土曜日の放課後
夕飯の時に「これからは親子で協力して株で稼ごう。絶対儲けるから俺に資金を託してくれ」と親父に提案してみたのだが、あっさりと一蹴されてしまう。未来人の甘言に乗らぬとは、実にしっかり者の父ではないか。
「だから親父ね。これはバブル相場と言って、大納会まではほぼ上がりっぱなしなわけ。今のうちに……」
「いいから寝ろ。ニャー太郎を見て泣いたり、お前おかしいぞ」
「くそー。来年後悔すんぞ親父〜!」
ふてくされて自室に戻るも、やることがない。高校時代の俺の部屋にはブラウン管テレビなど置いていないのだ。じゃあネットでも……となっても携帯スマホが無い時代。そもそも商用インターネットが存在していないし。パソコン通信は存在していたが、我が家に当時の高価なパソコンなどあるわけがない。本棚に目をやるが、漫画は全て読み倒したものばかりだった。
「あー、こんなマンガ持ってたなあ。もう捨てちゃったけど」
ここは机に向かって有意義に勉強でもすべき……と参考書を広げてみる。しかし今更そんなことやる暇あるなら会社の仕事を……などと考えてしまい、やる気にならない。
『ニャア』
部屋にニャー太郎が入ってきたので、退屈がちょっと紛れた。メス猫なのに名前はニャー太郎。今にして思えば何を考えて名前つけたんだろうか、親父達は。
「俺のいた時代じゃ、お前も、早見さんも死んじゃってるからな……」
自然、考えるのは彼女のことばかり。早見さんも今頃、退屈してるのだろうか。
★★★
一夜が明け、目が覚める。急いでポストに入っていた新聞を広げるも、やはり日付欄には『平成元年』の文字が刻まれている。目が覚めたら現代に戻っているという展開を期待していたのに!やはりこの時代でしばらく生きていく必要があるようだ。
「アンタ、高校生の分際で株で稼ぐとか、タイムリープとか馬鹿なこと言ってないで、ちゃんと学校に行きなさいよ」
「へーい」
朝食時のお袋の小言を適当に流して、玄関を出る。
「いってきまーす」
今日から本格的に二度目の高校生活がはじまることになるのだ。面倒ではあるが授業を受けねばならない。と言ってもいつまで続くか分からないのだが。
──あー。四十路超えてるのに学校なんて行きたくないわ。もう2度目だっての。
教室に入り、早見さんの姿を目にすると一気に憂鬱な気分が吹っ飛ぶ。これだけで学校に来た甲斐があったというものだ。しかし彼女は隣の席の女子と楽しそうに雑談しており、声をかけるのも憚られるキッラキラのオーラを放っていた。昨日のようにはいきそうもない。しかし俺が近くを通ると、彼女は眩い笑顔で見上げて……
「おはよう、藤田君」
と挨拶。それだけで校庭に飛び出しグラウンド10周しそうになるほど舞い上がる俺。だがそんな気持ちを必死に押し殺しながら、四十路過ぎの大人の余裕……ではなく固い笑顔で挨拶を返す。
「おはよう」
本当はすぐにでも昨日の話の続きをしたかったのだが、突然の親密に会話はじめたら周囲に怪しまれるだろう。そんな俺の気持ちを察した早見さんは、さりげなく俺にウインクする。
──話は後で。
俺も頷く。まあ休憩時間は3回あるし掃除の時間もあるし……映画に誘うタイミングならば、なんとかなるはず。別に映画に誘う必要はないのだが、今度の対応への協議も兼ねつつ、未来人同士の親睦も深めたい。飛躍し過ぎな気もするが、今の俺は16歳の自分より遥かに余裕がないのである。
斜め後ろの席の工藤が、怪訝な顔で俺を伺っている。
「お前、早見さんと何かあったのか。怪しすぎるぞ」
「え?何も。全然。微塵も」
「昨日だって早見さんと一緒に帰ってるし。モテモテだねぇ」
と揶揄しつつも、羨ましそうな顔で見てくる令和横領犯の工藤。しかし未来でちゃんと結婚してるコイツから嫉妬される覚えなど1ミリもないのだ。
「出会い系で知り合った彼女と結婚する工藤さんには言われたかぁない」
「ま……また妙なこと言い始めたぞ藤田」
工藤をケムに巻いたところで、懐かしのホームルームが始まった……。
★★★
今日は土曜日なので授業は半日だけだ。このワクワクする感覚は本当に久しぶりである。
「やっと4限が終わったー。苦行だった」
「今日は暇か藤田?皆で駅前のボーリング場に行くんだけど。お前も来ないか」
放課後に山岡達にボーリングに誘われたが断った。理由はもちろん……クラスのマドンナ早見さんとの逢瀬である。
「嘘だろ!また早見さんと帰るってのか。しかも映画だって?」
「この軟派男め。男同士の友情より女を選ぶのか。羨ましい」
「次から藤田は誘わない(涙)羨ましすぎる!」
さんざん仲間達から文句を言われてしまったが、要するにコイツらも早見さんが好きなだけ。だいたいコイツら4人だって、俺を差し置いて未来では家庭を築いてやがるし!(半分は後に離婚しちゃってるけども)とにかく今は野郎同士の友情や、恋愛抜け駆け禁止協定など、そんなことに構ってる場合ではない。
「うるさい!これは未来から来た俺に課せられた義務なんだ。遊びじゃないんだ!」
「お前、まだそれ言ってるのか。泣きながら力説するほどのことか」
皆が呆れている。だが脳天気なお前たちとは比較にならない宿業を背負っているのだ。俺が行かねば、誰が早見さんを悲しみから救うのだ。
「アディオス!また今度な」
颯爽と教室を去る俺を尻目に、山岡は肩をすくめる。
「こりゃ下手にからかわない方がいいな。アイツ本気だ」
「くそー。早見さん、なんでアイツを選んだんだー」
「これは後でデート内容をじっくりと聞かせてもらうしかないな!」
有働という男が悪魔の言葉を呟いた。
「尾行してみる?ボーリングより面白いぜ」
その言葉に他の3人も興味津々となった。
「尾行ってお前……そんなことは大賛成だ」
「そだな。藤田が不純な異性間交友に打って出んとも限らないし」
「やっぱり早見さんみたいな良い子は皆で守らないと」
こうして山岡を含むアホの4人組は、俺と早見さんのデートを陰から追跡することになるのであった。