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第4話


午後七時。


座敷童子の幸千代は家主のお気に入りであるダークグレーのカウチソファに座っていた。

いつもなら夕食の準備に追われている時間帯だが、今日は静かにスマートフォンの画面を見つめている。

新着メッセージは来ていないが、メッセージアプリを起動して並んでいる文字を追っていた。

帰宅時間の報告や日常のちょっとしたやりとり。

家主が撮影した綺麗な景色の画像。

どれも他愛ないものだが、繰り返し見ても全く飽きない。

無機質な文字の奥に家主、良典の顔がいつも思い浮かぶからだ。


驚く顔、呆れた顔、喜ぶ顔。

その全てが幸千代の胸を温かくするが、やはり一番は笑顔だ。


目尻に優しく皺を寄せて楽しそうに笑う良典を見ていると、幸千代はこの家に住めてよかったと心から思うのだ。

もし良典が家庭を持っていたら、きっと出会うことすらできなかっただろう。

仕事以外は誰にも相手をされない寂しい中年男性だと本人は自虐しているけれど、津ヶ谷良典という男はとても魅力的だ。


力強く弧を描く眉。

男らしいくっきりとした二重に笑い皺がチャーミングな栗色の目。

高くしっかりとした鼻梁に、少しだけ厚めの唇。

百八十センチ前後の長身で、とてもバランスのいい体躯をしている。


もちろん、素敵なのは容姿だけではない。

これまでの人生経験で培ってきたのだろう、決して揺るがない優しさ、誠実さ、聡明さ。

そういうものが日常に嫌味なくすっと溶け込んで、良典を最高に良い男にしている。

決して寂しい人生を歩むべき人ではないはずだ。

これは自分の想像でしかないのだけれど。

良典は最初の恋人以外にも、縁は沢山あったのではないだろうか。

こんな男前を世の女性たちが放っておくわけがない。

きっと、誰にも相手にされないと自虐しておきながら、逆に相手にしていなかったのは良典自身なのだ。

もちろん、仕事が忙しかったのが一番の理由だろう。

しかし、それ以上に良典の心を動かす人がいなかったのだと自分は踏んでいる。

占い師を家主にしていたこの幸千代。

人生相談の傍聴で日本一耳年増な座敷童子の自信がある。

良典は、相手に対するまんざらでもない気持ちや好意を持たれた優越感、漠然とした寂しさなんていう曖昧なものから付き合いが始まるタイプではないのだと思う。

自分がきっちりと相手を見て、しっかりと恋におちて。

情熱的に恋愛が始まる人なのだ。

そして、恋をするハードルが高い人でもあるのだろう。

友人になるきっかけも同様かと推測できる。


だとすれば、である。


幸千代は白い指を画面に滑らせて、良典が撮影したストロベリームーンの画像を見つめた。

孤独を謳う良典の発言は当てにはならない。

現在進行形で津ヶ谷課長に想いを寄せる人はほぼ百パーセントの確率で存在すると思っていい。

彼が周りを見て、恋や友好関係を始めるハードルを少しでも下げた瞬間。

数多の縁が湧いて出てくるに違いない。

本人に言わせれば、こんなおじさんなんかと言うだろうが。

その辺りの認識もおおいに間違っている。

良典ほど魅力のある人ならば、多少の加齢など逆に旨みが増すスパイスだ。

熟成された肉に極上のスパイスをなじませて、じっくりと火を通せば。

老若男女、誰もが手を伸ばしたくなる垂涎のステーキの出来上がりである。


「ああ……っ。どうすればっ」


幸千代はスマートフォンを膝の上に置いて、頭を抱えた。

いまだかつて、こんなに魅力的な家主がいただろうか。


「良典さん……」


名を呼べば、それだけで口元がむずむずと緩んでしまう。

座敷童子として、いくつもの家に住みついてきたが、こんな気持ちになるのは初めてだ。

良典を自分のとっておきの宝物だと世界中に自慢したいような。

それでいて、彼の何もかもを独り占めしたいような。

未知の感情を持て余していると、スマートフォンが新しいメッセージを表示した。


買ったからすぐに帰るよ


もちろん良典からだ。

今晩は寿司を買って帰るから夕食は作らなくていいと言われていたので、のんびりと時間を過ごしていた。

寿司を口にするのは何年ぶりだろうか。

待っていますとメッセージを送る。

良典が足早に帰宅する様子を想像して、ふふと小さく声がこぼれた。

ここに来るまでは、人々の生活を傍観するだけの日々だった。

それでも十二分に感謝され、存在を肯定され、何の不満もなかったのだが。

今思えば、いささか物足りない日々であった。

自分から能動的に動いて良典の笑顔を見るのが、どれだけ心の活力を生むことか。

くらぼっこには前の家に戻らないのかと聞かれたが、こんな充足感を一度知ってしまえば、以前の生活になど戻れるわけもなかった。


幸千代は気心地のよい己の服を見下ろした。

これは良典が久しぶりに取れたという有給休暇の日に大型ショッピングモールに行って買ったものだ。

どんな服がいいのか全く分からなかったから、二人してメンズ服エリアを端から見て回って、申し訳なくなるぐらい沢山買ってもらった。

良典は選ぶのが楽しいと始終笑顔でいてくれて、人が近くにいる時は話すのをやめるのもゲームみたいで面白かった。

良典の今までのメッセージに、幸千代は縋るように視線を向ける。

もしも、良典が新しい縁に本気で前向きになってしまったら。

良典の笑顔が他の人に向けられ、帰るのは自分の側ではなくなる。

幸千代は胸がぎゅっと押さえつけられるような気持ちになった。

座敷童子の己が独占欲をもつなんて。

お世話になっている家主が新たな縁を結ぶのは喜ばしいことなのに。

良典の幸せを願えない自分が嫌だった。


「ただいま~」


眉宇を曇らせる幸千代の耳に、施錠の音と共に耳触りのよい声が届く。

家主が帰ってきたのだ。


「お、おかえりなさい」


慌てて玄関に向かうと、良典が微笑んで手にある包みを持ち上げた。


「奮発して特上買ってきたよ」

「わ、ありがとうございます」


ずしりと重い包みを受け取りながら、幸千代は自己嫌悪に陥った。

自分が家主の幸せを願ってないような最低な座敷童子に思えてくる。


「幸千代?」


視線を落としたままの座敷童子の顔を良典がのぞき込む。


「す、すみませんっ。ちょっとぼーっとしちゃって。すぐにお茶淹れますね」


嫌悪するそばから、醜い独占欲がむくむくと育っていく。

自分は良典のほんの一部しか知らない。

前の家主は在宅の仕事で、公私共に人間関係は何となく把握していた。

でも、良典は違う。

まだここに住み始めて数ヶ月。

彼のほとんどを知らない。

そう思うと、無性に胸をかきむしりたくなるような衝動にかられた。

少しでも新しい良典を見たい。

仕事の時にはどんな顔をするのか。

友人の前ではどんな顔で笑うのか。

全部知りたい。

初めて感じる激しい欲求に幸千代は心を鷲掴まれてしまったのだった。



○●○



梅雨が開けようかという日にも関わらず、いかにも汗をかきそうなスーツ姿の人間たちとすれ違う。

レンガ調のタイルがきれいに敷き詰められた歩道の上に立つ幸千代は、視界に収まりきらない高層ビルを見上げた。

立ち並ぶそれらに、能面のような顔をした大人が忙しそうに出入りしている。

テレビの中でしか見たことのなかったビジネス街のビル群。

その中でも一際高いものの中から良典の気配がする。

ここだ。

このガラス張りの鏡みたいに輝くビルが家主の職場。


来てしまった。


幸千代は蘭咲興業株式会社の正面玄関前できゅっと唇を噛みしめた。

何度もこんなことをしてはいけないと自分を止めようとした。

だが、どうしても職場での良典を見てみたい欲求を抑えられなかったのだ。

両手で抱えている紫色の風呂敷の中には、良典が出勤した後から気合を入れて作った弁当がある。

料理に慣れてきた頃から弁当を作ろうかと何度か申し出ているが、良典には断られている。

手間を増やさなくていいと言われているが、弁当になれば日常の習慣が変わってしまうし、周りの目もある。

それらを乗り越えてまで弁当持参にするのは面倒なのだろう。

これでも、あらゆる人々の悩みを聞いてきたのだ。人間のその辺りの機微には聡いつもりだ。

だから、こんな急に弁当を作ったといって職場に押しかけたら、どれだけ迷惑で嫌がられるかは分かっている。

これはいわば保険だ。

良典に見つかって、何をしにきたのかと言われた時の為の。


「もし見つかったら怒られて……嫌われるかな……」


そう思いはしても、ビルへと向かう歩みは止められない。

己の知らぬ世界で良典はどんな風に働いていて、どれだけ周囲に愛されているのか。

いや、そんなのはキレイゴトだ。

良典の職場での人間関係が気になって。

信頼を築いているだろう人間に嫉妬して。

内緒にしているだけで、もしかして特別な人がいるのではないか。

その人と、この瞬間にも想いを交わしているのでは。

そう思うと、いてもたってもいられなかった。

どうせ良典以外には見えやしないのだ。

本人にバレないように静かにのぞけばいい。

この弁当だって食べて欲しい気持ちもあるが、計画が成功すれば己の胃に収まる予定だ。

幸千代は一度深呼吸をすると、警備員の前を素通りして広い玄関ロビーの奥にあるエレベーターへと足を進めた。

良典の気配は濃く感じるが、この高層ビルの何階にいるのかは、さすがにピンポイントでは分からない。

目の前でちょうど開いたエレベーターに乗り込んで、誰かしらの乗り降りにまかせて上下する。

しばらく意識を集中させて、家主の気配を肌で感じた階で慌ててエレベーターから飛び出した。

グレーの床にベージュの壁。

幸千代の左右に廊下が長く伸びていて、いくつものドアが並んでいる。

瞼を閉じて、良典の気を探る。

左だ。

こちらの部屋のどれかに良典がいる。

もう随分と近いようだ。

見えない足跡を追うように一つのドアに向かう。

どうやって入ろうかと思案した瞬間に、中から女性社員が出てきた。

急いで忍者のように己の体を室内にもぐりこませると、大きなフロアが目前に広がった。


「う、わ……」


幸千代は思わず一歩後ずさった。

テレビで見たことがあるオフィスビルの一室よりも随分と広く明るい。

ずらりと並ぶ数多の机、粛々とパソコンに向かう人々。

思った以上の規模である良典の職場に、幸千代は口を開けてしばらく呆けていた。

こんなに大きくて大勢の人間がいる所で良典は仕事をしているのだ。

壁際に身を寄せてフロア全体を眺める。

奥まで上手く見渡せないが、一見して良典はいない。

ここにいるのは間違いないのに。

壁沿いにフロアの端を周っていると、出入り口とは別のドアがあった。


ここだ!


幸千代の家主センサーが作動した。

この奥に良典がいる。

すぐにでも隣の部屋に行きたいが、自分でドアを開けてしまったら心霊現象だ。

早く誰か開けてくれないか。

そう念じていると、一人の若い男性社員がドアをノックをした。

待っていましたとばかりに、男性の背中にとりつくように開かれた扉をくぐった。


うそ――!?


やってしまった。

幸千代は新たな部屋を前に短く悲鳴を上げそうになった。

ドアの向こうにも広いフロアがあるのかと思っていたのに。

目前にあるのは一瞬で隅々まで見渡せる程度の部屋だった。

中央に大きな長机が置かれ、向かい合って座る社員。

奥にはホワイトボードとプロジェクターで映し出された幾つものグラフ。

ここは、きっと会議室だ。

そして。


「津ヶ谷課長。これが新設された分を足したデータです」

「ああ。ありがとう」


おもいきり会議中だった。

浅慮な己が悲しくなってくる。

入る前にきちんと確認すればよかったのに。

どうすればいいか。

当然だが、もう扉は閉まっている。

良典は手元の資料に目を落としている為、幸千代の存在には気付いていない。

幸いにも皆の視線を集めているホワイトボード等は幸千代とは逆方向だ。

だが、バレるのは時間の問題である。

気休めにしかならないが、近くの観葉植物にそっと身を寄せた。

誰かが出入りしてくれないかと熱望するも、そんな様子はなく会議は本格的になっていく。

幸千代には到底理解できない専門用語が飛び交い、良典は難しい顔をして話を進めている。

家では決して見ない顔つき。

声音も固く、まるで別人のようだ。

幸千代は観葉植物の影から課長の良典にしばし見惚れた。

やはり己の家主はとても格好いい。


「じゃあ、サンカン鋼鉄との共同の――んっ!?」


不意に良典の顔が大きく動いた。

そのまま座敷童子の前に視線がくると、課長の声が不自然に止まった。


嗚呼。

こんなにもあっさりと見つかる予定はなかったのだけれど。

無言で見つめ合うこと、数秒。


「……課長? どうかされました?」


驚愕の表情で観葉植物を見つめる良典に、室内に困惑の空気が流れ始める。


「え、あ、いや、すまない。何でもないんだ」


気持ちを切り替えた良典が幸千代から目を背けて、仕切り直す。

すぐに空気は元に戻ったが、迷惑をかけてしまった。

もっと上手く立ち回るつもりだったのに。

何食わぬ顔をして会議を進めているが、良典は怒っているだろう。

ぞわぞわと胸の奥が冷たくなる。

こんなに大胆な行動をしておきながら怒られるのを恐がるなんて、自分勝手の極致だけれど。

顔を上げる勇気がなく、弁当の包みを強く抱え込んで観葉植物の影と化していたら、ぞろぞろと部屋から人が出ていった。

会議が終わったようだ。


「どうしたの?」

「あ……」


さり気なく最後まで残っていた良典は、誰もいなくなった会議室で身を縮こまらせている幸千代の顔をまっすぐに見つめた。


「あ……の……」


良典の、まるで最初に会った時のような固い雰囲気。

罪悪感と叱責の恐怖に、身が竦む。


「ご、ごめんなさいっ!」


幸千代は深く頭を下げた。


「わ、私……良典さんの働く姿が見たくて……そっと見たらすぐ帰ろうと思って……良典さんの気配を追ったら、この部屋まで入って来てしまって……お仕事の邪魔をするつもりはなくて、その……」

「俺の働く所を見たってつまらないと思うけどね。それで、その包みは何?」

「あ……いや、これは何でも……」


保険として持って来た弁当だが、この状況で出すのは逆にマズい。


「何でもないのに、わざわざ綺麗な風呂敷に包んでまで持ってこないだろ?」

「これは……お弁当です」

「その為に来たの?」

「えっと、食べてもらいたくて作りはしました……けど、これはもし見つかった時の言い訳と思って」


そこまで言うと、良典が笑った。


「良典さん……?」

「いや、保険まで用意してる割には、作戦が全部失敗してるから」


笑い声が続く。


「かわいいスパイだね。いや、忍者?」

「う……本当にすみません」

「いいよ。見つけた時はびっくりしたけど、別に仕事の邪魔にはなってないよ」


そして優しく背を押されて、先ほど会議が行われていたテーブルへと誘われる。


「ここで弁当を食べよう」

「え!? いいんですか!?」

「ちょうど今から昼休憩だしね。この会議室、今日はもう使わないから平気だよ」


ほら、と席に促される。


「今日は朝からずっと会議で腹減ってるんだ。お、重箱なんだな」


風呂敷を開くと、良典が嬉しそうに微笑んだ。

こんなストーカーみたいな行為をして仕事を邪魔してしまったのに、ろくに怒らず一緒に弁当を食べてくれるなんて。

良典の優しさに、己の愚かさが身にしみる。

固い表情の幸千代の背を良典が優しく撫でた。


「ほら、そんなに落ち込むなって。幸千代が好奇心旺盛なのは知ってるからね。今度から大それたことをする時は事前に言ってくれよ? 今回はもういいから、一緒に食べよう」


良典の好物ばかりが詰まった重箱を前に、幸千代は幼子のように目を潤ませて頷いた。


「これ、幸千代の作戦が上手くいって俺が気付かなかったら、全部自分で食べるつもりだったの?」

「はい」


下段にはおにぎりがこれでもかと並び、上段には煮物から揚げ物から色とりどりに詰まっている。

四人前はありそうなそれを前にして、ためらいなく頷く幸千代に、良典は再び大きく笑った。


「座敷童子は大食いなのかな?」

「そんなことはないですけど……」


良典の眩しい笑顔に胸がむずむずとかゆくなる。

作戦は失敗して良典には迷惑をかけてしまったけれど、こうして笑顔を向けられるのは嬉しかった。


「お味はどうですか?」

「うん。おいしいよ。弁当もいいね」


家主は楽しそうに箸を伸ばしている。

よかった。

弁当を作るのは初めてなので、少し不安だったのだ。


「今日ここに来たのは、本当に働く俺を見たいだけ? こんな豪勢な保険まで用意してさ」

「それは、その……」


幸千代は自分の手元に視線を落として言い淀んだ。

良典には隠し事ができないようだ。


「良典さんと一緒に暮らして……あなたはとても素敵な人で……きっと特別な方がいらっしゃるだろうと……」

「いないって言っただろ?」

「……気付いていなくても、良典さんに想いを寄せる方がいらっしゃるかもしれないし。そう思うと気になって」

「それで、ここにそういう人がいるかもって見にきたの?」


座敷童子は無言で頷いた。


「ないよ。絶対にない。万が一あっても、幸千代と暮らすのが楽しいから断るよ」

「本当ですか……?」

「本当本当」

「でも……そんなの……」


幸千代は下唇をきゅっと噛んだ。


「家主の幸せの邪魔するなんて最低の座敷童子です……」

「邪魔なんかしてないって。俺が幸千代と一緒に暮らすのが一番幸せだって選んでるんだから」


笑い皺を目尻に優しく刻んで、良典が穏やかに言う。


「良典さん……わ、私は――」


胸の奥から喉元にまでせり上がってくる喜びをどうにか嚥下して、幸千代は言葉を紡いだ。


「あなたの人生を騒がせてばかりではないですか」

「少しぐらい騒がしい方が刺激的でいいんだよ。ほら、小指出して」

「え?」

「指きりしよう」


良典にすくい上げられるようにして、二人の小指が絡んだ。


「約束する。ずっと二人で幸千代と暮らしていくよ。追い出したりなんかしない」

「良典さん……っ」


優しい声音に、どうしようもなく目頭が熱くなる。


「指きりなんて三十年ぶりだなぁ」


絡んだ小指が穏やかに揺らされる。


「改めてさ。これからもよろしくね、幸千代」


良典の笑顔が涙でにじんだ。


「こちらこそっ、ずっと、ずっと、よろしくお願いしますっ」


つまらない嫉妬や独占欲で職場にまでおしかけたというのに。

こんな自分と共にいて幸福を感じてくれるのが嬉しい。

座敷童子のもたらす力ではなく、自分自身を見て、求めてくれる。

幸千代は絡んだ小指にぎゅっと力を込めた。

この止めどない歓びが少しでも伝わるように。

津ヶ谷良典と暮らして毎日幸せをもらっているのは、恥ずかしながら座敷童子である幸千代の方なのだから。



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