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moon

 『野生のアイリス』(ルイーズ・グリュック著、野中美峰訳)という詩集が素晴らしかった。庭、植物、そして神。それらのモチーフから、絶望からの快癒を感じさせるような、淡く、それでいて強靭な光が言葉で描かれる。余白に風が息づくような、大切に読み込もうと思える詩集だった。

 なかでも冒頭の表題作、「野生のアイリス」はとても印象的な詩だ。それはこんな一節から始まる。


 苦しみの果てに

 扉があった。


 At the end of my suffering

 there was a door.


 この一節を読んで、最初に思い浮かんだのが『moon』というゲームだった。なぜならこのゲームには、とても印象深い「扉」が現れるから。

 『moon』はジャンル分けしにくいゲームだ。アンチRPG、などともよくいわれる。暗い部屋で、勇者が竜を退治するRPGゲームを夢中になって遊んでいた少年が、ゲームの世界に吸い込まれてしまう。目覚めた少年は、身体が幽霊のように透けていた。そして、行く先々には勇者に殺されたモンスターの死体。勇者は、無害なモンスターを殺してまわる厄介な存在として、住人たちから疎まれている。どうも、ゲームの外から見ていた時とは、世界の様相や認識がずれているようだ。透明な姿の少年は、ゲームの世界をさまよい、殺されたモンスターを蘇生させながら、奇妙だが愛すべき住人たちと交流を重ねていく。夢に現れる女神から、ラブを集めなさいと命じられるままに……。

 『moon』の登場人物たちは、みんなどこか変だ。素っ頓狂だったり、奇抜だったり。序盤で出会う、主人公を導く案内人のような立ち位置のキャラクターは、関西弁を喋る鳥だったりする。盲目のおばあちゃん、王様、ホームレス、兵士、パン屋の主人、花屋の娘、釣り人、幽霊、ロボット、博士、などなど、などなど……。みんなそれぞれ一癖あるし、なかにはとんでもない秘密を抱えている人物もいる。このゲームには、時間が流れている。朝、昼、夜、それに曜日。登場人物のそれぞれに生活パターンがあり、時間帯によっては違った一面を見ることができる。気難しく人嫌いで頑固に見えた人物が、深夜に訪れると、「愛とはなんだろう」と孤独なつぶやきを漏らしたり、真面目に黙々と仕事をこなしているだけに見えた人物が、ひとりでこっそり狂おしく踊っていたり。そして、プレイヤーはいつのまにか、この世界の人物たちが好きになっている。たまらなく愛おしい存在だと感じるようになっている。少なくとも、自分はそうだった。

 ひとりの登場人物が、こんなことを言う。「人の心が少しわかったよ」。そこに現れた別の人物が、こんなことを言う。「堅く心を閉ざしていたお前も、人の心を理解したんだな」。そのやり取りが、とても好きだった。なんとなくだが、このゲームには、箱庭療法みたいな雰囲気を感じたりもする。自分が、とても憂鬱な落ち込んでいる時期に、このゲームを遊んだからかもしれないが、閉ざしたこころに語りかけてくれるような、透明な優しさを感じた。その世界を思い出すだけで、少しだけ、生きる気力を取り戻せるような。このゲームの主人公も、たぶんこころを閉ざしていたのだろう。モニターが光を放っている暗い部屋で、ゲームをひたすら遊んでいる少年の姿は、孤独な心象風景のようでもある。

 「扉を開けてくれ」。「扉を開けるんだ」。劇中で何度も、主人公はそう言われる。そして、ゲームの終盤、ついに扉は現れる。そのときに提示される選択肢は、究極の二択だ。ゲーム史に残る選択肢と言っていいかもしれない。言わなくてもいいけど。たぶん、死ぬまで忘れないと思う。


 苦しみの果てに

 扉があった。


 ゲームは楽しいものだし、遊ぶことは苦しみではない。それでも、『moon』の最後に現れる扉と、「野生のアイリス」に現れる扉は、同じもののように思えた。その扉を開いても、また苦しみが待っているだけかもしれない。でも、扉はこうして存在するし、扉を前にした自分は、選択することができる。それだけで、それはなんらかの救いではないかと思える。なにを言っているのか全然伝わらないかもしれないけど、自分はゲームと詩がとても好きだという、ただそれだけの話だったりする。

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