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8. 不死者が望む死を

 

 とある名匠が鍛えた剣を巡って王侯貴族が血で血を洗う争いが起きた。切れ味も鋭く、見目も美しいその剣を、多くの者が欲しがった。

 手に入れられなかった者たちはこぞって鍛冶師に新たに剣を鍛えるように命じた。

 乞われるままに打ったが、仕事に集中する間、家庭を顧みなかった。幼い息子は父親と接することはないうちに年を重ねた。


 そんな折、鍛冶師の妻が亡くなった。

 病死だったが、心無い貴族が自分の剣を先に打たないことに腹を立てた貴族の仕業ではないかと言った。

 仕業とはなんだ、病死ではないのか、毒でも盛ったのか、そう言いつけて来た貴族こそが怪しいのではないか、などといった考えがつらつらと浮かび、鍛冶師はほとほと疲れ果てた。

 何より、妻を失い、幼い子を育てなければならないと流石に思ったのだ。

 慣れない育児に打ちのめされた。見知らぬ男にあやされても泣き止むことがない息子はしきりに母親を求めた。


 面白くないのは次の順番を待つ貴族だった。

 乳母を雇ってやるから打てと言っても、良い機会だから息子とちゃんと向き合いたい、家族の絆を取り戻したいと鍛冶師は断った。一旦受けたものを反故にするとは、と莫大な違約金を要求したが、そこは名匠、報酬も一流で、それまで剣を売った金銭でもって言い値を払った。

 もはや、剣が手に入らないことよりも、自分の言うことを聞かぬことに腹を立てた貴族は使用人に命じて鍛冶師の子供の命を奪うように命じた。

 その子がいるからこそ、剣を打たない、自分の言うことを聞かないのだと思った。


 そして、子供は鍛冶師の家の近くの池に浮いた。

 亡骸を前に号泣する鍛冶師に、貴族は言う。

 さあ、これで断る理由はないだろう。剣を打て、と。

 粘着質の笑い顔を見て、鍛冶師は何が起こったのか悟った。

 けれど、鍛冶師は鍛冶場に向かった。

 これで自分の思い通りだと貴族はにんまりした。


 三日三晩、鍛冶師は一時も休まずに剣を打った。

 目は血走り、唇は渇いてひび割れ、濃い隈を作り、頬はこけ、髪は色が抜け落ちる。

 まさしく、入魂、生命を注ぎ込んで剣を作った。

 弟子たちは声を掛けられず、ただ、憑かれたように規則正しく鉄を打つ鍛冶師の補佐を順々に務めた。物言わぬ師匠ではあったが、その工程は分かっていた。

 一時、鍛冶師は一人だけで鍛冶場に籠ることがあった。弟子は流石に交代で休み、その狭間にぽっかり空いた時間だった。


 出来上がった剣は鍛冶師の最高傑作ともいえる代物だった。

 師匠の心情を慮り、控えめに賞賛する弟子の一人に貴族に完成した旨と、引き取りには必ず貴族本人が来るようにと言付けた。

 それが最後の剣を打ち始めてからの第一声であったとは後に弟子の一人が回顧して判明したことだ。


 悠々とやって来た貴族は鍛冶師が無造作に引っ提げた剣を見て欣喜雀躍した。

 もっと良く見せろという貴族に、鍛冶師は満足げに笑ってその目に向けてすぱりと剣を振りぬいた。

 凄まじい切れ味、剣技を持たぬ鍛冶師でも横に真一文字、貴族の我欲に濁った両目を切り裂いた。貴族は絶叫を上げ、悶え苦しみ、こと切れた。

 当代随一の名匠と名高い鍛冶師が打った最高傑作の剣は、血脂を浴びてなお、その鉄の美しい身を清々と輝かせていた。


 その剣を握った鍛冶師は狂ったように笑い出した。

 顔半分を口にし、唾を飛ばし、目をぎょろつかせながら笑った。

「見よ! お前が殺した子の血肉、骨を注ぎ込んだこの剣がお前の命を奪ったのだ。愉快! 愉快だ!」

 あまりの出来事に、弟子たちは石のように固まり動くことが出来なかった。


 神々が鍛えた剣ツヴィックナーグル、ドヴォラクの角から削り出した剣ツェプターと並び称されることになった剣ウェイスェンフェルトの、これが来歴だ。

 凄まじい強度を誇る切れ味鋭い軽い剣だが、使い過ぎると精神を破壊されるとまことしやかに囁かれる、魔剣である。



「吐く息で周囲の植物を枯らす?」

「ええ、そうです。相当に強力な魔獣です」

 ギルド職員の話ではその魔獣の吐く息が毒で、周囲は荒地となっているらしい。

「それで誰も手を付けられなかったんですが、その魔獣を討伐しようと出かけて行った貴族の子息の死亡確認だけでもしてほしいという依頼がありまして」

 言外に無謀だという気持ちが透けて見える。

「死亡は確定しているのか?」

「要は遺品を持ち帰って死んでいるということを証明したいそうなのです」

「ああ、依頼人はその死者の弟かもしくは後継者候補か」

「察しが良くて助かります」


 国やギルドでもうかつに手を出せないような魔獣だ。俺に討伐依頼がくるとは思わなかったが、遺品を持ち帰るという仕事もあるんだな。

 ギルド職員は貴族の子息が出掛けて行った際の服装、特に常に身に着けているという数点の装飾品を詳細に説明した。

「どれほど金がかかっていても、魔獣にとっては意味のないもの、ということか」

「そういったことに価値を見出すの魔獣もいるようですけれどねえ。ほら、グリフォンは黄金を守り、ドラゴンは財宝をため込むと言われています」

「そんな強力な魔物と出会ったら尻尾を巻いて逃げ出す他ないけれどな」

「スウォルさんならそのうち倒せるようになりますよ」

 そんな軽口を言われるようになり、この町に馴染んできたことを実感させられる。そろそろ路銀も溜まって来たことだし、新しい町へ行くのも良いかもしれない。


 移動手段にロバや馬、馬車といったものがあるが、俺は滅多に使うことはない。街道を外れ人目がなくなったのを確認するとひた走った。

 恵まれた体力と身体能力に任せて一足飛びに目的地に向かう。


 じき到着するというところで、すさまじい速度で近づいて来る者がいた。

 人の上半身に馬の下半身を持つ。安定感のある体幹で、疾駆する速度に納得する。

「おぬしは人間か?」

 並走しながら問われる。

「随分不躾だな」

 ちらりと視線をやれば、鼻白む。

 それを押し隠すように胸を張った。

「俺は乱暴な一族の中でも狩猟や戦いのみならず、医術や音楽にも秀でた者だ」

「ふうん。そんなに優秀な者が何の用だ」

「いや、ちと酒の席で失敗してな。失態を取り戻すために、この先の魔獣を倒してそれが守る業物の剣を手に入れようとしたのだよ」


 そんなことを話しているうちに目的地に着いた。

 結局、同じ場所へ向かっていたらしい。

 その土地は近づくにつれ、徐々に草木が減り、空気さえ淀んだ陰鬱な場所だった。

「何ともはや、陰気なものだな。まるで邪神でもいるようではないか」

「邪神?」

「ふん。知らぬ筈はなかろう。知性ある者ならば誰もが知る古の神よ。創世記にも登場する」

「ああ、強くなりたいがために他者を無暗に食らう魔獣を作り出したっていう?」

 鼻を鳴らすのに、通り一遍知られていることを言ってみる。

「そうだ。有角の存在を創りたもうた堕ちたる神よ」

「堕ちたる神、ねえ」

「む。侮るでないぞ。俺は気が短い一族とは一線を画す不死の賢者ではあるが、流石に神々には遠く及ばぬ」

 自尊心が高いが、一族のことは随分下に見ているんだな。

「へえ。不死か」

 俺の一族も長命種ではあるが、不死ではない。どんな感じなのか興味がないでもない。


 ギルドの依頼を全うすべく、岩場の影や転がる白骨死体を検分しながら話しかけてくるのに適当に返事する。

「ところで、おぬしは何をしているのだ?」

「ちょっと探し物をね」

「むむ! もしや、件の魔剣を手に入れようとしているのではなかろうな!」

 自分と同じ目的なのかと目を剥くのに、軽く否定する。

「本当か? おぬしは俺と同じように駆けた。只者ではあるまい」


「無駄話はそこまでだ」

 俺の視線を辿り、人馬はようやく口をつぐんだ。

 向こうの方に魔獣がいた。

 黒い牛に似た体に細長くたるんだ首の先に豚のような頭が重く地面の上に垂れている。

 見るからに鈍重で、案の定、鈍い動作を見せた。

「ふん。辺り一帯を支配する魔獣だと聞いていたが、実際は取るに足りないものではないか。どれ、行って剣の在処を吐かせよう」

 意気揚々と近づいて行ったものの、ぎゃっと悲鳴を上げる。

 ギルド職員は毒の息を吐くと言っていたが、転がる死体のうち、一部が石化したものがあった。

 不用意に近づいた人馬は片前脚を石化させられていた。

 鈍重に見えて、この一帯を支配することができるのだ。つまりは、こうやって足止めし、毒の息で正しく息の根を止めるのだろう。


「不死者が石化したらどうなるんだ?」

「そ、そんなことより助けてくれ!」

 だが、ひと足遅かったようだ。

 人馬は正面から毒の息をくらった。

 再び悲鳴を上げ、どうと横転して苦しみもがく。


 俺は大きく回り込み、後ろを取って一気に駆け寄り得物を突き刺した。

 が、皮膚が硬くて歯が立たない。

 嫌な音がして咄嗟に剣を引く。

 俺の力と魔獣の装甲とに、剣の方がもたない。

 人馬を見やれば苦しみぬいており、自分のことで精いっぱいという態だ。

 見ていない隙に本来の得物で仕留める。


「やれやれ、これは本格的に頑丈な剣を手に入れなければな」

「そ、それならば、その魔獣が守っていた剣がある筈だ」

「でも、それはあんたが探していた物だろう?」

「ああ、そうだ。そこで頼みがある。その魔剣で俺を殺してほしい」

「どういうことだ?」

「不死者だから、毒では死ねんのだよ。だが、魔剣ならば命を絶ってくれるだろう。頼む。お願いします。どうか、この苦しみから解放してください」

 不意に彼女の顔が脳裏に浮かぶ。

 人馬の台詞は彼女の言えなかっただろう言葉のように聞こえた。

「いや、それは俺の勝手な解釈だな」

 思わず自嘲する。


「た、頼む」

 徐々に弱々しくなる声に頷いた。

 だが、魔獣が守っていたらしき剣は見当たらない。

「魔物が守っているといえば、常套だ。魔物の体内にあるだろう」

 果たして、人馬の言う通り、裂いた魔物のからだから一振りの剣が出て来た。

 こんなものを呑んでいたら、動作も鈍くなるはずだ。

 鞘を払って人馬に向き合う。

「ああ……」

 人馬は安堵の表情を浮かべ、一筋の涙を流した。


 俺は彼の願いを叶えてやった。

 不死者が長らく毒に喘ぐのは永劫の苦痛に苦しむのと同じだろう。

 それを断ち切る。

 それは俺がしたいと思っていたことと同じようなものだ。

 でも、こんなに簡単にはいかない。

 だから、少しでも和らげるために旅に出た。


「お前はその役に立ってくれるか?」

 剣を見下しながら尋ねた。

 無機物は答えるように柄から切っ先に向かって陽光を弾いて見せた。

 その光に文字が浮き上がる。

 ウェイスェンフェルト。

 世界でも有数の魔剣の名だ。

 こうして、凄まじい強度を誇る、俺の力にも負けない剣を手に入れた。

 力が強すぎて、普通の剣はすぐに駄目になった。派手で有名なものよりも、頑丈なことが優先された。

 手に入れた剣は鞘に納めていればそこいらの剣と何ら変わりなく見える。

「本来の得物」とは違うが、まあ、適当な力加減が出来るだろう。



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