(1)夜風の中の告白
2個目の御話、公開です。
やっと此処からBLっぽくなってきます。
翡翠の貴公子と金の貴公子の関係を楽しんで戴けたら幸いです。
翡翠の館の居候で在る金の貴公子は、専ら暇人であった。
日々、会談や接待、
書類作成や領内の報告書のチェックに追われている翡翠の貴公子とは正反対に、
金の貴公子は実に何もする事がなかった。
彼の一日は昼寝と女遊び、此の二つに尽きていた。
あと付け加えるものが在るとすれば、甘党で菓子ばかり食べていた。
そして翡翠の貴公子が館を空ける日は特に時間を持て余し、
朝食を済ませて屋敷を飛び出しては、一日帰って来ない事もしばしばだった。
だが翡翠の貴公子が屋敷に居る日は、金の貴公子も外出を控えていた。
そして、ちょくちょく翡翠の貴公子の様子を見に部屋に行ったりするのだが、
大抵は相手にしては貰えない。
そんな金の貴公子は、今日も自室の窓辺で暇を持て余していた。
屋敷のメイドには手を出さない様に翡翠の貴公子から言われているし、
メイドの方も今では自分の誘いには笑い半分でしか応えてくれない。
館の執事ポフェイソンは完全に翡翠の貴公子派の堅物で、金の貴公子には、
さりげなく厳しかったりする。
「暇だ・・・・今日も、なんて暇なんだ」
金の貴公子は流れ行く雲を見上げ乍ら、ぼやいた。
「暇過ぎる・・・・」
そして又ぶらぶらと翡翠の貴公子の部屋へと遊びに行ってみる。
金の貴公子がいつもの如くノックもせずに執務室に入ると、案の定、
翡翠の貴公子はうたた寝をしていた。
昼下がりの此の時間、翡翠の貴公子が大抵、睡魔に負けている事を、金の貴公子は知っていた。
金の貴公子は机に腰を掛けると、彼の翡翠の髪を指で突付く。
「・・・・・」
翡翠の貴公子がむくりと顔を上げる。
其の翡翠の瞳は、まだ眠そうである。
だが金の貴公子を見上げると、
「どうも駄目だな」
ぼそりと翡翠の貴公子が言った。
「眠い??」
金の貴公子が問うと、翡翠の貴公子は頷く。
「何年経っても、デスクワークは苦手だ・・・・眠い」
更にこう暖かいと、其の眠気も増すと云うものである。
翡翠の貴公子は眠たそうな顔の儘、机の上に広がっている書類を纏めた。
「俺は身体を動かしている方が性に合っている」
言い乍ら翡翠の貴公子はベルを鳴らすと、メイドに珈琲を頼んだ。
そんな翡翠の貴公子を横目に見ると、金の貴公子は鼻を鳴らした。
「じゃあ、どの仕事が一番いいんだよ??」
ぶっきらぼうな口調で翡翠の貴公子に問う。
翡翠の貴公子は「そうだな・・・・」と少し考えると、
「未踏の調査をしている時が、一等気楽でいい」
ぼそりと言った。
未踏の調査とは、まだ交友の無い国へ忍び、
其の国の国情などを一ヶ月程度に渡り調査して来ると云う仕事である。
接待嫌いで旅慣れをしている翡翠の貴公子には、確かに一番合っている仕事と云えるだろう。
だが金の貴公子は、どうにも其の答が気に食わなかった。
「俺は、デスクワークの方がいい」
不機嫌そうに、ぼやく。
翡翠の貴公子が調査に出掛けた暁には、自分の激しい暇々生活が待っているのだ。
膨れっ面になっている金の貴公子に、翡翠の貴公子は首を傾げた。
「何を怒っている??」
「別にっ!!」
そっぽ向く金の貴公子に、翡翠の貴公子は益々きょとんとした顔になる。
そんな翡翠の貴公子に、金の貴公子は無性に腹が立ってきた。
「て云うか、最近、主、出掛けてばっかじゃん!!」
声を荒げる金の貴公子に、だが翡翠の貴公子は平然と答える。
「今月は会議が重なっている」
「そうじゃなくてさ!!」
金の貴公子は、ぎりぎりと歯軋りする。
「だから、たまには、デスクワークだって、いいじゃん!!」
翡翠の貴公子は椅子の背もたれに寄り掛かると、
「何をそんなに苛々している??」
やはり平然と訊いてくる。
金の貴公子は地団駄を踏みたい気持ちに駆られた。
此の人は・・・・一人で館に残される俺の気持ちなんて、知らないのだ・・・・!!
朝目覚めた時の寂しさも、食卓に一人で座る虚しさも、夜の静けさも!!
金の貴公子は、どうにも歯痒くなって、
「俺は、ただ・・・・」
そう言おうとした時、メイドが珈琲を運んで来た。
何となくタイミングを失ってしまう、金の貴公子。
翡翠の貴公子はメイドに礼を言うと、珈琲を口に運び乍ら金の貴公子を見上げる。
「ただ??」
金の貴公子は、うう・・・・と内心呻くと、
「何でもないっ!! 出掛けて来る!!」
扉の方へと、どしどし歩いて行く。
其れを翡翠の貴公子が呼び止めた。
勢い良く振り返る金の貴公子に、
「珈琲は飲まないのか??」
と、翡翠の貴公子。
金の貴公子は顔を真っ赤にすると、
「要らないっ!!」
大声で怒鳴って出て行ってしまった。
翡翠の貴公子は椅子に腰掛けた儘、相変わらず翡翠の瞳をきょとんとさせていた。
結局、金の貴公子は行き慣れた高級娼館で、此の日を過ごす事にした。
甘い香りのする柔らかい寝台の上で一通り終えた金の貴公子は、亜麻色の髪の娼婦と、
だらだらと寝転がっていた。
娼婦の名はシルフィーニと云い、金の貴公子とは、もう二年、関係を続けている。
シルフィーニは金の貴公子の癖の在る髪を豊かな胸に抱くと、撫で乍ら言う。
「貴方って最近、辛そうな時にしか来ないのね」
金の貴公子はシルフィーニの胸に接吻すると、笑う。
「そんな事ないよ」
シルフィーニの首に腕を回し、彼女の柔らかな唇に何度も口付ける。
だが、シルフィーニは顔を離すと、クスクスと笑う。
「初めて来たばかりの頃は・・・・何処にでも居ると云う感じの客だった」
そう言い乍ら、金の貴公子の顔を両手で包む。
「何となく時間を持て余して・・・・毎日が詰まらないと云う感じの・・・・ね」
金の貴公子はシルフィーニの白い手に唇を這わせ乍ら笑う。
「へぇ・・・・俺、そんなだった??」
「ええ」
シルフィーニは指先で金の貴公子の輪郭をなぞり、
「でも、それから、どのくらいかして、貴方、本当に幸せそうに笑ってた」
彼の瞼にキスをする。
「なのに・・・・」
シルフィーニのエメラルドの瞳が憐れむ様に細まると、
「最近は本当に苦しそう」
子供をあやす様に抱き締めてくる。
金の貴公子は面白そうに笑い乍らシルフィーニの上に覆い被さると、
「其れは君のエメラルドの瞳が美し過ぎるからだよ」
キスの雨をする。
そうやって二人は夕暮れ時まで肌を擦り合わせていたが、日没の鐘の音が響くと、
金の貴公子が身体を離した。
「帰るのね」
シルフィーニが声を掛けると、金の貴公子は服を纏い乍ら笑った。
「そ。腹減ったし、夕食時までに帰らないと、怒られるんでね」
そう言う金の貴公子の顔は何処か嬉しそうだった。
そんな彼の様子に、シルフィーニは優しく微笑む。
金の貴公子が窓辺に立ち、「またね」と言うと、ふと、シルフィーニが彼の名前を呼んだ。
振り返る金の貴公子に、
「其の苦しい気持ち・・・・一度、伝えてみなさいな」
微笑み掛ける。
金の貴公子は一瞬目を瞠ったが、彼女のエメラルドの瞳を見遣ると、
「嫌われたくないんでね」
笑って黄金の翼を広げ、窓辺から飛び発って行った。
普段通り夕食を済ませた金の貴公子は湯浴みをして夜着に着替えると、
恒例の様に翡翠の貴公子の部屋へと向かった。
朝目が覚めた時と夜眠る前に翡翠の貴公子の顔を見に行くのが、
暇人金の貴公子の唯一の日課であった。
だが翡翠の貴公子の部屋に入ってみると、其の姿がない。
金の貴公子は部屋を見回すと、奥の寝室を覗きに行く。
しかし寝室にも彼の姿はなかった。
開けっ放しになっている窓からは、夜風が流れ込んで来ている。
「こう云う時は」
金の貴公子は開け放たれた窓辺に上がると、己の背に秘めた翼を解放した。
目映い黄金の光が窓辺を照らし出す。
金の貴公子は窓の桟を軽く蹴ると、屋敷の屋根へと舞い上がった。
屋根の上には、案の定、翡翠の貴公子が居た。
翡翠の貴公子は柔らかく光る翡翠の翼を風に靡かせ乍ら、屋根に腰掛けている。
翡翠の貴公子が風呂上りに屋根で夜風に当たるのが好きなのを、金の貴公子は知っていた。
翡翠の貴公子は金の貴公子をちらりと見ると、直ぐに目を閉じる。
夜風に当たる彼は、とても機嫌が良さそうだった。
金の貴公子は何だか嬉しくなって、翡翠の貴公子の隣に座ると、
「俺さぁ。最近、めっきり、腹が空く様になっちゃったよ」
自嘲する。
異種は食さなくても、生きていける肉体を持っている。
金の貴公子は長年規則正しく食を摂る生活を送ってこなかったのだが、
翡翠の館に居候を始めてからと云うもの、朝昼晩決まった時間に食事をする様になり、今では、
すっかり其の時間になると腹が空く様になってしまったのだ。
「すっかり人間臭くなっちゃったよ」
金の貴公子が溜め息をつき乍ら夜空を仰ぐと、翡翠の貴公子は小さく「そうか」と一言だけ言った。
そして又、夜風に目を閉じる。
其の様子を金の貴公子は横目で、ちらりと見る。
翡翠の貴公子の翼は本当に美しいと思う。
特にこうして闇夜に浮かび上がる翡翠の翼が本当に綺麗だ。
そして其の時に翡翠の貴公子の額に浮かび上がる翡翠の紋も、金の貴公子は好きだった。
異種の中でも主神と呼ばれる者だけが額に有している紋は、
翼を出す時や神力を使う時、羽根と呼ばれる鳥を使いに出す時に現れる。
主神とは異種が支配する属性の中で、其の属性で一番精霊たちに愛される者の事を云い、
故に異種の中でも尊き存在だった。
しかし金の貴公子も主神だったが、其の怠惰な人格のせいか、
同族たちには余り重宝されていなかった。
金の貴公子は夜風に乗った若草の香りを感じていた。
森のずっと奥深くの朝の凛とした空気の様な・・・・翡翠の貴公子の香りが好きだった。
翡翠の貴公子の綺麗な横顔が好きだった。
長い翡翠の睫毛が好きだった。
曇りの無い真っ直ぐな翡翠の眼差しが好きだった。
静かに喋る薄紅色の唇が好きだった。
咽喉仏の出ていない細い首が好きだった。
あれも・・・・此れも好きだ・・・・。
好きな所を上げたら、なんて、きりがないのだろう・・・・。
其処まで考えて、金の貴公子は我に返った。
気が付くと、翡翠の貴公子の翼を無意識に掴んでいた。
当然のこと乍ら、翡翠の貴公子が不快な眼差しで見ている。
「羽根に触るな」
静かに叱咤されて、金の貴公子は慌てて手を離した。
「ごめん、ごめん」
異種にとって翼は其の命同然のもので在る為に、
異種は他者に翼に触れられる事を極度に嫌うのである。
当然、翡翠の貴公子も例外ではなかった。
金の貴公子は膝を抱えると、申し訳無さそうに小さくなる。
そして、思う。
此の人には逆らえないなぁ・・・・と。
まぁ、実際、遣り合ったところで、本当に敵わないのだが。
もやもやとした感情が溢れてくる。
金の貴公子の胸の奥が段々と熱く蠢いてくる。
満点の星空は、なんて綺麗なのだろう。
手の届く傍に、美しい人が居る。
風は絶え間なく此の人の香りを運び、嗅覚を刺激する。
ああ・・・・こんな夜に・・・・どうして抑えられるだろう??
此の胸に湧き起こる、激しい衝動を・・・・!!
金の貴公子は膝を抱えた儘、顔を埋める。
言ったら・・・・嫌われる。
此の館も追い出されてしまうかも知れない。
其れは・・・・嫌だ。
生涯、此の翡翠の人の傍に居ると決めたのだ。
けれど此の溢れ出す感情は・・・・日々日々募っていく感情は・・・・どうすればいい??
コントロールするには・・・・金の貴公子の内に溢れた感情は、最早、限界だった。
だから。
「俺さぁ」
と、金の貴公子は、ぽつりと言った。
「凄い好きな人、居るんだよなぁ」
だが翡翠の貴公子は聞いているのかいないのか、夜風に目を閉じている。
「どうしたらいいと思う??」
ぼそぼそと言う金の貴公子に、彼が答える気配はない。
二人は暫し沈黙していたが、翡翠の貴公子は立ち上がると、屋根から降りようとする。
慌てて金の貴公子は言う。
「ちょ・・・っ!! ちょっと!! 無視かよ?!」
すると翡翠の貴公子は振り向き、
「そう云うのは、御前の専門分野だろう。相談する相手を間違えている」
呆れた様に言う。
其のまま舞い降りようとする翡翠の貴公子の夜着を、思わず金の貴公子の手が、むんずと掴んだ。
「ちょちょちょ・・・・待ってよ!! 意見くらい聞かせてくれてもいいじゃん?!」
翡翠の貴公子は静かな翡翠の眼差しで金の貴公子を見下ろしたが、聞くまでは離さないと云う、
何だかよく判らない金の貴公子の断固たる姿勢に溜め息をつくと、仕方なさそうに答えた。
「相手の立場にもよるな。何でも言えば良いと云うものでもないだろう」
「立場?? どう云うのが、主的には駄目だと思う??」
翡翠の貴公子は難しい顔をすると、
「御前は又、そう云う事に首を突っ込んでいるのか??」
冷ややかに金の貴公子を見下ろす。
金の貴公子がしばしば繰り返す人妻との関係を、翡翠の貴公子は良く思っていなかった。
そんな翡翠の貴公子に、金の貴公子は慌てて首を振る。
「違うっ!! 今回は、そう云うのじゃないんだ!! 独りだ!! 独身だ!!
多分、特に付き合っている相手もいないみたいだし・・・・結婚の予定も今のところない!!」
必死に弁解する金の貴公子に、翡翠の貴公子は、もう一度溜め息をつくと、
「なら、良いのでは??」
好い加減、手を離せと、翡翠の瞳で言ってくる。
しかし金の貴公子は黙った儘、何故か下を向いてしまった。
翡翠の貴公子は何とか服から金の貴公子の手を離させると、今度こそ下へ降りようとした。
だが。
「好きなんだ」
ぽつりと・・・・金の貴公子は呟いた。
「好きなんだ・・・・愛してるんだ!!」
金の貴公子は咽喉の奥から絞り出す様に叫んでいた。
BLっぽくなってきた所で、次へ続きます。
金の貴公子を応援して貰えたら嬉しいです。
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