婚約解消ではなく、婚約破棄ですか
ギルバートとセアラはクラスが別なので、意識して会おうとしない限りは学園で顔を合わせることはない。
前回会ったのは、花嫁候補達と二人きりにして様子を観察した時だ。
「そう言えば、あの時に剣の稽古を再開したとバレたんですよね」
親の意向で婚約した相手が男性を剣で圧倒するような粗暴な女だとわかって、ギルバートはセアラと距離を置いた。
その後は淑やかな令嬢になるべく努力したし、剣にも触れていない。
それでもセアラに対してよそよそしかったのに、剣を再び取ったと知って……恐らくは更に幻滅していることだろう。
ここはギルバートのためにも、意向を確認して速やかな花嫁候補の選定と、セアラとの婚約解消を実行するべきだ。
そっけなくても、嫌がられても、とりあえず話をしなくては。
セアラは拳を握って気合いを入れると、ギルバートの教室に向かった。
「久しぶりだな、セアラ。あの後も学園を休んだだろう? 体は平気か?」
「え? あ、はい」
ギルバートは、声をかけるとあっさりと中庭についてきてくれた。
それどころか、セアラを心配するようなことまで言っている。
今までとの態度の違いに混乱するが、都合がいいのでこのまま話をしてしまおう。
中庭のベンチに腰掛けると、ギルバートも隣に座る。
そんな何でもないことを嬉しいと感じつつ、自身のやるべきことを胸に抱いてギルバートの水色の瞳を見つめた。
「――ギルバート様は、好きな人がいますか?」
「は?」
何ひとつ隠さない直球の質問に、ギルバートの水色の瞳がこれ以上ないほど見開かれる。
嫌いな婚約者に聞かれて、こんなに楽しくない質問もないだろう。
正直に他に好きな人がいる、と言うか。
あるいは、おまえには関係ないと濁すか。
こちらとしても質問したい内容ではないし、答えも聞きたくない。
だが、これもすべてはギルバートの幸せのため。
好意のない相手との婚約は、セアラで終わりにしなければいけないのだ。
ギルバートの意思をしっかりと確認しようと、水色の瞳をじっと見つめる。
すると、みるみるうちに頬に赤みが差していくのがわかった。
「そ、それは、まあ。い、いるには、いる、が!」
「いるのですね。それは、私も知っている方ですか?」
見たことのない狼狽ぶりと、まともに言葉を紡げないほどの噛み具合。
この様子からして、真実を口にしているのだろう。
「も、もちろん。知っている。よく、知っている」
となると、やはりアイリーンかマージョリーのどちらかだろう。
頭がもげそうな勢いで何度もうなずくギルバートを見て、セアラは胸の奥がちくりと痛んだ。
こんな風に頬を染めて、たどたどしい言葉が出るほど、その人のことが好きなのだ。
セアラには決して向けられない、純粋な好意。
危うく涙が浮かびそうになるのをこらえ、拳を固く握りしめた。
「どんなところが好きなのですか?」
「ええ? そ、そうだな。……明るくて、学業も優秀で、優しくて」
なるほど、これはアイリーンだろうか。
「それから、品のある振舞いもできて、ドレスも似合って」
マージョリーっぽい要素も出てきた。
ギルバートは何だか楽しそうに色々言っているが、これでは埒が明かない。
「――それで、結局は誰なのですか。はっきり言ってください」
「ええ?」
セアラがずばり踏み込むとギルバートは驚愕の表情を浮かべるが、やがて何かを決意したようにうなずいた。
「お、俺は……セア――」
「――アイリーンさんとマージョリー様、どちらがお好きなのですか!」
意を決した質問に、ギルバートは目を見開いたまま固まった。
「……は?」
たっぷりと時間をかけてギルバートが口にしたのは、その一言だった。
「ですから、明るくて優秀なアイリーンさんですか? それとも品があり美しいマージョリー様ですか? どちらですか」
「……ど、どちらって」
セアラとしてはさっさと答えを聞きたいのだが、どうにもギルバートの答えはまどろっこしい。
「デリック様に伺いました。愛人を考えてはいないのですよね?」
「それはもちろん」
「ですから、どちらなのか教えてください。及ばずながら、応援いたします」
ギルバートは何かを言いかけて口をつぐむと、深い息を吐いた。
「……セアラ。それは、本気で言っているのか」
「もちろんです。円満な婚約解消を目指しましょう」
婚約の解消自体は、ギルバートが望めばいつでもできるだろう。
だが、それだけでは駄目だ。
セアラは、ギルバートに幸せになってほしいのだから。
「――嫌だ」
それまでと異なる力強い声に見てみれば、ギルバートの水色の瞳には強い意思が滲んで見える。
「婚約は解消しない」
「……え? どうしてですか?」
親の意向で婚約しただけの粗暴な女が嫌で、学園に入った頃からよそよそしかったのはギルバートだ。
諸手を挙げて賛成してくれると思ったのに、何故そんなことを言うのだろう。
混乱するセアラに、ギルバートは眉間の皺を深める。
「どうしてでもだ! 婚約は解消しないからな!」
そう叫ぶと、そのままベンチを立ち上がったギルバートは中庭から出て行ってしまった。
ぽつんと取り残されたセアラは、数回瞬きをすると息を吐く。
「……もしかして、私に応援されるのが嫌……ということでしょうか」
嫌いな婚約者にとやかく言われたくないし、自分の恋は自分でつかむと言いたかったのだろう。
「あるいは婚約解消なんて生易しいことをしないで、一方的に婚約破棄して私を貶めたい……とか」
思いついたそれに、セアラは胸の奥を抉られるような悲しさに襲われる。
「……そんなに、私のことが嫌いなんですね」
だがギルバートがそれを望むのならば、受け入れよう。
どうせセアラに縁談など来ないし、騎士になるのだ。
淑女としての評判など、もうどうなってもいい。
「ギル様が幸せになるためなら。私――立派に婚約破棄されてみせますからね」
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「竜の番のキノコ姫」も、同時連載中です。