渡される始末だ。
エレシアがユゥナをお茶会に誘っているのはもちろん、皇太子妃としての知識や教養を身に付けてもらうためだ。友人にも協力してもらい、貴族令嬢で毎月行っている教会でのバザーにも招待することにした。優雅な振る舞いをする令嬢たちの中で、自信がなさそうなユゥナはかなり浮いていた。だけど半年もすればほかの令嬢と見劣りしないくらい品格を備え立派な令嬢となった。
そして、卒業の前月にオーガストとユゥナの婚約と結婚式の日取りが正式に発表され、たくさんの人たちに祝福された。一年前であればきっと反感もあっただろう。だけどこの一年間、成長していくユゥナを見てきた人たちは、いつの間にか娘を見守る親のようになっていた。
女王陛下と王配殿下が家格差を乗り越えて結婚した時から、この国は障害のある恋が大好物なのだ。