デート
さて、クラスメート達の目をかいくぐって、どのように俺がデートを申し込んだのかについてここで述べたい。互いに級友達が傍らにいるので、休憩時間に語らうのは厳しかった。従って昨日と同じく掃除の時間を選ぶことになる。幸い同じ班の山岡は教室でダベって遅れていたので、彼女と美術室で2人きりになれたのだ。
「……」
「……」
無言で彼女が箒で掃きだすゴミを、無言で俺が塵取りで受ける。
未来人同士、互いに言いたいことは色々あれど、なんとなく触れずに黙々と掃除を優先してしまっている。だがこの共同作業の瞬間こそ、デートを切り出す絶好期ではないか!山岡が来る前に言ってしまうんだ俺。
「あの早見さん。放課後は空いてる?夕方までなんだけど」
「何、急に?」
唐突な申し出に彼女は戸惑い、箒を動かす手を止めてしまった。その反応に、もう一度タイムリープしそうなほどに緊張する。
「俺たち未来人同士、今度の対応等について協議すべきだと思うんだ。そのついでに、箸休めに、ナウい映画なんて一緒に鑑賞して、レトロな気分に浸ったらチョベリグーじゃないかな」
内心ガクガクなのだが、我ながら完璧に言えた。しかしすぐには返事を貰えず、しばしの沈黙の時間が続く。訝しげな彼女の目に、心の焦りが爆発しそうだ。
『撃沈』か……その言葉が頭に浮かんだ瞬間だった。
「意味が分からない……。チョベリグーって何?」
「そこ!?」
平成7年人である彼女に合わせたはずだったが『チョベリグー』はさらに未来の死語だったという痛恨のミス。
「チョベリグーというのはですね。非常に気分が良いという意味なんだよね……」
「へぇ。聞いたことないな」
お陰で死語の解説をこの場でするという地獄を味わい、昨夜からの入念なシミュレーションはあっさり崩壊。いくら四十路過ぎの経験値があるとは言え、一気に汗が吹き出る。だが後には引けない。こうなればもう用件だけ伝えるのみ!
「えっと……あの。突然なんですが……え……映画をですネ。一緒にみてくれたら……いいような」
「どうしようかな……」
思案中に見せる彼女の悪戯っぽい笑顔ときたら、恐ろしいほど美しい。
「いいよ、映画」
「マジ!?」
うおおお、やったぜ母ちゃん!こいつぁ大学受験に合格した時の10倍は嬉しいぜ。とは言え、事実上のデートの申し込みを彼女が受諾してくれたのは、想定内にして想定外。
心のナイスミドルが彼女に通じたのだろうか……?
「ごめんごめん遅れちまった。もう掃除終わりか?」
山岡が美術室に入ってきたので、俺たちは慌てて顔をそらす。
★★★
先に校門で待っている彼女のために、俺は放課後の教室を飛び出した。山岡達が呼び止めるがもう知らぬ。アディオス友よ、今回は俺が先に行くぜ。
「ハァッハァッ」
走って校門を抜けると、壁に寄りかかって文庫本を読んでいる彼女を発見。その姿に見惚れてしまった俺の傍を秋風が通り過ぎる。
「どうしたの藤田君?息を切らせて」
「あ……いや……。待った?」
実を言うと予定より10分は遅れている。だが彼女は本を閉じ、頭を振った。
「全然。じゃあ行こうか」
よっし、いよいよ夢にまで見た早見さんとのデートのはじまりだ!
しかし浮かれに浮かれていた俺は、山岡らアホ4人組に尾行されていたことに気づいていなかったのだ。
「ハァハァ。全力疾走しやがって藤田め、尾行する側の身にもなれっての」
「しかし、どこいく気なんだろう。万が一、エロい場所に行ったらどうする?」
「そんなことは絶対に許さん!」
「お前ら声がデカイよ。静かに尾行しなさい」
妙な気配を感じた俺は、後ろを振り返る。
「やべ!隠れろ」
大急ぎで山岡は電信柱の後ろに隠れ、有働はポストの裏に隠れ、他の2人は店頭の人形の擬態をして俺の目を欺いた。──恐るべき能力。いや俺が舞い上がっていただけか。
「おかしいな。なんか山岡のアホの声が聞こえた気がするんだが……」
前を向くや、4人はひと塊となり──完全に通行の邪魔となりつつ──執念で尾行を続けていく。
★★★
「鳴川通り」。県内の最大の賑わいスポットであった。
令和時代はシャッター通りと化しており『街』と呼ぶにも憚られる寂れぶりだ。だが31年前の今の賑わいはまさに『メインストリート』の面目躍如といったところである。
──この街にも、こんなに人がいたんだっけ。覚えてねえわ。
土曜の午後という時間帯も相まって人で人で賑わっている。とにかく若人達が多くて感動した。
「うわ、あのビルが残ってる。見て藤田君!」
「本当だ。懐かしいな!あのデパート取り壊しちゃうんだよね」
賑やかな街は歩くだけで発見が一杯だった。未来人ならではの興奮を2人で味わうことができて実に楽しい時間だ。
「藤田君は私より未来から来てるから、もっと懐かしいだろうね」
「うん。今から行く映画館も閉館しちゃうんだよ。それは平成10年なんだけどね」
「え?本当なの!」
時々、彼女の知らない知識を披露しては感心される。それだけで天にも昇る気持ちになっていく。
一方で、街頭の鉢植えに隠れながら、尾行中の山岡は首を捻った。
「なぁなぁ、映画館が無くなるって、藤田のバカは何を言ってるんだ?」
しかし他の3人はそんなことに興味はない。
「ちっくしょー。早見さん可愛いなあー」
「やっぱ街でも別格の可愛さだ。同じクラスメートだということで、何故か俺まで誇らしい気分」
「にしてもなんで俺の隣は男なんだよ。藤田が羨ましいぞ」
だが彼女との楽しいデートに浮かれながらも、俺の胸の中には強烈な不安が残っていた。なにしろ俺のいた世界では彼女は故人なのだから。
この事実を、彼女に今すぐ伝えたい。
というのもタイムリープが一時的なものであることを、さりげなく彼女は昨日仄めかしていたのだ。それが事実であるならば……平成元年から戻った瞬間に彼女は大震災の真っ只中ということになる。もちろん、そんなことぐらい彼女だって気づいているはず。だから明るく振る舞っていても、内心は恐怖で一杯なのではなかろうか。
なのに「俺の時代では君は死んでしまう。戻ったら気をつけて」なんて無神経なことは、なかなか言えるもんじゃない。
「あの……早見さん」
「なに?」
意を決して震災に触れようとしたのだが、ソフトクリーム片手に悪戯っぽく笑っている彼女を見ていると、もうハートを射抜かれて駄目だった。
「もうね。ソフトクリームを食べながら街を歩くなんてね、ほんと久しぶり。家じゃよく食べるんだけどね、あははははは」
「そうみたいね。鼻についているよ藤田君、動かないで」
ハンカチを取り出してクリームを拭きとってくれた彼女に、もう俺はメロメロです。
もちろん尾行中の4人は激しく嫉妬している。
「あ……あの野郎、早見さんの優しさにつけこんで、なんという不埒な真似を!」
「結婚する勢いじゃねえかアレ!鐘の音が聞こえちまったよ」
「そんなことはさせん。俺たちがいる限り」
もういいや。暗い話は後だ。今はただデートにのみ集中しよう。