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3.必殺技を手に入れた!

 

 異世界は臭い。

 そこかしこから大便やおしっこの臭いがする。そこに色んな臭いがブレンドされていやあな刺激臭がする。肉の臭いやえぐみのある臭い。人間すら、あまり風呂に入らないせいか、肉食のせいか、体臭がきつい。

 でも、臭いって慣れるんだよな。鼻が馬鹿になるってやつ。

 あと、金髪や茶髪が多いかと思っていたら、意外と黒髪も多い。

 ちょっと茶色が混じった肌の色の人とかもいたし、何と、黄色人種もいたぜ!

 珍しいらしいけどな。

 なんか、普通なのな。

 普通の人間。


 ようやく気づいたんだ。俺、この中でやっていかなきゃならないんだなって。この世界で暮らしていくんだなって。上手くやれば金持ちになってそれなりの生活ができるかもしれない。

 この世界で生きて行かなきゃならないんだなって。

 んで、期待のチート能力はなかった。


 でもさ、冒険者はいたんだよ!

 あいつら、体の構造が全く違う。身長はちょっと高いくらいだけれど、まずもって骨格が違う。筋肉に覆われているって感じじゃないし、なんなら腹が突き出ている奴も多い。でも、なんていうのかな。体の動かし方が違うっていうか、皮膚の分厚さが違う。それでもって、躊躇なく力を振るう。暴れた力ってのでなく、普通に振る舞っているだけなんだ。それが強い。えげつない強さだ。ほら、おばちゃんが話しているうちに興奮してきてばしばし叩く感じ。あのくらいの無造作で気軽なんだよ。おばちゃんも力加減しないだろう? あいつらも同じなんだよ。


 そう。

 俺は早々に言語をマスターした!

 でもそれが何て言うかさ。

 まず、順を追ってみよう。


 異世界数日目からおばちゃんは忙しくなったせいか、俺の世話は若い女の子にバトンタッチした。ちょっとばかり可愛い子だ。たゆんたゆんでないのが実に残念である。

 その子の名前を聞いたけど、教えてくれないの。

 あ、ちゃんと自分から名乗ったぜ。

 指さして、コウ、コウってさ。

 んで、その子を指さして小首を傾げたんだけど、腕組みして鼻を鳴らして笑ってやんの。

 感じ悪ぃー!

 もうさ、これは早々に言葉を覚えるっきゃないじゃん。

 必死こいて覚えたよ。新しい世話係も意外に積極的に教えてくれたしな。


「だからさぁ、あたし、魔法を覚えたいんだって! メル、あんた、魔法使えるんでしょう? 嘘言いなさいよ! 冒険者たちが言っていたんだからね!」

 お分かりいただけるだろうか。

 俺が必死になって覚えたのはコギャル語だった。

 がくり。

 おのれ!

 メルめ!

 覚えていろよ! いつかぎゃふんと言わせてやる!

 言葉は使ってなんぼだ、とあちこちに話しかけまくっていたら、どうりで笑われていたはずだよ!

 くっそー!

 まあよ、その分、早く町の人に馴染んだんだけどさ。おまけもしてもらったし。

 それに、実際コギャル語ってどんなかわからないけど、まあ、とにかく変な女っぽいしゃべり方な。


「きゃあ、嬉しい! おいちゃん、ありがとう!」

 想像してみて欲しい。

 もうじき十九になる野郎がこんなしゃべり方しているんだぜ。

 いいもん、くじけないもん!

 目指せ、ネイティブ!


 あ、そうそう。

 俺にいたずらを仕掛けたのはメルっていうんだ。

 んで、メルがこれまた冒険者で、魔法を使うってんだよ!


 俺、そこそこ言葉を覚えて真っ先に冒険者ギルドへ行ったの!

「お邪魔ー! あのぉ! あたし、魔力を測りに来たんだけどぉ」

 喜々として冒険者ギルドの扉を叩いてみれば失笑に遭った。

 なんでだ。

 いや、しゃべり方がおかしかったからなんだけれどもさ。

 そこで測って貰ったら、魔力はそこそこあったんだよ。腕力や特殊技能なかったけれどさ。

 やっぱり、チートはないのか。ちぇ。


 それで、メルに頼み込んで魔法を教えてもらうことになった。

 もちろん、有料だ。

 出世払いにしてもらえるように拝み倒した。

 女言葉を教えたじゃないか、と言ったのが効いたのかもしれない。そんな素振りは見せていないが罪悪感というやつだ。

「お願ぁい! しまぁす!」

 俺は学習したね。

 大体これで相手は戦意喪失し、要求を呑んでくれる。うん、深く考えると自分をもえぐって来るもろ刃の剣だけれどな。


 あ、今は普通に喋れるようになったよ。コギャル語はおねだりするときの必殺技だ!

 異世界転移主人公、必殺技! コギャル語!

 攻撃力半端ねえ! 

 気になる効果のほどは? 

 ガン見されるか、一瞬目をそらされるか、遠くから指さして笑われるか、です。

 あ、うん、えぐる。自分をえぐる。


 向こうの世界で、英語って単語とかでなじみがあるけれど、こっちの言葉ってそれが全くない。本当に一から覚えるのは大変だった。

 ふ、今では難しい言い回しもこなしているぜ。厳密に、俺の認識とはずれがあるかもしれないが、言語ってそういうものだよね。

「伊達」とか言っちゃっているけれど、由来はともかく、内容が合致していたら使っている感じ。


 逆に、元いた世界で翻訳本を読んだとき、「シャッポを脱ぐ」って書いてあって仰天した。まんま「脱帽」じゃん。でも、シャッポって、フランス語由来の言葉なんだってさ。フランスでも言うのかと思いきや、「兜を脱ぐ」からそう言われたんだって。なんだ。フランスでも脱帽って表現をするのかと思った。

 ほら、帽子を脱いでちょこんと会釈するフランス紳士、いそうじゃん。で、その頭はきらりと光るんだよな。


 とにかく、俺はこちらの言葉を覚えるのに頑張った。

 やることって言ったら、雑用しかないからさ。

 でもって、異世界は一応あちこちギミックに魔法が使われているから、水汲みも重労働だけれど、一回運んだら再起不能になるってほどでもない。現代っ子の俺には難易度がばか高いってのでもなかったよ。魔法ってある意味、科学と合体している感じなのな。


 ちなみに、初期におばちゃんが世話を焼いてくれたのって、町の互助会から補助が下りていたんだと。わりといるらしいんだ。迷子とか捨て子とか。俺みたいにろくに喋れないやつを置いて行くこともあるらしい。そんなんなら産むなよと思うんだけれど、ここまで育ててやったんだから、後は自分でやれってことなんだって。

 これは半分返却する必要がある。だから、早々に職につかないとといけないんだ。

 んで、普通に喋れるようになったから、早速魔法を使えるようになろうと思ったの。

 だってさ、異世界に来てこれがあるのに、やらなきゃ嘘でしょう!


 渋々魔法授業を受けてくれたメルに連れられて冒険者ギルドの鍛錬場へやって来た。なんか、町中で魔法を使ったら駄目なんだって。

 メルは風の魔法を得意としているらしい。

 魔法は属性によって種類がいくつかあるらしい。

 もちろん、地水火風だ!

 定番だな!


「光とか闇とか空とかはないの?」

「ちょっと。止めてよ! 闇の魔法なんて、妖魔しか扱えないわよ!」

「す、すみません」

 とんでもない勢いで噛みつかれて咄嗟に謝る。

「あんた、本当に何も知らないのね! 光の魔法って? 神聖魔法のこと? 空って何よ?」

 ふむふむ。

 闇の魔法は悪いっぽくて、光は神様系の魔法、空間魔法とかは残念ながらないのか。

 え~!

 ストレージもマジックポーチもマジックバッグもないの?

 折角の異世界なのに!

「変なことばかり言う人ね」


 俺の消沈を余所に目を細めたメルの魔法講義は続く。

 風系の初歩的な攻撃魔法を見せてくれると言い、呪文を唱える。

「刺せ、風の矢!」

 実際、的に向かって放ってもらったが、とす、という軽い音をたてて的が抉れた。

「おお!」

 初魔法に興奮する俺に、ふふんとメルは笑って肩にかかる髪を手で払いのける。

 で、威力を増すには「穿て、風の矢!」という呪文になる。

 魔力や経験不足であれば、呪文を唱えても失敗する。魔力を悪戯に消費するだけだな。

 これは使い勝手が良いように短縮されたものだ。

「歴代の偉大な魔法使いたちが研究に研究を重ねて紡ぎ出したのよ」

 胸を張るが、残念ながらそこに谷間はない。

 そっと目を逸らした。


 正式な文言唱えれば威力を増すことができる。

 ちなみに正式なものは「おお、大気の偉大なる流れよ。時に強く吹き、時に優しく包む。その力を用いて、我が眼前の敵に向かいて矢のごとく駆け、刺せよ!」なんだそうだ。

 長ぇよ!

 しかも間違ったら魔法が飛んで行かないこともあるらしい。

 それでもって、しょっぱなの「おお」は必要なんだとさ。

 メルが魔法を見せてくれた時に、おおって言ってしまったけれど、そんな風に初めに魔法を使った人も驚いたのかな。


「ということは、もっと強力なのは風の矢よりもランクアップする感じ?」

「あら、分かっているじゃないの。そうよ。風の刃、その上が風の槍よ」

 言いながら、的に向かって放った。

「刻め、風の刃!」

 魔力を食うらしく、肩で息をしている。

「結構魔力を使いそうだな。戦闘での使いどころが重要そうだ」

「あんた、本当に素人なの?」

「当たり前だ。使いこなせるなんて思えん!」

 不審いっぱいで横目で見てくるのに胸を張る。俺の胸も薄い。筋肉質とは縁遠い体形だ。


「威張って言わないで。それに、風の刃を使えるのなんて、Eランク冒険者くらいからよ」

「それに、魔力の残量を考えるとばかすか撃てないしな。ここぞという時に使う感じか」

「それが分かっているなら問題ないわね」

「やっぱり、覚えたら嬉しくて使っちゃうやつがいるのか?」

 気持ちは分かるよ、うんうん。

「一定数はいるわね」

「一定数ってところが、Eランク以上の落ち着きを感じるね」


 あ、Eランクってのは冒険者の階級みたいなものだ。HからAまであって、下から順に昇級していく。その分、受けられる依頼も増えるが、危険度と報酬も増す。

 メルはもうちょっとでEランクに上がりそうなんだって。

 すごいな、ベテランじゃん!

「だから、あんたは何でそんなに偉そうなのよ!」

 おっと、失敬。上から目線だったかな。ついつい、ラノベで仕入れて来た知識が通用するようで嬉しくなってしまったよ。ははは。

 なんて、思っていた時もありました。


 実際、命のやり取りをするひっ迫した状況では、そんなことって当たり前で意識している余裕すらないんだってことを思い知らされた。

 魔法は戦闘以外のことにも使われるが、戦闘に関する魔法を町中で使うには決められた場所でしか使えない。冒険者ギルドの訓練場とか、研究者の施設とかな。もし許可されていない場所で使ったら厳罰に処されるらしい。


「回復魔法も使えないの?」

「そうね。戦闘魔法の中でも攻撃魔法や補助魔法ではない、単純に怪我を治すものなら黙認されているわ」

「補助魔法も駄目なのか?」

 メルがふんと鼻を鳴らす。

「冒険者ってのは喧嘩っぱやいのよ。何かと言っちゃあ、腕力に物を言わすの。そんなのにいちいち補助魔法を使われてごらんなさいよ」

「ああ、どんどん互いが強くしていって、収拾がつかなくなるな」

 魔法って言っても自在に色んなことができるってのでもないもんだな。

 だから、結局、人力が必要になる。


 現に、魔力切れのメルと連れ立って冒険者ギルドを出たら、買い物客がため息をついていた。

「また粉ひき税が上がったわ」

「奴隷の数が少なくて、パンが並ぶのが遅くなるようになったわね」

 奴隷?

 奴隷がいるのか?

 道を行き交う人の話を聞きつけてメルに聞いてみたところ、どうも異世界では魔法の他に奴隷という労働力によって生活を支えているらしい。

 例えば、パンを焼くにはまず粉ひきから始まって何時間もかけないといけない。

 すごいな、異世界。

 この場合は俺がいた世界の文明が高いのか?

 食品だけじゃなく全ての製品が同じ形で同じレベルの硬さとか同じ成分とかで作られていたんだな。こっちのは店先に並んだのは不揃いだから、買う方も真剣だ。同じ金銭を取られるのだから、少しでも良いものをと選びまくる。果物なんかは同じ種類のものでも大きいものは高く、小さくて傷があるものは安くなるみたいだな。

 俺は値切るのは得意だぜ。

 コツは恥を捨てることだな。

「あのぉ! これ、もう少し安くなんない? お願ぁい!」

 ほぼ成功する。

 男として大切な何かを失っていく危険性もはらんでいるがな。



「お邪魔ー!」はコウが考える「頼もう!」のコギャル語だと思っていただければ。

……今更ですが、深く突っ込まないでいただけると幸いです。


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