事実確認は大事です
ギルバートのためにアイリーンと話してステップアップのお膳立てを、と考えたまでは良かった。
だが本人の姿を目にして、ふと気付いてしまった。
セアラが声をかけたら、せっかくの花嫁候補が怯えてしまうのではないだろうか。
婚約者の公爵令息に嫌われている子爵令嬢と、その公爵令息と親し気に話す平民。
絵に描いたような、愛憎といじめが渦巻く世界が展開されそうだ。
「……あら? それはそれでいいのでは」
セアラがアイリーンをいじめているということになれば、当然ギルバートがアイリーンを庇うだろう。
そのあたりを上手く立ち回れば、婚約解消もスムーズにできそうな気がする。
「ただ、そうなるとマージョリー様をどうしたら……」
「……あの。セアラ・エリオット様、ですよね?」
茂みの陰に隠れていたセアラに、可愛らしい声が届く。
驚いて肩を震わせ振り向くと、黒髪の美少女が茂みを覗き込んでいた。
「こんなところでどうなさったのですか? ……ノーマン様でしたら、ここにはおりませんが」
「あ、ええと。ギルバート様は関係ありません。その……あなたとお話をしたいと思いまして」
慌てて茂みから出ると、スカートについた葉を払い落とす。
こうして至近距離で相対するのは初めてだが、何と可愛らしい少女だろう。
しかもアイリーンは容姿だけではなく、学力にも優れ、人あたりも良い。
我ながら、良い花嫁候補を見つけたものだと感心してしまう。
「お話、ですか。では、あちらのベンチに座りましょうか」
黒髪の美少女に促されて庭のベンチに腰掛けた……ところまでは、想定内だった。
だがしかし。
――何か、おかしい。
「……それから、前回の試験の最終問題。あれを解けたのはエリオット様とノーマン様だけだったと伺っています。本当に素晴らしいです。特に問題文のひっかけが……」
ベンチに腰かけてから、アイリーンはこの調子で楽しそうに話をしている。
ギルバートの婚約者に声をかけられ……いや、かけて。
普通ならばもっと緊張したり、警戒したりするものではないのだろうか。
好きな相手の婚約者と話すなんて……。
そこまで考えて、セアラは基本的なことにようやく気が付いた。
――アイリーンがギルバートをどう思っているのか、確認できていないではないか。
花嫁候補として見ていたので、視点が完全にギルバート側だった。
アイリーンの方にも好意がなければ、身分差を超えたラブロマンスは成立しない。
「あ、あの。アイリーンさんは、ギルバート様と親しいのですよね?」
焦った結果、だいぶ直球な質問を投げてしまった。
これではまるで、ギルバートとの仲を邪推しているみたいだ。
邪推どころか応援しているのだから、勘違いをされて身を引かれては困る。
だがアイリーンはきょとんと目を丸くすると、ゆっくりと首を振った。
「いいえ。確かにお話をすることはありますが、特に親しいわけではありません」
「え? でも」
「何ひとつ、ありません」
あまりにも可愛らしい笑顔でキッパリと言い切られ、セアラもうなずくことしかできない。
――まさか、ギルバートとの仲がここまで進展していないとは。
現状、ただの知人という感じだろうから、これはかなり先の長い戦いになりそうだ。
今日のところは撤退し、仕切り直さなくては。
アイリーンに笑顔を返しながら、セアラは肩を落としつつその場を後にした。
「こうなると、マージョリー様の方も心配になってきました」
事前調査では、ギルバートの追っかけのようなことをしていたはずだが、好意の有無と程度は確認する必要がある。
アイリーンが惨憺たる状況なので、場合によってはマージョリーの独走態勢に入りそうだ。
廊下の陰からマージョリーを覗きながら、セアラは口元に手を当てて考え込む。
「こちらもいまいちだった場合、かなり計画が遅れますね。できるだけ速やかにことを運びたかったのですが……」
「――セアラ・エリオットさん、ですわね?」
真剣に検討しているところに声をかけられ、思わずセアラは飛び上がった。
「は、はい!」
勢い良く返事をするセアラの目の前には、豊満な胸部と眩い金髪の美少女が立っていた。
「何か御用ですの? 先程から、わたくしを見ていますわよね?」
「え、ええと。少し、伺いたいことがありまして」
マージョリーは訝し気に眉を顰めるが、そのまま何も言わずにセアラを見ている。
これは、セアラの発言を待ってくれているのだろう。
正直迫力が怖いが、自ら話しかけてきたり、頭ごなしに切り捨てないあたり、印象と違って優しい人なのかもしれない。
これは、なかなかの加点要素である。
「その。マージョリー様は、ギルバート様と親しいのでしょうか」
どうも上手い質問が浮かばないが、とりあえずは好意が確認できればそれでいい。
いっそ高らかに恋人宣言でもしてくれないかと期待していると、何故かマージョリーの表情が険しくなっていく。
「それは、嫌味ですの? わたくしがギルバート様をお慕いしているのはご存知でしょう? ギルバート様がわたくしなど眼中にないことも! ……不愉快ですわ。失礼いたします」
マージョリーはそう言い放つと、あっという間にセアラの前から立ち去る。
呆然と立ち尽くすセアラは、数回瞬きすると小さく息を漏らした。
「……これはつまり三角関係、というやつでしょうか」
マージョリーはギルバートに好意があるが、ギルバートは眼中にない。
アイリーンはギルバートに特に好意が見られない。
要するに、マージョリーはギルバートが好きで、ギルバートはアイリーンが好きで、アイリーンはギルバートにまだ好意はないということか。
「……これは、厄介です。何にしても、ギル様の意思も一度確認した方が良さそうですね」
アイリーンとマージョリーも事前調査ではわからないことがあったのだから、ギルバートもセアラにはわからない想いを抱えているかもしれない。
このまま推察で動いてもキリがないので、本人と話してみよう。
セアラはそう結論を出すと、ギルバートを探すべく茂みから立ち去った。
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