第14話
グレンが救出に来る数時間前。エレシアはどうしたら屋敷から逃げ出せるか頭をフル回転させていた。外は激しい雨が降っているうえ、ここがどこなのかもわからない。むやみに逃げ出すのは得策とは思えなかった。
部屋を見渡し、さっきベルントが置いて行った瓶を見つめる。
——以前読んだ本に服毒で死ぬと、皮膚に斑点が出る場合があると書いてあったわ。
令嬢が読むような本ではなかったが、デサージュ王国の図書院は王配殿下が無類の読書家のためありとあらゆる専門書が集められていた。
鏡に向かい、肌に紫色の斑点を出す。加えて肌全体も青白く変える。肌の色を変えるのは初めてだったが、髪や瞳の色を変えるのと同じ要領で思った以上に上手く行った。
——少しやり過ぎかしら。
そう思ったが、実際に死体を見たことがないので想像で補うしかない。
念のため、側にあった植木鉢に瓶の中身を捨てる。ふと、死に至らしめる薬というのがただの脅しで毒でもなんでもなかったらどうしようと不安になる。まぁ、それならその時考えよう、とわざと大きな音を立ててサイドテーブルを倒し、すぐそばに横たわる。敷いてあった絨毯は思いのほか薄く、製薬で商いをしている割にはあまり裕福ではないな、などとひどく冷静な感想が出た。
エレシアを発見した侍女が、慌ててベルントを連れてくる。関係のない侍女を怖がらせてしまったことを申し訳ないと思いつつ、死体のふりを続けているとシーツにくるまれ食糧庫から荷馬車に乗せられた。御者が馬を走らせる寸前、エレシアは荷台から滑り降りてこっそり食糧庫へ戻る。
——死体を処分するなら街から離れたところへ向かうはず。このままではフィリスさんたちに危害が及んでしまうわ。なんとか街まで行って助けないと。
その後、エレシアは侍女用の服に着替え、髪を明るい黄茶に変える。少し悩んで瞳はグレンと同じ黒にした。
鏡を通して黒い瞳を見ていると、グレンが守ってくれるような気がして不安が和らいでいく。恋人同士でお互いの瞳の色をした宝石を贈りあうのはこういうことなのかと理解してしまった。ちなみにオーガストから瞳と同じ緑色の宝石をもらったこともなかったし、エレシアがオーガストに紫色の宝石を贈ったこともなかった。
——そう考えると、いくら家同士で決めた結婚とはいえいずれは破綻していたわね。
侍女に扮したエレシアは目立たないように厨房の奥で野菜の下ごしらえをするふりをする。雨がおさまるまで静かに目立たないようにしていようと思っていると、突然ふわりと抱えあげられた。
「グレン様!?」
突然グレンが現れ、きつく抱きしめられた。
そして混乱しているエレシアにだけ聞こえるくらいの声でそっと漏らす。
「無事でよかった」




