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5. 冒険者

 

 大通りから一本入ったそこそこ人通りのある道を歩く。

 薄汚れた格好をしている者も平然と歩いている。この町には貴族も住んでいるそうだが、まだ見たことはない。庶民が簡単に入らない方が良いと言われている区画に住んでいるそうだ。

 通りは目的地へ向かう人間の他に、買い物客や誰かを待っている風な者が左右を見渡して立っている。


 その中でも数人固まって話しつつ、通りを歩く者へ視線を向けた集団は目を引いた。なのに、町の人はそちらに視線をやって長い間止めることはない。

 ふとそのうちの一人と目が合う。途端ににやにや笑う。そのままの表情で仲間と何か言う。他の奴らがこちらを向く。


 やばい。


 一瞬でそう判断して徐々に歩みを速める。

 集団がばらけ、ゆるゆるとこちらに向けて歩いて来るのが振り向かなくとも気配が分かる。

 もう少し、もう少し。

 この先を曲がったら、その時だ。

 逸る心を押さえながらも、じわじわと歩くのを速める。ウォーミングアップだ。

 奴らの歩みの速度も上がっているのを感じる。でも、まだだ。

 焦る気持ちが高まる。

 角が見えて来た。

 まだだ。

 完全に奴らの視界から消えてからだ。

 曲がった。


 走れ!


 数拍置いて、俺が駆け出したのに気付いた奴らが追いかけてくる。

 うっは、ここら辺は普通の町民がいるってのに、スラムじゃねえかよ!

 俺は運が良かった。頭の悪い奴らだった。仲間がいる路地に追い込まれてでもいたら、ひとたまりもなかっただろう。

 とにかく、人の合間を縫い、路地に入り込まないようにしながら走った。後ろで通行人にぶつかって、突っ込んでいった本人が怒号を上げるのが聞こえる。


 もうひとつ角を曲がった瞬間、道なりの少し先の建物から人が出てくるのが見えた。開いた扉の向こうは酒場っぽい。看板もそれらしき絵が描いている。この世界は予想通り識字率が高くないので、看板は商売に関連した絵だ。外国人も多いらしいからな。俺は国どころか違う世界から来たけど。

 距離を稼いでいるうちに、とばかりにその酒場に飛び込む。逃げ込んだ先を特定されないうちに姿を消すことができた。

 ぜいぜい息をつきながら、外の様子を伺う。

 明り取りのために木扉が開いた窓から見えないように屈む。


「野郎、どこへ行った!」

「まだ近くにいるはずだ! 探せ!」

「くっそ、トロそうなやつだったのに」

 口々に好き勝手言いながら行ってしまい、ほっと息をつくと、生臭い息がかかった。

「ひえ⁈」

「おいおい、なんて声を出しているんだよ」

「町中で魔獣に遭ったみたいだな!」

 俺を覗き込んでいた筋肉だるまが大げさに呆れてみせると、近くのテーブルで酒を飲んでいた仲間らしいやつらがからかってくる。

 昼間っからビールなんて、良いご身分だな!

 顔にかかった息には麦っぽい臭いが混じっていた。こっちの酒はやっぱあれか。エールってやつ。ファンタジーだね。


「兄ちゃん、最近、異国から来たやつだろう?」

「あ、そうです」

 お、もう有名人になっちゃっているの?

 何を隠そう、新たな仕事を得るために、情報屋っぽいことをしてみたんだが、もう顔が売れ始めたのかね。

「あの、変な女の子言葉を喋るやつだろう?」

 あ、そっちの方で有名なのね。

 がくり。

 おのれ、メルのいたずらが尾を引くぜ!


 いい加減、水汲みなどの雑用では生活していくのは厳しい。

 言葉を覚えた頃に、役所みたいな町の公共の建物に呼び出されて、役人風の人たちから言い渡された。

 なんでも、この世界へ来てからの生活費は、実は町の互助会から出ていた。生活保護みたいなものか!

 生計を立てて半分は返さないといけないらしい。

 つまり、借金だ。全額じゃないだけ、良心的、なのかな?

 メルに魔法を教わった借金もあるし、稼がなきゃね!

 異世界で借金って定番なのか?


 そんなわけで、まず真っ先に考えたのは冒険者になることだった。

 でもさ、俺ってチートがないどころか、力も冒険に必要な技能もない。魔法はメルに教わった後、練習しているところだ。

 ギルドの訓練場を借りるためにも、早々に冒険者登録はした。

 した。

 けれど、それだけだった。


 向こうの世界で、実際に動物を殺す、それも毎日のように殺すなんてやつ、どのくらいいるのかな。

 もちろん、登録したての新入りは雑用とか薬草採取から始まる。お約束だよな。

 薬草だって、町中に生えているのではない。町は高い頑丈な壁に囲われている。だから、安心して生活できるんだ。

 そこを出て少し行けば、もう魔獣や盗賊が出てくるんだそうだ。

 うん、出たらすぐに死ぬね。

 だから、まだ外には出ていない。


 役所に呼び出される前まではなんだかんだ言いつつ、生活できるのだから、と甘く見ていた。

 中世ヨーロッパがどんなものだったか知らない。

 でもさ、この世界は力が全てだった。力は時に財力で買える。ということは、力か金か権力かが要る。だから、強い力がある魔獣から守るために金を使って高い壁を作ったんだ。


 こっちの世界は血まみれで臭く無暗やたらに恐ろしい。そして、圧倒的な暴力の前で、人は簡単に死ぬ。

 元いた世界はさ、戦争があったり難民問題がニュースで流れていたけれど、大抵の国では納税していればなんとかなった。ライフラインがちゃんとあった。人権って詳しいことは分からないけれど、法律があったし、警察や刑務所、裁判があったから、犯罪や暴力の歯止めになっていたんだよなあ。


 こっちでも一応、お巡りさんっぽいのはあるみたいなんだけれど、全然数が足りていないみたいだし、きちんとなっていない。法律みたいに、こうこうこういうことしたら、こうなる、みたいなことがしっかり決まっていない。決まっていても、庶民はなんとなく駄目、っていう認識だ。

 法の目をかいくぐるっていう言葉があるけれど、こっちはその法律自体がザルなのな。

 で、力も金も権力もない多くの庶民たちは人権みたいのが軽い。あるにはあるけれど、数で何とかなっている感じ。昔からの付き合いとか、仲間とかで対抗している。

 つまり、俺って相当弱い立場なんだ。

 物理的にも精神的にも。


 そんな俺が手っ取り早く稼ごうと、あちこちに首を突っ込んで情報を集め、必要な所にその情報を売っている。

 一応、駆け出し冒険者だから、雑用の依頼を受けがてら、という感じでやっていた。

 始めは誰それがこんなものを買いたがっていたよとか、どこそこに欲しいものが売っていた、ということから始まって、冒険者の噂話から類推して、ギルドにどんな魔獣の素材が売られたよ、とかさ。欲しいと思う人がそこへ行くと手に入る。

 そう、この世界は欲しいと思ってもなかなか手に入らないことが多かった。同じ町の違う場所へ行けば買えるのにね。

 だから、そういう情報を集めて、必要な人に売る。

 これが馬鹿にならない稼ぎになった。


 本当に必要としていて困っている人ってのは意外と多くいたし、それで大損するのを防ぐことができたっていう人もいた。少し前までは買えたんだから、と思っていたら、いつも買う店で品切れしていて、それが手に入らなければ契約した商品として揃わなくて、違約金を払わされるところだったとかさ。そんな見通しで契約しちゃって良いものなの?とか思ったけれど、お得意様になってほしいので黙っておいた。

 向こうの世界でも、情報は重要だったからな。知らないと損をするってやつ。田舎では噂が回るのは早いって聞いていたし。


 でもさ、もっと気を付けなければいけなかったんだ。

 この世界や町のやり方を知らなかった。

 それで、さっきみたいなやつらに目を付けられるようになった。

 有り金巻き上げられたよ。

 カツアゲなんて、向こうの世界でも噂でしか聞いたことがなかった。

 びびった!

 めっちゃ怖い!

 なんかさ、にやにやしていて、俺を獲物だとしか思っていないんだな、ってことは分かった。ひょろい俺なんか、数で囲めば何とでもなる。カモだって。

 まあ、そうなんだけれどさ。

 だって、魔法は町中では決まったところでしか使えないんだぜ。

 逃げるしかない。


 向こうの世界では力がなくても働いていれば生活できたんだけれどなあ。

 こっちの世界は何かと緩いから。

 だから、トラブルを起こすと嫌な目で見られることもあれば、逆に鷹揚に受け入れられたり、場合によっちゃあ一人前だと受け止められることもあるんだよなあ。向こうの世界よりも色んな反応をされるんだなと思う。向こうではトラブルメーカーとみなされたら途端に詰むからな。


「あんた、この間から追いかけまわされているだろう」

「情報屋ってのはいたけれど、お前の扱うのは面白いな」

 俺は声を掛けて来た男に誘われてテーブルについた。

 そうなんだよな。

 連中、味をしめちゃったのか、こうやって追いかけまわされるのは三度目なんだ。一度目に金を取られてからはなんとか逃げ切っているんだけれどさ。それが面白くないのかもな。


「俺たちは見ての通り冒険者だ」

 パーティのリーダーで最初に俺に声を掛けて来たのがクラウスだ。

「初めまして。俺はコウ。俺のことを知っていたんだな」

「あれだけ派手に追いかけまわされていちゃあなあ」

 そう言うのは弓を扱うリーナスだ。

 やっぱり、情報は重要なんだろうな。だとしても、俺の変な喋り方は忘れて欲しいものだ。


「俺も一応、冒険者なんだ。先輩たちは何ランク? あっ、聞いても良いものなのかな」

 個人情報に緩い世界だけれど、ほら、女性に年齢を聞いてはいけないのと同じでタブーとかあるのかもしれないから。

「遠慮するな、どしどし聞いてくれ。俺たちはEランクだ」

 酒が入っているせいか、分厚い掌で背中を叩かれる。ばしばし良い音がする。

 むせそう。

「へえ。ベテランなんだな」


 冒険者ランクってのはHが一番下だ。なりたてな。

 始めは皆やる気があるから、わりとスムーズにGランクに昇格する。んで、その勢いのままFまで上がる。そこから伸びるのが緩やかになりつつも、個人の才覚や運でEランクに上がる。つまり、FランクやEランクが一番多い層みたいだ。

 逆にAランクというのはあまりいない。

 だから、もうこれは除外して考えても良いだろう。

 Bランクを目指して、Cまでいけたら御の字だ、くらいな感じだ。実際はDランクでも一流に近いように思える。まあ、ベテランの域だわな。

 この冒険者たちはベテランのラインが目の前にあるってことだ。


「本当にひょろいな。そんなので冒険者が務まるのか?」

 膨らんだ腹にはエールが詰まっているに違いないというくらい飲んでいるのはヘルマンで、魔法使いは細いという俺の予想を破ってくれた。

「だから、目を付けられてカモにされるんだぞ」

 とうとうむせた俺に、パーティメンバーが憐みの目を向けてくる。


「『オブラート』に包んでくれよ」

「おぶらーと? なんだそれ?」

 好き勝手言われて咄嗟に言うと、聞きなれない言葉に首を傾げられる。

「とりあえず、マントでくるんでおくか?」

 とぼけたことを言うのは初老のマグヌスだ。皆タメ口だから、敬語はいらないって。

「ああ、そうしたら、何も言えなくなるな」

「身動きも取れないしな!」

「それ、ただの拘束!」

 次々変なことを言うやつらに突っ込んでおく。


 そこから、冒険者の活動のことをいろいろ聞いた。

 どしどし聞けって言われたしな!

 借金を返して頑丈な装備品を買って外に出られるまで、大分先の話だ。どんなことを身に付け、どんな物を手に入れるべきか、知っておくのも良いだろう。

 なのに、なんでかな。


「男ってのはよ、そういう時があるんだよ」

 酒が回ってきて、全く冒険者とは関係ない話に逸れていく。どうでも良い話になってきた。

「それはイケメン限定? それとも男全般?」

 出た! 顔面偏差値差別!

 何故か延々と恋愛談議になった。

「わしがあと五か月若かったら放っておかないんだけれどもねえ」

 最近すぎるわ!

 マグヌス、元気だなあ。

 魔法使いだと思いきや、まさかの戦士。戦斧を振り回すんだってさ。

「最近、めっきり、持ち上げる時に腰が痛むようになってのう」

 良くやるぜ!

 そんな風にして、初めはおっかなびっくり話していたが、どんどん遠慮がなくなっていった。俺の冴えまくる突っ込みという名の合いの手に、冒険者たちは盛り上がった。

 そうして、俺は冒険者の知り合いを得た。



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