プロローグ
ティフォンは校長室の窓から、今日も満足気に自分の箱庭を眺めていた。
嘗て神々の盟主を倒し、魔王たちを退けて、勝ち取った人間界を……。
「おい、ファフニール! 聞えているか? 最近の様子はどうだ? お前を倒して財宝を奪おうと……人間の勇者は現れたか? 現れないよな……お前は現れもしない人間の勇者を、何千年待っているんだ。わはははははははははははははははは」
ティフォンは時折暇を感じては、同胞の中で暇をしているだろうファフニールに声を掛け、退屈凌ぎをしていた。
いつも返事が返ってくることはなく、一方通行の会話であったが。
「ティフォン、貴様、今、何と言った……勇者が現れないとは、どういうことだ?」
ファフニールは、ヨーロッパのアルプス山脈の洞窟を住処にしている。
人間の若き勇者が、自分を倒し財宝を奪いに現れるのを、ひたすら待ち続ける日々を過ごしていたのだ。
いつか、必ず人間の若き勇者が挑んで来ると信じて……。
だが、ティフォンが言う様に、一度も人間の勇者は現れなかった。
初めの数百年は、人間たちが力を蓄えているのだろうと思い、警戒していたが。
最近は本当に現れるのだろうかと、内心自分でも疑いを持つ様になっていたのだ。
「ファフニール、お前は人間を警戒するあまり、住処にした洞窟が深過ぎたのだ……。お前が人間の勇者を数千年待っている間に、人間たちはすっかり変わってしまったぞ。人間の若者は、最早お前の財宝には興味を示さなくなり、別のモノに夢中のようだ」
「な、何だと……俺の宝以外に……もしや貴様は、俺を騙して宝を奪うつもりでは……思い上がるなよ! 貴様でなく、俺でも神を倒すことは出来たのだ! 俺は宝を守るために、動けなかっただけなのだからな!」
「いや、落ち着け、ファフニール……私はお前の宝に興味はない。私の興味のあるものは知っているだろう。それより人間の若者が、お前の宝以上に興味を持っているモノが気にならないか?」
ティフォンの言葉を聞き、ファフニールは自分の宝の山を見つめる……。
「良いだろう。ティフォン、お前の言葉に耳を貸してやろう。だが、勘違いするなよ! 俺は、お前の言葉を信じた訳ではないからな! ……それは何処にあるのだ……」
「うむ、まずは私の創った学校に来い! お前のことだから、直接その目で見ないことには信じないであろう。幸い、私の作った学校は、若者たちが集まる場だ。お前はそこで人間のことを知ると良いだろう」
「俺が、人間の若者たちの集まる場にか……」
ティフォンは、ファフニールが簡単に自分の言葉を信じるとは思っていなかった。
半分冗談のつもりで口にしたのだ。
だが、ファフニールはティフォンが知らないだけで、実は好奇心が旺盛な性格だったのである。
「最近、小者だが悪魔たちの動きが目立つ様になっている。どうも、ヤツらも何か企んでいるらしい……」
「なに? 俺の宝を狙っているのではないだろうな?」
「ヤツらは人間を利用して何か企てているのだ。お前の洞窟には人間は寄りつかないだろう。それに、お前が封印すれば誰も近寄れないし、万一封印が破られたら気づくだろう」
「良いだろう。ティフォン、お前の言葉に耳を貸してやろう。だが、勘違いするなよ! 俺は、お前の言葉を信じた訳ではないからな! ……それは何処にあるのだ……」
ファフニールは自分の宝が気になるが、意を決してティフォンに答えた。
しかし、ティフォンは奥歯を噛み締め、拳を握り締める。
「何度、同じ事を言わせるつもりだ! お前はさっさと人間の姿になって、私の所に来い!」
ティフォンは怒りで顔だけドラゴンの姿に戻り掛け、大声で怒鳴った。
春休み最後の日の学校であったが、部活や入学式の準備で校内には職員だけでなく生徒も多くいる。
そんな学校を中心に地響きが起き、校長室の窓ガラスが吹っ飛んだ。
周囲の人は地震が起こったのかと思ったが、それ程気に留めなかった――。