前提条件がズレているそうです
「ここのところ、よく学園を休んでいるみたいだけれど。大丈夫?」
学園に登校するなり呼び出されたセアラは、いつものように王族専用区画の部屋にいた。
未来の国王夫妻にまでセアラの出席状況が伝わっているのはどうかと思うが、心配してくれるのはありがたい。
「大丈夫です。ちょっと筋肉痛で動けなかっただけですので」
「筋肉痛? ……剣の稽古を再開したというのは、本当だったんだ」
少し驚いた様子でうなずいたデリックは、何やら思案しながら紅茶に口をつけた。
「何故、ご存知なのですか」
「まあ、聞いたからね」
セアラが剣の稽古を再開したことを知っているのは、ギルバートしかいない。
そもそも貴族令嬢であるセアラが剣を扱えるということ自体、学園の生徒達は知らないはずだ。
お世辞とはいえ『深紅の薔薇』と呼ばれる程度には女性らしくしていたのだが、この二人はセアラの事情を知っている。
……剣を手放した理由も。
「筋力も体力もすっかり落ちていました。おかげで筋肉痛が酷かったのですが、ようやく落ち着きました。ご心配をおかけして申し訳ありません」
セアラが頭を下げると、二人は困ったようにため息をついた。
「謝らなくていいのですよ。それよりも、どういう心境の変化ですか?」
「騎士を目指し、パトリシア様のおそばに仕えようというのです。剣を使えなくては、話になりません」
「本気なのですか? ……あんなに、淑女たらんと努力していたのに?」
パトリシアには、貴族令嬢としてギルバートに相応しくあろうと努力をしていた際に、色々とお世話になっている。
それらが無駄になってしまうというのは、心苦しかった。
「パトリシア様のご厚意を活かせず、申し訳ありませんでした。今後は、騎士としてこの恩をお返ししていくつもりです」
「そんなことは気にしなくていいのですが。……それで? 理想の花嫁とやらは、見つかったのですか?」
パトリシアの言葉にうなずくと、セアラはアイリーンとマージョリーに絞ったこと、ギルバートと二人きりにして反応を見たことを伝えた。
「なるほど。つまり、現状ではどちらも決め手には欠ける上に、三人目が存在する可能性があるのですね」
すると、ここまで静かに話を聞いていたデリックが、小さく息を吐いた。
「それで、セアラはどうするつもりなんだい?」
「ひとりを愛人にするという選択肢も、一応は存在しますね。本人達が良ければ、私が口を挟むことではありませんし」
紅茶を飲もうとしていたパトリシアが手を滑らせ、ソーサーとティーカップが激しい音を立てる。
「私が提案するのも角が立ちますので、デリック様にそれとなくギル様の意向を聞いていただきたいのですが」
「――嘘だろ。何てことを頼むんだよ、セアラは。俺が殺されたらどうするの?」
「……どちらかと言えば、ギルバートが死にそうですね」
何やら揉めているが、殺されるというのは聞き捨てならない。
「デリック様の身に危険があるのならば、私も及ばずながらお守りします。何か、できることはありますか?」
「ギルの花嫁探しをやめてくれると、話が早いな」
身の危険と護衛の話だと思ったのだが、何故そんな提案が出てくるのだろう。
よくわからず、セアラは首を傾げる。
「デリック様の身の安全に無関係です。それに、ギル様の新しい幸せ生活が遠のくではありませんか」
「身の安全も幸せも一気に解決するから、言っているんだけど」
「いくらデリック様でも、ギル様の意向を無視するのはどうかと思います」
「いや。だからそれを踏まえて言っているんだけど」
どうにも話が通じない。
デリックとは、たまにこうして上手く話がかみ合わないことがある。
セアラが未熟だからかもしれないが、今回のことは譲るわけにはいかない。
「デリック様はパトリシア様と仲睦まじいから、わからないのです。世間には政略結婚以下の、つつけば割れる薄氷の上のような関係性もあります。相手の幸せを願って安全な大地に移ってもらいたいと思うことの、何がいけないのでしょうか」
「ああ、うん。そこがね。前提条件が、ことごとくズレているんだよね」
「デリック様の言うことは、よくわかりません」
何だかもどかしいし悔しくなって、セアラは少しばかり頬を膨らませる。
結局、幸せな婚約生活を送っている人には、わかってもらえないのだ。
相手に嫌われているという切なさ、それでも相手に幸せになってほしいという願い。
セアラだって完全に消化しきれていないのだから、あまり揺さぶらないでほしい。
二人の様子を見ていたパトリシアは、ため息をつくとセアラの隣に座り、そっと頭を撫でた。
「セアラはギルバートのためを思っているのですよね」
「はい。嫌いな相手と利のない婚約を続けるのではなく、素敵な方と幸せになってほしいです」
「……だから。そもそもの前提がさあ……」
何やらデリックはブツブツと呟いているが、ため息をつくと焼き菓子に手を伸ばした。
「どちらにしても、俺達が解決するのは駄目だね。ちゃんとギルとセアラが話さないと、どこまでも続きそうだ」
「そうですね。ここまでこじれているのも、元はと言えばギルバートのせいです。自分でどうにかできないのなら、セアラは私が貰います。……女近衛騎士、素敵ではありませんか」
「本当ですか、パトリシア様」
セアラが象牙色の瞳を輝かせると、未来の王妃は優しく微笑む。
「その時には、私のそばにいてくださいね」
「はい!」
ギルバートに理想の花嫁を探し、幸せを見届けたら……きっと、心は晴れるだろう。
その時にパトリシアのそばにいられるように、その身を守れるように、今日も剣の稽古に励もう。
セアラは拳を握りしめると、決意を新たにした。
ランキング入りに感謝を込めて。
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「竜の番のキノコ姫」同時連載中です。






