条件指定は、ほどほどでお願いします
「うーん。身分は捨てがたいけれど、学業を疎かにするのは将来の公爵夫人に相応しくないですよね。となると……」
デリック達と別れると、セアラは学園の食堂で紅茶を飲みながら紙の束とにらめっこしていた。
この学園は十六歳から三年間在籍し、その間に専門分野を学んだり、騎士団に入団したり、結婚したりとどんどん人数が減っていく。
一年目であるセアラとギルバートの同級生も、この半年で入学当初に比べて減り始めている。
優秀な平民も在籍するが、ほとんどは貴族の子女であり、交友関係を広げたり出会いを求めるという役割を担っているのだ。
「貴族令嬢は身分・容姿・財力。それらがなければ若さですからね。さっさと結婚できるならしてしまうというのはわかりますが……今回はそれが仇となりますね」
全女生徒の名簿をもらって見ているのだが、めぼしい女性はほとんどが婚約済みだ。
ギルバートは名門ノーマン公爵家の嫡男なので、女性ならば誰でもいいというわけにはいかない。
「最低限の学力は必須ですよね。学力をひけらかすのは論外ですが、馬鹿では公爵夫人は務まりません」
脳裏に試験結果の表を浮かべるが、前回女性の一位はセアラで、二位はパトリシア。
三位と五位は既に婚約者がいるが、四位は確か平民だったはずだ。
「平民……。できれば、ノーマン公爵家に釣り合う家格の方が、色々と都合がいいのですが」
単純に身分違いということもあるが、それ以上に身に着けた教養や貴族としての振舞いなどが問題だ。
いちから立ち居振る舞いを学びだすというのは、途方もない作業だろう。
セアラは子爵という下位ではあるが、一応は貴族令嬢。
しかも六歳でギルバートの婚約者になったので、上位貴族並みの教育は受けていた。
「まあ、愛で乗り越えてもらうというのも、あり……ですかね」
セアラには無理だったが、深い愛情でもってフォローしあえば、何とかならなくもないかもしれない。
「そう。ギル様との相性も大事ですよね」
セアラのように嫌われていては、結婚しても公爵夫人としての社交に影響が出てしまう。
ギルバートには幸せな結婚生活を送ってもらいたいので、条件が良ければいいというものでもない。
「……考えれば考えるほど、難しいですね」
それでも何とか、見込みがありそうな二人を絞った。
あとはこの二人を調査してみよう。
実際の人物を見れば、また違ってくるかもしれない。
紙の束を本に挟んで立ちあがると、視界に芥子色の髪が映る。
まだ遠くにいるというのに、食堂に入ってきたギルバートにすぐに反応するとは、我ながら恐ろしい。
何にしても、ギルバートが気付く前に立ち去ろう。
お茶を飲みにでも来たのだろうから、セアラがいては邪魔になってしまう。
「――セアラ!」
本を抱えたままテーブルから離れようとすると、背後から聞き慣れた声がかけられる。
だが、きっと気のせいだ。
ギルバートはセアラが嫌いなのだから、わざわざ声をかけてくるわけがない。
これはきっと、セアラの長年の想いから生じた幻聴だ。
吹っ切ったはずなのに、なんとしつこいのだろう。
ため息をつくと、そのまま食堂を出て廊下を歩く。
庭に揺れる象牙色の花に目を奪われていると、急に腕をつかまれ引っ張られた。
「――セアラ!」
そこにいたのは、芥子色の髪に水色の瞳の美少年だ。
長年一緒にいたはずなのに、最近はすっかりそっけなくなった大好きな婚約者。
そして、これから探す理想の花嫁の夫となるべき人物だった。
「こんにちは、ギルバート様。何か御用ですか?」
「何って……。もう体は大丈夫なのか? 頭は打っていないようだと聞いていたが」
「さきほど、同じことをお話ししましたよね。打ち身だけで済んでいますので、頭は大丈夫です」
中庭で婚約解消を提案して断られ、理想の花嫁斡旋宣言をしたのはついさっきのことだ。
いったい何の用があってセアラに声をかけているのだろう。
「あ。もしかして、理想の花嫁の条件ですか? 既に結構厳しいので、ほどほどでお願いしたいのですが」
「そうじゃない! 急にあんなことを言い出すなんて、おかしいだろう。やっぱりまだ休んだ方がいいんじゃないか?」
セアラを心配するような声に、胸の奥がじわりと温かくなるのを感じる。
元々、ギルバートは優しい少年だった。
セアラのために花を摘んでくれたり、手をつないで一緒に庭を散歩したり。
学園入学前までは、仲睦まじいと形容しても問題ない程度の親しさがあったと思う。
だが、あの事件以降、ギルバートはセアラに一線を引くようになった。
原因はセアラであり、悪いのもセアラだ。
だから、ギルバートの態度の変化は仕方がない。
そうは思っても、こうして気遣うような言葉をかけられれば、嬉しくなってしまう。
理想の花嫁を探すと共に、セアラの意識と態度もしっかりと改めなければいけない。
「ご心配ありがとうございます。お見舞いの花もありがとうございました」
ギルバートが心配をするのは、セアラが婚約者という立場だからだ。
婚約者が倒れたのだから、見舞いの花を贈るのも当然と言える。
立場に応じた正しい対応をしているだけであって、そこにセアラ個人への感情は必要がない。
あまりにも当然のことに、胸の奥が痛んだ。
「申し訳ありませんが、急ぎますので失礼いたします。条件につきましては、お手数ですが手紙にしていただけると助かります」
「待て。話は終わっていない」
「ここで話す内容ではないと思いますが」
ちらりと周囲に視線を向けるふりをすれば、ギルバートもそれに倣う。
食堂から出てすぐのこの場所は、人目につきやすい。
実際、遠巻きにこちらの様子をうかがっている人影が見えた。
「ということで、失礼しますね。容姿はまだしも、色彩まで指定されると該当者がいなくなりますので、その辺りはお任せください。きっと素敵な方を見つけますからね!」
「――え? あ、おい!」
背後からかけられた声を振り払うように、セアラは淑女にあるまじき速度でその場を走り去った。
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