第13話
一方、グレンは昨日の一件でエレシアのことを心配して雨が降る中店へ来ていた。しかしいつも客を出迎えているエレシアがいない。
フィリスへ尋ねると、向かいの店に行ったきり戻ってこないという。
そのまま踵を返し、向かいの店へ向かう。嵐の影響で従業員はすでに帰宅しており、店内には支配人と思しき男性のみだった。下手に騒ぎ立て警戒されては困ると思い、グレンは努めて何気なく男性に話しかける。
「今日はすごい雨だな。こうも客が少ないと困るだろう」
「えぇ、本当に。本日はお客さまが初めですよ」
グレンは訝しんだ。エレシアが来たのは間違いない。意図的に嘘をついているのか、本当に知らないのか、男性には罪悪感の靄が出ていなかった。さも自慢げに最新の調理魔法道具をひとしきり紹介した後、男性は厨房に戻っていった。
何となく不安に駆られたグレンはその隙を見て、従業員用の扉を開け奥の部屋を確認していく。奥には簡易的な事務室と応接室があったが、どちらも誰もいなかった。
——ただの杞憂だったか
そうと思い、念のため裏手口へ向かうとそこは泥だらけだった。おそらく雨の降る中何度も人が行き来したのだろう。それも床が汚れるのにも気が回らないほどの緊急事態だったはずだ。
すぐにカルロに命じレストランを調べさせ、オーナーであるベルントの屋敷を訪問する。
本来、突然の訪問は非難されるものである。門前払いを食らうこともあるくらい非常に礼を欠いた行為にもかかわらず、ベルントは笑顔で二人を出迎え応接室へ通した。
「突然の訪問で申し訳ありません。女性の捜索願が出ておりまして、お心当たりはありませんか?」
「いえ、心当たりはないですね。この雨の中ではさぞご心配でしょう」
本当に心配そうにカルロに対応するベルントは一見すると無関係そうに見えた。だが、そのそばに仕えていた男の周りには濃い靄がかかっていた。
「出口まで案内しましょう」そう立ち上がったベルントを制し、「ここで結構」と辞退する。
グレンは応接室を出た後、案内についてきた使用人に話しかける。
「彼女の名前はアマリアという」
「お探しの女性ですか? 心配ですね」
ベルントと同じく心配そうな表情を浮かべる。実に教育が行き届いている。
「違う。お前たちが誘拐した女性だ」
「突然何をおっしゃるのですか? 私は何も存じ上げません」
「私は?」
「わ、私は何もしていません。た、ただ女が勝手に——」
口を滑らしたことに気づき手で押さえるがもう遅い。グレンに睨みつけられ、小さく悲鳴をあげる。
「女が勝手に毒を飲んで勝手に死んだだけです。私たちが殺したわけじゃありません!」
——死んだ? エレシアが?
全身の血が沸騰するような感覚に襲われ、グレンは気づいたら男の胸ぐらをつかんでいた。
「彼女は今どこにいる」
「し、死体は食糧庫に。ただもう業者によって運び出されているはずです」
男を投げ捨て、指された方へ向かう。騒ぎを聞きつけてベルントが現れ、何かを言いながらついてきているが無視する。
食糧庫にはエレシアの体はなく、外へつながる扉を開けると馬車のものと思われる泥跳ねがあった。ようやく追いついたベルントは、相変わらず穏やかに、さもいなくなった女性を心配するように、
「一体どうされたのですか。女性が心配なのは分かりますが、お伝えしたとおりこちらにはいらっしゃいませんよ。嵐が収まったらこちらからも人を出して捜索に協力しましょう」
そう言って、顔が真っ青になった使用人に向かい「早くお見送りしなさい」と指示した。
グレンは先ほどから体中をめぐる感覚に支配され、自分を制御できない。何食わぬ顔でグレンたちを追い返そうとしているベルントが許せない。このままここにいれば殺してしまいそうだとさえ感じた。
そして、先ほどから自分を支配しているこの感情の名前を知った。
怒りだ。
「カルロ、業者を探せ」
グレンはそう絞り出すように言った後、ベルントを睨みつけて出口へと向かう。いつも冷静なグレンがここまで感情をあらわにするの見て、カルロも思わずたじろぐ。
そのまま出口へ向かっていると、突然グレンが何かに気づき厨房の奥へまっすぐ歩いていく。
床にしゃがんで野菜の皮むきをしているらしい侍女をひょいと抱え持ち上げる。突然子供のように抱えられた侍女は黒い瞳を見開いて驚いている。
「グレン様!?」
なぜここに——、と言いかけてエレシアはグレンに抱き寄せられる。状況がつかめず混乱していると、グレンの肩越しにカルロと目が合った。目で説明を求めるが、そっと視線をそらし気づかないふりをされる。
周りを見渡すと、厨房にいた使用人全員が目をそらし気づかないふりをしている。
——優秀な部下と使用人ですこと!




