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幸せ初恋放課後タイム

 俺がタイムリープした先の日付は平成元年10月20日(金曜日)だった。これはバブル経済が破裂する直前の、日本が狂騒状態だった時代である。しかし今から2ヶ月もすれば株価は大暴落し、10年以上続く平成不況へと日本経済は墜落していくことになる。


 だがこの場にいたヤングマンな同級生たちは誰もその運命を知らない。


「部活の顧問がすっごい厳しいんだよ〜」

「テスト勉強してないよ」

「今度のドラマ見てる?」


 いつの時代でも変わらぬ雑談を交わしながら「未来の日本は夢いっぱい」であると根拠なく思っている者が多数を占めているだろう。平成不況どころか、阪神淡路大震災もサブプライムバブルの崩壊も東日本大震災もコロナ禍も、まだ起こってはいない時代なのだから当然なのだが。


 何故に俺はこの時代にタイムリープしてしまったのか?神が日本を救えと言っておられるのだろうか。それ俺には荷が重すぎるのですが。


 ……ということを美術室を掃除しながら、若き日の山岡に説明しているのにまるで理解しようとしない。


「未来から来た?しかも俺がM字禿になってる?嘘を言うな」

「じゃあ証拠を見せてやる。よく聞くがいい」


 疑う山岡の前で、この時代にはまだ存在していないニルヴァーナの名曲を歌ってやった。我ながら、いい歌声で熱唱できたと思う。しかし壮絶に音程を外しまくったので、未来の大人気ナンバーであるということが微塵も伝わらないという悲劇。


「それが未来の歌か……ひでぇ歌だな。本当に相手してられん」


 このバカ、名曲を侮辱しやがった。なんという洋楽センスのなさだ。


「じゃあ今度はJ-POPにしてやるから!B'Zが来年に出す曲を歌ってやるよ。驚くなよ」

「まーた変なこと言い出したぞ。なんだジェーポップて……」


 なんということだろう。J-POPという単語がそもそも無い時代だった。話の伝わらなさに肩を落としていると、同じ掃除の班の女子が困った顔で近づいてきた。


「未来人の藤田君。椅子を上げるの手伝って欲しいんですが」

「え……?あ、はい」


 飲み込みの悪い山岡の相手をしている間、彼女は一人で美術室の掃除をしていたのである。


「ごめん早見さん!藤田がいきなり変な歌を歌うから……」


 山岡は慌てて箒で床を掃き始める。サボり男の汚名を挽回するために、俺も必死に机の上に椅子を乗せていく。きっと彼女は俺たちに怒ってるに違いない。


──ああ初恋の人よ。妙な誤解をしないでおくれ。全部、山岡が悪いんです。


 彼女の名は早見亜紀子はやみあきこという。高校時代における俺の憧れの人だ。だが本人を目の前にすれば、今だに憧れの人であることを思い知らされる。ちょっと毒づく彼女が最高にクールだね。


 麗しい瞳。凛々しく柔和な顔立ち。揺れるポニーテール。伸びやかで美しい声。

 

 中身は四十路を通り越したオッサンだというのに、未だに彼女にドキマギしてしまうのはどうしてだろう。こんなんだから接点など何もないままに高校生活は終わるんだけど。


──そう言えば、令和の早見さんってどうしてるんだっけ。


 不思議なことに早見さんに関しては、未来の情報を俺は何も持っていなかった。何か重大事件があったような気がするのだが……タイムリープのせいで記憶が飛んでしまっているらしい。結婚したんだっけな。まあしてるんだろうな。今じゃ姓は違ってて、もう子供も大きくなってて……。


 うう……やめよう、考えるだけで辛くなってきた。


 不意に椅子を抱えた早見さんが俺の傍に来る。そして山岡に聞こえないよう小声で尋ねてきた。


「来年に出すB'Zの曲って何?」


 俺を小バカにした質問とも受け取れるが……それにしては態度が妙である。


 だいたい彼女が既にB'Zに興味を抱いていたのは意外なことだった。なにしろB'Zがブレイクするのは明日(10月21日)に発売するミニ・アルバムからであり、おそらく今日の段階では知る人ぞ知るユニッ卜のはず。


「早見さん、B'Zを知ってんの?」

「うん」


 笑顔で頷く彼女が眩しすぎる。これはもう教えてあげるしかないよね、未来の情報を。


「えっとね。太陽の……」


★★★ 

 

 人生をやり直せるのであれば、叶えたかった願いの1つ。それはクールな早見さんと恋仲になることだった。今日、その願いが叶うかもしれない。信じられないことに、今は早見さんと一緒に下校しているのだから。


「あはは。ホント藤田君がそんな冗談を言う人だとは思ってなかったよ。未来から来ただなんて!」

「いや、冗談じゃないんですけど」


 ああ幸せの絶頂。ただただ夢を見ているようだ。高校時代は遂に「単なる同じ掃除の班の男(A)」で終わってしまったこの俺に、こんなチャンスが訪れるなんて。


 しかし……間近で見ると本当に美しい。クラスの男子達は何も言わないけど、内心じゃあ彼女が気になって仕方ないんだろうな。俺に至ってはロクに顔も見れないで勝手に惚れてたぐらいだから。


 リアル16歳であったならば同性の目を意識して、女子との下校などしなかったであろう俺。しかし中身が四十路過ぎのオッサンであるからには、くだらない束縛など引きちぎってくれる。平成元年の日本で、ただただ若き日のロマンスを追いかけます。


「声優さんはかなり変わったんだサザエさん。でもまだやってるんだよ」

「2020年でも放送されてるって言われても……。その話だけ妙に本当っぽいのね」


 真偽を見極めようと、顎に人差し指を当てて俺を見る早見さん。その悪戯な目つきに年甲斐もなく痺れるね。

 

「ね!ね!信じてくれるでしょ早見さん」


 彼女は笑いを押し殺しているが、堪えきれないみたいだ。完全にすれ違ってる会話だけれども、お近づきになれるのならもう、こんな会話でいいと思う。


「よし、信じてもらえないなら、今のうちに俺が断言しておく。明日からの日本シリーズは……巨人が3連敗の後で近鉄に4連勝するから。そしたら信じるよね?」

「本当に外さない?」

「いや……駄目だ。バタフライエフェクトで勝敗は変わっちゃうか」

「なによその言い訳。やだもうっ、あははははっ」


 彼女の目には冗談ばっかなアメリカのコメディ俳優のように俺は映っている様子だ。これでいいのか俺?徐々に不安になってきた。


 これ以上、誤解が加速する前に……好きだという気持ちを告白すべきだろうか。いやそれこそ完全に頭がおかしい奴だ。そもそも年齢差的にいいのだろうか。実は40超えのオッサンだし。


 だが彼女は俺が思っている以上に奥深い女性だった。未来人という圧倒的なアドバンテージを有して油断していた俺が愕然とするほどに。


「でもね。私は、藤田君が本当のことを言ってるって分かってるよ」

「え?」


 不意に早見さんは足を止める。そして上目遣いで俺の顔をじっと見つめる。


「私もね。さっきまで別の場所にいたの。平成7年の神戸に」

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