何故、呼び方を変えたんだ?
久しぶりの剣の稽古の翌日、盛大な筋肉痛に見舞われたセアラは学園を休んだ。
とはいえ、動かなければ治らないし、筋力もつかない。
ということで、剣の稽古は何とかこなした。
木剣を持っての素振りや走り込み程度とはいえ、筋肉痛の体には結構堪える。
夕食を食べることもできずにそのまま眠るセアラを見た母が、マーウィンを叱り飛ばしていたらしいと聞いたが、結局は稽古を続行した。
ようやく筋肉痛が落ち着いたのは数日後。
その間、動きがぎこちないので学園は休み続けている。
勉強内容は既に予習してあるので問題ないのだが、学園に行かなければ理想の花嫁探しの調査ができない。
筋肉痛との折り合いがようやくついたその日、セアラはようやく学園に登校した。
学園に到着したセアラは、さっそく本来の目的である花嫁候補の調査に勤しむ。
アイリーンは真面目に授業を受け、気さくに周囲の生徒とも話をし、男子生徒にも人気があるようだ。
マージョリーは授業中に退屈そうにしてはいたが、ただ座っているだけでも気品が素晴らしい。
こちらもまた男子生徒に人気がありそうだが、高嶺の花だからか話しかける生徒は少なかった。
「分け隔てなく接するというのは、素晴らしい気質です。でも公爵夫人ともなれば、溢れる気品で圧倒するくらいでもいいし。……やっぱり、甲乙つけがたいですね」
午前の授業を終えて食堂でひとりで検討会を開いていると、突然隣の椅子に人影が現れる。
芥子色の髪に水色の瞳の美少年は、少し不機嫌そうに口を尖らせながらセアラを見ていた。
「……こんにちは。ギルバート様」
「体は大丈夫なのか? しばらく休んでいただろう」
休んでいたのは確かだが、まさかギルバートが把握しているとは思わなかった。
もちろん婚約者としての情報のひとつだろうとは思うが、形だけだとしても心配してもらえたことに心が揺れた。
「ありがとうございます、ギルバート様。大丈夫ですので、心配ありません」
「――それ。何故、呼び方を変えたんだ?」
不機嫌さを隠す様子もなくそう言うと、持参したらしいジュースを口にして、グラスをテーブルに置いた。
「呼び方、ですか?」
「ずっとギル様と呼んでいただろう」
確かに、婚約してすぐの頃に『ギルでいい』と言われてから、ずっとそう呼んでいた。
愛称で呼ぶことを許されていたのは、セアラの他にはデリックや家族くらい。
そっけなくされても、それがひとつの心の拠り所でもあった。
「……いずれ必要になりますので。今のうちから慣れようと思いまして」
今でも気を抜けばすぐに『ギル様』と呼んでしまうが、婚約を解消すればそんな不敬は許されない。
何よりも理想の花嫁に失礼だ。
デリックと話す時にはどうしても昔のままの呼び方になってしまうが、公の場では気を付けるようにしていた。
「不要だ。そのままでいい」
「ですが」
「くどい」
「……すみません。ですが、必要なことです」
セアラは水色の瞳をじっと見つめて、訴える。
こうして澄んだ色の瞳を間近で見る機会も、もうじきなくなる。
そう思うと不思議と口元が綻んだ。
その瞬間、ギルバートの頬にさっと朱が走る。
「――か、勝手にしろ!」
そう言うなり立ち上がったギルバートは、テーブルを離れていく。
ほんの少しの時間だし、どちらかといえば負の感情での交流だろうが、それでも目を見て話をできたのは嬉しい。
「……こちらも、鍛錬が必要ですね」
ギルバートと理想の花嫁が仲睦まじく過ごす姿を見て、心から祝えるように。
今から心を鍛える必要がありそうだった。
「そして、肝心の理想の花嫁ですが……このままでは結論は出ませんね」
二人ともに素晴らしい人材ではあるが、ひとりに絞るのには決め手に欠く。
ここはひとつ、ギルバートとの相性を確認するというのはどうだろう。
仮に多少の問題が生じても、二人の仲が盤石ならば乗り越えていけるはずだ。
「よし。まずは二人きりになってどんな感じなのかを確認しましょう」
事前調査では、アイリーンとは笑みを交わしているし、マージョリーはギルバートに好意があると思われる。
この調子ならば、どちらかはいい雰囲気になってくれるはず。
仮に両方いい感じだとしたら……それはその時に考えよう。
残っていた紅茶を飲み干すと、意気揚々と立ち上がる。
セアラ自身は子爵令嬢でしかないが、一応まだノーマン公爵令息の婚約者という肩書は残っている。
今回はそれを利用させてもらおう。
どうせもうすぐ使えなくなる力だ。
一度くらい私的に使ってもいいだろう。
いや、未来の公爵夫妻のためなのだから、公的なものとも言えるはず。
自分を納得させると、セアラは近くにいた生徒達に声をかけた。
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