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4. 社会生活のできない者、もしくは一人で十分なので社会を必要としない者は獣か神に違いない (アリストテレス)

 

 人は脆弱だが集まって暮らすうち、多様な文化を築き上げて来た。

 人の集落を回ってそれらを見てみたいと思った。

 旅をするには路銀が必要だ。手っ取り早く稼ぐことにした。


「冒険者ギルドへようこそ。初めての登録ですか?」

 建物内に入って物珍しそうに見まわしていると、すぐに声を掛けられた。一見して新参者、不慣れな初心者であると見て取った輩が仲間とひそひそとやり取りしていることから、もめ事をつぶしておこうとギルド職員が気を回したのだろう。

「そうだ」

 厄介ごとには慣れている風情の職員に頷いて見せると、しっかりした言葉遣いで返される。

「失礼ながら、戦闘能力はございますでしょうか」

 後から知ったが、食べるための労働が精いっぱいで、教育を受けていない者が多い。受けたとしても、まずは算術や文字を習う。物言いや立ち居振る舞いはそれこそ王侯貴族のものであった。ギルド職員も通り一遍のことを繰り返すことができるだけで、その範疇を超えるとぞんざいになる。


「ああ。武器はなんでも扱うし、魔力も高い」

 冒険者ギルドの職員は普段から荒くれや一獲千金を夢見る若者を相手にする。武力で糧を得る者たちだ。舐められては仕事にありつけないとばかりにはりぼては強固になる。そんな者たちを相手取るのに慣れているギルド職員も、てらいなく自然体で返せば気押された表情になる。

「それは安心です。きっとすぐにランクが上がるでしょうね」

「ランク?」

「説明しますね」


 面白そうだと思ったから、一般人に擬態して人間社会をあちこち見回ることにした。長く生きていたら色々やって見たくなった。人が集まり様々な店が軒を連ね、多様な職種の者が住まう町は打ってつけだった。中でも、冒険者というのは気ままに暮らすにはちょうど良いと思えた。

 人に使われて工房で徒弟として働くのも店を開くのも面倒が多い。

 何より、力や魔力が物を言うところが具合が良い。

 問題は不自然に思われないように手加減をしなければならないことだ。


「というわけで、ランクを上げるにはそのランクに応じた一定数の仕事をこなさなければなりません。ギルドへの貢献度が高いことをされた場合でも上がります。また、ランクが上がるにつれて、危険度と報酬も上がります」

「どれほど強くても、低いランクから出発して、ランクを上げていくしかないということだな」

「そうです。また、いくつかの国で提携しているので、そこでならば同じランクで通用します」

 ギルド職員は同じ言語が使える場所ではまず提携していると思って良いと説明する。


「ランクが上がるにつれ、依頼の難易度も上がります。パーティを組まれることをお勧めします」

「分かった。だが、今は独りでやってみよう」

 早速受けられる依頼の中から仕事を請け負う。

「では、スウォルさん、こちらが冒険者カードになります。身分証を兼ねますので、なくさないようにしてください。お気をつけて」


 おおよその人間は教育を受けていないし、そもそもその世界観が人道的という観念に薄い。そのため、嘘や企みはばれやすいが、平気で嘘や他者を出し抜くことを企てる。道徳観念は神殿による神の教えから学ぶ。

 冒険者になったばかりで右も左も知らぬだろう駆け出しを揶揄うか、あわよくば金品をまきあげようとでもいうのか、隣接した酒場で冒険者登録をするのを伺っていた者たちが近寄って来た。

 人間社会もまた、力が全ての世界だ。力は時に財力で賄える。力か金か権力か。

 そのいずれも持たない者は踏みにじっても良いと思っているのだろう。

 俺の目の前に立ち塞がった者たちも。


「新入りか? ちょっと顔貸しな。冒険者の流儀ってもんを教えてやるよ」

「いや、遠慮しておく」

「まあ、そう言うなって」

 手を伸ばして来るのを足を引くことで避ける。

 逃げないように拘束しようとしていたのを避けられ、苛立たしそうな顔つきをする。こんなに感情を垂れ流しにしては、良からぬことを企んでいますと言っているようなものだ。

「不慣れで不安だろうから教えてやろうって言うんじゃないか」

「追々学んでいくさ」

「ちっ、すかしてやがる。つべこべ言わずについて来ればいいんだよ!」

「おらっ、来いっ」


 逃さないように包囲網を敷いたつもりなのだろう。斜め後ろに付いた二人のうちの一人が小突こうとするのも、体を斜めにすることで回避する。

「こいつっ!」

「面白いな。初対面の者に暴力を振るって、それを避けられたら怒るのか」

「何だと⁈」

「ごたくは良いって言ってるだろう!」

 自分たちの思い通りにならず、事実をそのまま言ってやれば沸騰する。


 ついには軸足に力を籠め、拳を振るってきた。三人もいるのに、連携は取れておらず、全てを躱すのに容易い。

 しかし、冒険者の力を測るのにちょうどよい機会だ。

「あんたたちはランクはなんだ?」

「はあ? 聞いてどうするんだよ、新入りなのに」

「いや、言ってやろうぜ。俺たちのランクをなあ」

「そうそう。ランクの高さに驚いて謝っても遅いぜ!」

 つい今しがた、ランクの高さと強さは比例しないと聞いたばかりだ。

「俺たちゃなあ、Fランクだ!」

「Hランクになりたてのお前なんかより、ずっと強いんだよ!」

 こんなものか。まあいい。先は長いんだ。もう少し付き合ってやるさ。


 相手のランクを聞いても期待通りの反応をしてやらなかったせいか、一瞬怯んだものの、無意識にそれを誤魔化すために、得物を抜いた。

「私闘は禁じられていますよ!」

 武器を持ちだしたせいか、ギルド職人から警告が飛ぶ。

 それを予想していたのか、慣れているのか、彼らが手にしたのは大ぶりのナイフで、メインウェポンではなかった。これ見よがしにちらつかせるも、刃こぼれしたり錆が浮いている。

 生物を傷つけることに躊躇ない仕草で武器をねじ込んでくる。僅かに体を逸らして切っ先を避け、武器を掴んだ手の甲を軽く叩く。ぎゃっと悲鳴を上げてナイフを取り落とす。

「よくもやったな!」

 無手かつ単独の相手を複数で武器を持って取り囲むにしては、大概な台詞を口走りながら突っかかって来るのを、掌で滑らせいなし、顔に拳を叩き込む。その場にへたり込んだ。

 残りの一人は、仲間二人があっさり無効化されたことに茫然として中途半端に伸びた手を掴み、引き寄せ、腕の半ばを打つ。腕を抱えて蹲る。


「それで? 何の用だったんだ? ああ、流儀を教えてくれるんだったか。これがそれか?」

 腰をかがめて視線を合わせて尋ねると、途端に目を逸らす。

「まあ、いい。お前たちは今後、登録したばかりのHランク独りに三人がかりでナイフを向けて負けたFランクだという評価が下されるんだからな」

「なっ!」

「おい、止せ。行こうぜ」

「覚えていやがれ!」


 記憶しなくても問題ないだろう。

 それよりも、冒険者たちが持っていた武器を見て思う。

 剣の扱い方を考えなければならない。力任せに振るったら、すぐに破損するだろう。

 神聖魔法の使い手ならば、シャープネスのような補助魔法を付与することができるが、そんなものを使えるのであれば、神殿お抱えや宮廷勤めをする。


 町を出てギルドの依頼を片付けがてら、剣を振るう。

 持ち手を握り直して剣を見る。さほど鋭利ではない刃であるため、力を乗せて殴りつける感覚で扱う。

 慣れない得物にわずかに心が高揚する。

 最下級のランクのせいか、討伐依頼は弱い魔獣が対象だった。しかし、魔獣の魔力の結晶である角を持って行けば、依頼が出ていないものでも買取りされ、引き換えに金銭を得られる。向かってくる魔獣を手あたり次第倒した。


 気配を探る。

 意思疎通ができない動物でも、その鳴き声である程度の意思を読み取ることができる。

 呼吸の速度や強弱からも、心の動きを見ることができる。危険を仲間に伝えるのか、仲間を呼ぶのか、逃げるつもりなのか、反撃に転じるつもりなのか。

 だとしても、多くの動物は世界を単純に見ている。

 つまり、餌か否か、捕食者かどうかだ。無害かつ食べられないものであれば、少し先にいても無関心だ。

 しかし、人間は世界を分節化する。その分類は自分の物差しによって個々で違ってくる。

「こんな風になるなんて思っていなかったんじゃないかな」

 それも意外性があって、面白がるかもしれない。

 ともあれ、冒険者があの程度の力なのだとしたら、もっと力加減をする必要があるだろう。

「ランクを上げるか。ある程度の牽制にはなるだろう」

 そうすれば、力加減の具合を緩めても不自然ではないだろう。

 故郷にはうるさいのたちが手ぐすね引いて待っている。当分、帰るつもりはない。

「あいつの好んだ世界を見て回る」

 そして、覚えられるだけ土産話を抱えていくのだ。もう一度会うその時まで。



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