第15話
あれから2週間があっという間に過ぎた。グレンは事後処理に追われているのか一度も店に来ていない。代わりにカルロが店にきて差し支えない範囲で説明してくれた。
エレシアが見つけた例の布はやはり瘴気がしみ込んでおり、教会の水晶の浄化作用を減衰させていたという。布の入手経緯については調査が完了しており、あとの処分はチチェリ王国にゆだねられるとのことだったので、裏に貴族の指示があったのかもしれない。
ただ、布自体は決して安易に手に入るようなものではないとのことだったのでエレシアも安堵した。
今日は慈愛の女神に感謝する花満祭の日で、街の通りは赤い花を髪に飾った若い女性たちであふれている。この日に赤いアモーネの花を身に着けると好きな人とずっと一緒にいられるというジンクスがあるのだ。
本来、週の最後白の日は店休日だが今日は特別に店を開けている。アモーネの花にちなんでエレシアが考案した新メニューを求めて、いつも以上に店内は女性客でいっぱいだ。
数量限定を謳ったおかげ新メニューは午後を少し回ったところで売り切れてしまった。客足がパタリと止んで、エレシアがぼんやり窓の外を眺めていると、フィリスが店を閉める準備を始めた。
「今日はもう上がっていいよ。妻が店に来てほしいって言ってたから帰りに寄ってくれる?」
フィリスに挨拶をして、すぐ裏手にあるアリッサの花屋へ向かう。店内はアモーネの花を買い求める女性客が次から次にやってきて忙しそうだ。
アリッサ自身も胸元に赤いアモーネの花を挿している。
「あぁ、アマリア、いらっしゃい。ちょっと待ってね。午後になっちゃうと売り切れちゃうから取っておいたのよ。はい、これ。花満祭楽しんで」
そういってエレシアにアモーネの花を渡し、すぐに接客に戻っていった。
ガルネットにも仕事終わりに寄るように言われていたので、その足でガルネットが経営している美容院へ向かう。ガルネットの胸にもやはり赤いアモーネの花が挿さっている。
アモーネの花を手に持ったままのエレシアを見て少し呆れたような顔をする。花を引き受けてからエレシアを席に座らせる。器用に髪をまとめた後、アリッサがくれた赤いアモーネの花を耳元に挿した。
「気になる男性の一人でもいないの?」
「いえ」
「あらそう、残念」
全く残念そうには聞こえなかったのは、おそらくグレンのことを知っているのだろう。ガルネットとアリッサはとても仲がいいので、フィリスの話も筒抜けになっているはずだ。どこの国でも女性は噂好きだ。
花満祭のアモーネの花は身に着ける場所で意味が変わってくる。胸に挿すのは特定のパートナーがいるという意味。そして髪に挿すのは、パートナーがいない、つまり恋人募集中という意味だ。
皇太子の婚約者としていつもアモーネの花を胸に挿していたエレシアは、どこか気恥ずかしさを感じながら賑わう街を歩いていく。
アモーネの花を飾り楽しそうな女性たち。
籠いっぱいの花を抱えた売り子の女の子。
仲の良さそうな男女。
幸せそうな人たちが行き交うの眺めていると、その中にグレンの姿があった。
左側に飾ったアモーネの花が極力見えないようにグレンの左を確保してから、広場のベンチに座る。
「先日は危ないところ助けていただき、本当にありがとうございます。またご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした」
「……」
「あの、あの時なぜわたしだと分かったのでしょうか」
髪の色も変え侍女の服で隅っこに縮こまっていたのに、なぜ自分だと分かったのかずっと不思議だった。グレンは質問には答えず、エレシアの右側の耳元をじっと見ている。そのまますっと手を伸ばし、髪をすくように、何かを払うようにそっと撫でた。
グレンらしくない行動に戸惑い、エレシアは慌てて別の質問をする。
「あ、相変わらずお忙しいのですか?」
「いや、もうすぐひと段落つきそうだ」
「そうですか。それではベゾンシュタク王国へ戻られるのですね」
「そうだな」
改めてそう聞くと、ずっとグレンと一緒にいられる訳ではないのだという現実がより迫って感じられた。少しの沈黙が流れた後、
「もしデサージュ王国に戻りにくいならベゾンシュタク王国に来ればいい。困らない程度の生活なら保障してやれる」
グレンからそんな提案を受けるとは思っていなかったためエレシアは驚いた。辛うじて、「少し考えてみます」とだけ答えた。
帰宅後、エレシアはこれからどうするか考えていた。ずっとこのままではいけないのは分かっている。グレンの提案通り、ベゾンシュタク王国に行くのも悪くないかもしれない。
——それにしてもグレン様はどういうつもりであんなことをおっしゃったのかしら。あんな、まるでプロポーズ……いやまさか。グレン様はお優しい方だもの。ご厚意でおっしゃったに違いないわ。




