在りし日のニャー太郎、そして早見さん。
電車で帰る早見さんとは駅前で別れて、俺はバスで帰路についた。我が家に到着してみると、築5年という家の新しさに感激する。31年前はこんなに綺麗だったんだな。すっかり忘れていた。
「ただいまー」
玄関の戸を開くと、上がり框の上で寝そべっていた三毛猫のニャー太郎を発見して仰天した。
「ニャー太郎!お前、生きてるんか!」
『ニャア』
「そうだよな。高校時代だもんな!」
懐かしさのあまりに愛猫を抱き上げてやるも、寝起きのニャー太郎は爪を立てて俺の腕から逃げてしまう。
「うううっ……。ニャー太郎のモフモフ感!嬉しすぎる」
若きお袋が玄関を覗き込み、怪訝な顔で俺を見ていた。
「ど……どうしたの!?なんで泣いてるのアンタ」
「だって、だってニャー太郎が生きてんだよ。愛おしすぎるじゃないか」
「昨日も生きてたでしょう。いつ死んだのよ」
いつ死んだかと問われれば、今から5年後に13歳となったニャー太郎は永眠してしまうと答えよう。だが平成元年へのタイムリープのお陰で、俺は生きているニャー太郎と再会できているのだ。飼い猫の感触に涙が止まらない。
「変な子だねえ。学校で何かあったのかしら」
「タイム……いや、なんでもない」
タイムリープのことを説明すべきかもしれないが、「中身は四十路過ぎのオッサン」という事実を、頑固なお袋に納得してもらえる可能性は0%だと個人的に思っている。そこで怪しむお袋を適当に誤魔化し、自室に戻ることにした。
「今日は疲れたな」
学生服のまま部屋のベッドに倒れ込んで、今後のことについて考える。
──もっかい高校に通わなきゃ駄目なのかな俺?だいたい卒業はしてるし。もう行かなくてもいいんじゃないか。
バカ正直に高校に行く必要を感じられない。義務教育じゃないのだし。かと言って「通う必要はない」と両親を説得するのも大変だと思われる。でも金を稼ぐだけなら、今の俺でも可能なはず。
日経平均株価は年末までは上昇を続けて、来年から下落をはじめる。未来から来た俺は、この情報を知ってるんだから、うまくやれば当面の金は調達できるのでは……。
──でも過去に戻っていられる時間は少ないってあの子、言ってたな。
とりあえず明日は学校に行く。土曜日なので授業は午前中で終わりだし、何よりも早見さんに会わないといけない。そして放課後に早見さんを映画に誘うんだ……。少しでも一緒にいたいから。
にしても彼女があんなことを言うなんて本当に驚いた。
★★★
30年の時を超え、初恋の相手と楽しく下校中……のはずだった。だが笑っていた彼女は、急に真剣な表情に変わる。そして謎めいた発言をキッカケにして、状況は急展開する。
「私もね。さっきまで別の場所にいたの。平成7年の神戸に」
予想外の告白を受けて俺は唖然。ただただ唖然。突然、平成にタイムリープしてしまっただけでも驚きなのに、彼女の口から出た想像もしなかった言葉に、もう脳がハングアップ。
「どゆこと!?」
「だから私も貴方と同じってことなの。そのタイムリープっていう体験をしているんだ」
ようするに彼女も俺と同じく未来から記憶を受け取っているのだという。早見さんは自分の身に起きたことを詳しく語ってくれた。
「時刻は……平成7年の1月17日の朝。私はそこから高校時代に戻っているはず……」
「今から約5年後か……。ちょっと待った!」
ただの日時ではないことは、すぐに気づいた。
──その日って確か!?
それは阪神淡路大震災が起こった日である。だが驚いたことに彼女は大災害の名称を知らなかった。
「そうなんだ。後から阪神淡路大震災って呼ばれるようになるんだ」
「間違いない。その日なんだ」
「うん。確かに地震だった気がする」
21歳の大学生だった早見さんは、数時間前まで震災発生直後の神戸にいたという。どうりで大人びて見えたはずだ。
「でも地震が起きたっていうのもよく分かってないの私。寝ていたら衝撃に驚いて目が覚めて……気づいたら藤田君と同じくあの教室にいたから」
「あっ……」
「どうしたの?藤田君」
彼女と話すにつれ、タイムリープの副作用で一時的に失われていた俺の中の忌まわしい記憶が復元されていく。
──そ……そうだった。早見さんは大震災で死んでいたんだ!
目の前の彼女は、瀬川先生やニャー太郎と同じく、現代にはいない「死者」だった。この事実を思い出した途端、早見さんが別世界の人間のように感じられてしまった。