第1話
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2021年10月15日 柏江 優宇
「エレシア・スザーランド、ここでお前との婚約を破棄する!」
エレシアの婚約者、オーガスト王子の隣には潤んだ瞳の令嬢が寄り添っている。卒業パーティの華やかな空気は一瞬にして凍り付いた。
「オーガスト殿下、何をおっしゃるのですか!?」
「お前は公爵令嬢としての立場を利用して、ユゥナにひどい仕打ちをしたらしいな。 そんなやつが皇太子妃にふさわしいと思うのか!」
「わたくしはそんなことしておりませんわ! そうですよね、ユゥナさん?」
呼びかけられたユゥナはさらに目を潤ませて、オーガストの後ろへ隠れてしまった。
「いい加減にしろ! ユゥナが怯えているではないか!!」
エレシアが困惑した顔で周囲を見渡すが、誰もが巻き込まれたくないと目をそらす。
「即刻、国外追放を命ずる! 明日、まだこの国でお前を見かけたら……女王陛下に進言するから覚悟しろ!」
こみ上げる感情を何とか抑えつつ、公爵令嬢としての矜持を振り絞る。最高に優雅なお辞儀をしながら
「……承知いたしました。失礼いたします」
踵を返し卒業パーティの会場を後にする。
……婚約破棄……
こんなに上手くいくなんて!!
エレシアは踊りだしたい気持ちを抑え自宅へ急ぐ。これからやることが山積みだ。オーガスト王子との婚約を破棄するために、ユゥナの見え透いた策略に乗り、友人達に根回しをして、そして遂に今夜婚約破棄を勝ち取った。
スザーランド公爵家と王家との婚約はエレシアが生まれる前からの決定事項だった。エレシアも公爵家に生まれた以上、皇太子との結婚に異論はない。小さいころからお妃教育をみっちり受けてきたし、周囲を見下し上に立つ人間には全く向いてないオーガスト王子を生涯支える覚悟もしていた。
だけどもう限界だった。
身勝手でエレシアが諫めても改めようとしないオーガスト王子はいつまでも小さな子供のようだった。それなのにユゥナの見え透いた嘘は疑わず、周囲も距離を置くようになってしまっていた。
——何より、何より! 顔がタイプじゃない!!
公爵家へ到着するなり侍女に尋ねる。
「お父さまはいらっしゃる?」
「はい、自室でお待ちです」
息を整え、公爵家当主の部屋のドアをノックする。
コンコン……
「エレシアです」
「……入れ」
扉を開けると、困り顔のスザーランド公爵がエレシアを待っていた。
「どうだった?」
「とても上手く行きました」
同じように困った顔をして伝える。
「王家との婚約をこちらから破棄するためとはいえ、本当に良かったのか?」
「もちろんです。あす朝一番の乗合馬車でチチェリ王国へ向かいます」
「せめて護衛だけでも——」
「日中なら魔獣の心配もないですし、第一わたし国外追放されるんですよ?」
「そうだな」と力なく笑う公爵におやすみなさいを伝えて、エレシアは自室に戻る。
「それで、上手く行ったの?」
弟のソーヤが不服を隠しもせずに言う。ソーヤにも一連の計画を話してある。家族だからというのももちろんだが、正しい情報を与えておかないと何をするか分かったものじゃない。
姉の目から見るととても家族思いの優しい子なのだが、客観的にみると……行き過ぎたシスコンなのだ。
「もちろんよ。ユゥナさんを魔女から守る騎士みたいだったわ」
「国外追放されてチチェリ王国まで行くなんてやり過ぎだよ。本当にこれで良いの?」
「えぇ。オーガスト殿下にはわたしよりユゥナさんの方があっていると思うわ。王配殿下も元々は子爵だったし、ウェルスト子爵令嬢とオーガスト殿下はどこか運命的だと思わない?」
ソーヤは「姉上がそれでいいなら」と呆れながら出ていった。ただ、次期国王になろうという人物がここまで思い通りになるとは、この国の行く末に不安がよぎる。
翌朝、公爵と弟に見送られてチチェリ王国へと向かう。公爵の目が心なしか潤んでいるような気がしてエレシアも思わず泣きそうになる。これ以上何か言うといっしょに涙まで出てしまいそうで、努めて笑顔でお別れを告げて公爵家を後にした。
さて、レッツ国外追放!