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タイムリープ

 仕事を終えて、路線バスで家族の待つ家に帰る……と言っても俺は嫁も子供もいない独身男。でも家には敬愛する両親はいるから、何も問題ないのさ。それにしてもバスの揺れというものは心地よいもの。このままでは座席で寝てしまい、降りるべき停留所を乗り過ごしてしまうだろう。だが疲れきった体を襲う睡魔には勝てない。これが40代か……。


 先月、高校の同級生達に会ったけど皆老けてたなぁ……。特に山岡の頭髪の後退具合が際立っていた。つっても俺だってM字禿の進行具合がヤバイんだけど。とは言えもう亡くなっている女子もいるわけだし、生きてるだけまだマシか。


 ……などと考えているうちに夢の中へ。


★★★


「藤田。おい藤田!起きろよ」


 男の声で俺は目を覚ます。気持ちよく寝ていた俺を起こした不届き者は、センター分けをした爽やかな青年だった。学ランを着ているので学生らしいが、何故に学生が俺を起こしたのか理解できない。不可解なことに俺の名字まで知っている様子だ。


「どうしたんだよ藤田。いきなり寝ちゃって〜」

「お前……山岡!?」


 目をこすって周りを見渡すと、何故か自分は教室のような場所にいる。しかも学ランを着て、懐かしき学校机に座っているときたものだ。これは一体どういうことだろう。路線バスはどこへ消えたのか。


「昨日、ひょーきん族見た?」

「PCエンジンがさぁ」


 背後から学生たちの会話が聞こえてくるが、心なしか話題が古過ぎる。だが重要なことは、この場にいる誰もが高校時代の同級生に瓜二つだということ。これはもしや同窓会だろうか?


 最初に馴れ馴れしく語りかけてきた若者も、山岡という同級生に激似だ。だがこの若人が山岡本人であるはずはない。何故なら山岡は、俺と同じくM字禿が高度に進行した四十路過ぎのサラリーマンだからだ。


──この髪型は絶対に違う。だが……顔はどうみても山岡本人だ。まさかコイツ、禁断の手段を!


 今やセンター分けなど、我々には許されない高貴な遊び。しかし多大なる犠牲を払いさえすれば懐かしき感覚も取り戻せる。要するに人工物の装着である。


「お前どうしたんだよその頭。変なカツラまでつけて……これドッキリだろ?」

「なに!?」


 山岡の前髪を軽く引っ張る。


「いててて!なにすんだお前は」

「あれ!?」


 蛮行に驚いた山岡は首を傾げてムッとしている。だが俺はもっと驚いている。今のは紛れもなく『本物』の感触。そんなバカなと、思わず自分の頭を抱えると衝撃の事実が判明した。


 俺の髪の生え際がめっちゃ前進している。ってことは俺は山岡同様に若返っているのだ。となるとこれは同窓会なんかじゃない!


──まさかのタイムリープか!?


 そう。つまりここは令和日本じゃなくて過去の世界。意識だけが時空を超えて若き日の肉体に飛んだのだ。


 そう確信した時、ショックで体がプルプルと震えはじめた。


「おい皆。なんか藤田がおかしいんだよ〜」


 山岡の一声で、高校時代の同級生達が俺の周りにワラワラと集合。ガキンチョ達の顔はどいつもこいつも高1の時の同級生である。そもそも高1の同窓会っておかしいもんな。普通は高3だし。


「はは。年中無休でおかしいもんね。藤田はさぁ」


 皆に同意を求めようとしている憎たらしい同級生を見て思い出した。確か名前は……。


「工藤……?お前、工藤か」

「まだ寝ぼけてるぜ藤田のやつ」


 この前髪長めのインチキフェイス男。去年、客の金を横領して逮捕された工藤だ。確か懲役○年で今は収監中のはずなのだが……。


「お前なにしてんだよ工藤!」


 両肩を掴んで怒る俺に、唖然となっている。


「何が?」

「立派な銀行に就職して、客の金を横領って。マジで最悪だぞお前」

「おいっ藤田!勝手なこと言うな」

「いいから反省しろ。何も言わず反省しろ!そして社会にも、未来人の俺にも謝れ」


 時系列を無視した支離滅裂な発言をしているのであるが、分かっていてもタイムリープ直後はこんなもんです。なかなか冷静に発言できないものだ。


「藤田君どうしたのかしら」

「さっきから変なこと言ってるわよね」


 怪訝な表情で見つめる30年前のお坊っちゃんお嬢ちゃんなクラスメイト達。しかしこれも令和の工藤のため。今のうちに矯正させねば、この時空でも同じ過ちを犯すであろう……。ってもう手遅れな気がするが。


「おいおい喧嘩すんなー。もう授業だぞ」


 山岡が仲裁に入った途端、教室にチャイムが鳴り、皆が着席をはじる。


──おお授業って。マジで高校生活かよ!?


 四十路を過ぎた社会人だというのになんだかワクワクしてしまう。別に勉強したいわけではないのだが時空移動の事実に興奮せざるを得ない。


「はい。5時間目の授業を始めますよ」


 ドアを開けて教室に入ってきたのは、かつての担任教師、瀬川先生だった。


「嘘……」


 いや、ありえない。こんなことは山岡のセンター分け以上にありえない。だって先月にこの人の葬儀をやったばかりである。この人は今や骨壷の中だ……。


「せ……瀬川先生?本物?」

「どした藤田。そんな質問があるか」

「だって。お亡くなりになったんですよ……」


 教室がどっと笑いの渦に包まれる。


「あははは!何言ってんだ、藤田の奴」

「やだー。ちょっと藤田君、おもしろい」


 やはりマジだ。本格的に俺は平成にいるのだ。興奮で鼻血が出てくる。


「ど……どうしたんだ藤田君!保健室にでも行くか?」

「行かせてください!ひゃっほー!」


 廊下を走って保健室を通り過ぎ、上履きのまま学校を出た。走っている車はどれも古いセダン型。うん!こりゃ現代じゃないぜ。


 鼻血が出まくってるけど平成の空気に俺は猛烈に感動している。令和に戻れるのか?なんて一切考えずにね。



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