鈍った体と騎士の現実
「やっぱり、この二人でしょうか」
エリオット邸の自室の机にかじりついていたセアラは、ようやく出た結論にため息と共にペンを置いた。
数多の女生徒の中で、身分や容姿に財産、学力に人柄など、ありとあらゆる項目を審査。
ようやく二人に絞り込むことができた。
ここまで、転落後に登校してから数日。
授業そっちのけで調査に明け暮れたセアラは、満足のいく内容に思わずほくそ笑む。
「我ながら、素晴らしい人選ですね」
何度もうなずくと、机の上に広げた紙に目を通す。
ギルバートの理想の花嫁候補は、二人だ。
一人目は、アイリーン・アビントン。
朽葉色の瞳に黒髪という、控えめで清楚な色合いの美少女だ。
平民の出というのは痛手ではあるが、学力も女子で四位と優秀。
優しいと人柄も評価されていて、人気もあるという。
そして何より、セアラの階段転落時にギルバートと一緒に笑みを交わしていた相手でもある。
クリアすべき項目は多々あれど、愛情一本で優秀な平民女性が公爵夫人になるというのは、なかなか夢とロマンがあふれている。
二人目は、マージョリー・コックス。
萌黄色の瞳に金髪という、人目を引く華やかな美少女だ。
侯爵令嬢という文句なしの身分と、それに付随する生来の気品は何物にも代え難い。
学力の方は平均的だが、貴族令嬢としての立ち居振る舞いは問題ないだろう。
また豊満な胸部にくびれた腰と、女性らしい体つきはセアラも唸るほど。
更に朗報なのが、何とギルバートの追っかけのようなことをしているらしいのだ。
セアラから愛するギルバートを奪い去るという、熱い恋愛ドラマを展開してくれる可能性のある、期待の星だ。
「どちらも捨てがたいです。ここは、しっかりと調査をして、よりギル様に相応しい方を見定めましょう」
新たなる決意を胸に掲げると、扉をノックする音が聞こえた。
「セアラ。体はもう平気かい?」
赤茶色の瞳に暗紅の髪の青年は、セアラの兄であるマーウィン・エリオットだ。
兄妹とはいえ、マーウィンの髪色は落ち着いていて、セアラの深紅の髪のように鮮やかさで自己主張はしない。
実に羨ましいが、仮にセアラの髪があの色でもギルバートとの関係は変わらなかっただろう。
そう思うと、深紅の髪もどうでもよくなっていた。
「はい、お兄様。もう平気です」
「なら、久しぶりに体を動かさないか? 騎士を目指すのならば、ブランクを取り戻さないとな」
「はい。すぐに行きます」
笑顔でうなずくセアラを見て、マーウィンもまた笑みを返した。
ギルバートに婚約解消を断られて花嫁斡旋宣言をしたセアラは、同時に家族に騎士を目指したい旨を伝えていた。
夜会のパートナーなど最低限の役目はこなしていたとはいえ、学園でのギルバートのセアラへの態度は知られている。
当初、父と兄はギルバートを呼び出して問いただそうとしていたが、それはセアラが止めていた。
自分が至らないからだと家族を説得し、一層の自分磨きに励んでいたわけだが、それももう必要ない。
騎士を目指したいと伝えると、家族は何も言わずにそれを受け入れてくれた。
おそらくギルバートとセアラの様子を知っていて、察してくれたのだろう。
父と兄は意外にも喜んでくれて、こうして稽古に誘ってくれる。
ギルバートの理想の花嫁はもちろん大事だが、セアラの将来がかかっているので稽古も大事だ。
セアラは急いでシャツとズボンに着替えると、剣帯を身に着けて剣を差す。
学園入学までは毎日握っていた剣だが、ここ半年ほどは触れることすらなかったせいで、ずっしりと重く感じる。
剣をふるえなければ、騎士など夢のまた夢だ。
ギルバートの傍らで公爵夫人として支えることはもうかなわないが、今はパトリシアのそばに仕えるという新たな夢がある。
まずは鈍りに鈍った体を叩き直すため、扉を開けると修練場に急いだ。
「……今日はここまでにしておこう。久しぶりの割には、いい動きだった。やはり、長年の稽古が身についているんだな」
荒く息を吐くセアラを見ながら、マーウィンは満足そうにうなずく。
「あ、ありがとう、ございました……」
どうにか礼を言うと、剣を鞘に納めようと持ち上げる。
酷使された腕は筋肉が楽し気に笑っていて、上手く剣先が鞘に入らない。
本来なら久しぶりの稽古は木剣から始めたほうがいいのだろうが、どの程度体が動くのかを知りたくて、あえて本物の剣を使った。
結果は最低ではないにしても、良くはない。
長年毎日稽古をしてきたおかげで感覚はそれほど悪くないのだが、何せ体力と筋力が落ちている。
剣を持つだけなら問題ないが、思った通りにふるうまでには、まだ時間がかかりそうだ。
剣を持つ手が震え、切っ先が指に当たる。
指先にさっと朱が走るのを見て、セアラは一層自分が情けなくなった。
「どうした?」
「いえ。少し切っただけです。問題ありません」
マーウィンは懐から取り出したハンカチで指を押さえると、セアラの頭を撫でた。
「焦らなくても大丈夫。いくらでも稽古に付き合うし……嫌なら、やめてもいい」
「ありがとうございます。……もっと頑張らないといけませんね」
騎士というのは、剣を振れればなれるというものではない。
見習いから初めて、入団試験に合格し、その後も鍛錬を続けなくてはならない。
自分の剣ひとつまともに鞘に納められないような軟弱な人間には、到底務まらないのだ。
「久しぶりだから鈍っているというのも、筋力が落ちたというのもあるだろうが。そもそも、男女の体格差や筋力差は大きいからね」
そうなのだ。
仮にセアラがあの時に稽古をやめなかったとしても、結局はその壁に当たる。
騎士になるというのは、決して簡単なことではない。
わかっていたはずなのに、改めてその現実を突きつけられ、セアラは少し俯いた。
「そんな顔をするな。今度、騎士見習いが鍛錬しに来た時には一緒に稽古するといい。それに、剣だけが騎士でもない」
「見習いですか」
家長が騎士団長、息子が近衛騎士という騎士家系のエリオット家には、今セアラ達がいる修練場がある。
ここに騎士や見習いが稽古をしに来ることは昔からあったが、あの事件以降は様子を見ることもなくなっていた。
「確かに、お兄様以外との手合わせも勉強になりますね。……それで、剣だけではないというのは?」
「相性はあるが、色々試してもいいってことだ。追々説明する。まずは体力と筋力の回復だな」
マーウィンは笑顔でそう言うと、セアラの背中を三度叩く。
これは幼少の頃からの暗黙のルール……修練場を十周走れ、ということ。
ちらりと見上げれば、赤茶色の瞳が楽し気に細められた。
ランキング入りに感謝を込めて、本日2回目の更新です。






