29.襲撃
異世界だから人と誠実に接した。面倒だなって思っても付き合った。インターネットも携帯もなくて、他にやることもないしさ。
全てのことが訳が分からなくて、遠慮があった。
普通に暮らしていたら、ちょっと気に入らなければ態度に出ることもある。人込みでぶつかられたり足を踏まれたら、やり返したくなるだろう。
でも、よく分からない世界で怯えがあったら、そんな態度は取れない。
だから、俺は良い人間じゃない。
スウォルやワレリーさんみたいなすごい人に気に入られたみたいで、色々良くしてもらっている。クラウスたちだってさ、すごいパーティなんだ。
俺はスウォルに助けられて、あと、町中に出た魔獣を追い払った功績とかで、Eランクになった。
正直、彼女と話していただけなんだけれどな。襲われなかったのは、彼女がそうしてくれただけだ。何もしていないのに、実力不足でそんなに高いランクになってよいものか悩む。だってさ、分不相応な依頼なんて、受けられないよ。
こないだも、町のすぐ近くの街道に強い魔獣が出て、ギルドの人がスウォルに声を掛けていたんだけれど、断っていた。俺のことを心配してくれたのなら留守番しておくって言ったんだけれど、あからさまに言い訳ですっていう理由をつけて受けなかった。
絶対、スウォルはDランク以上の実力を持っている。
もしかしたらさ、いつかはAランクに到達するかもしれない。そんな人間が俺とパーティを組んでいるせいで、なんて言うかな、そう、宝の持ち腐れになったら、勿体ないよな。
そんな風に思っていたからかな。
突然、町中を歩いていたら、スウォルが急用を思い出したから、冒険者ギルドに行っていろって言った。
今さっき行ってきたばかりだよ。
それに、急用を思い出すって、なんかの常套句だよな。なんのって言ったら、断る時のなんだけれど、この場合、俺について来させないためだ。
思わず、後を追ってしまった。
普通に考えたら、それって死亡フラグだよな!
真面目に色々考えていたらすぐこれだよ! 自分から死亡フラグを立てるなんてさ。冒険者になりたての頃はあんなに慎重で、町を出るのも恐る恐るだったのに。こんな迂闊な人間をEランクになんかするから、無意識に調子に乗っちゃうんだよ!
スウォルが向かった方へ足早に進むと、野太い悲鳴が聞こえて来た。
ここは女の人の悲鳴じゃないの?
角を曲がると、スウォルの背中が見えた。その前に男の人がいる。
「……俺がそいつの命を惜しむとでも?」
「失敗したんだよなあ。本当はそっちのを人質に取りたかったんだが」
細く背の高い男が俺を見た。
えぇ⁈
誰?
初対面だよね?
俺を人質に取りたいって、いや、今、男が背中から抑え込んでナイフを喉元に突き付けているのは、以前会ったことがある変態だった。
うん、何を言っているのかわからないよね。
つまり、前にこの路地で出会った露出狂を、細い男が後ろから捕まえてナイフを突きつけていたんだ。
「た、助けてぇ」
か細い声で助けを求められる。
バスローブみたいな裾の長い服を、袖を通して着ているだけで、前を開けた状態でいる。胸も腹もその下も見え放題だ。滑稽というよりは哀れだった。
さっきの野太い悲鳴はこいつのか。
ってか、スウォルさん、こいつの命はどうでも良いんですね?
細い男も、どうしようかなあ、という顔つきだ。
人質って、言う事を聞かせたい相手にとって影響がなければ、意味がないもんな。
でもさ、変態でも生きているんだ。彼らの意思があって、それによって行動しているんだ。
だったら、見捨てられないだろう?
ああ、もう!
「穿て!」
意識を集中し、短時間で魔力が集約するように誘導する。
一時、こればかり練習していた。
咄嗟に打てるように、間近に接近されてもすぐに対応できるように、何度も繰り返した。俺が生きるためだった。それを他の人を助けるために使うことになるなんてな。
男は俺なんかよりも上だった。
俺が魔法を放った瞬間、すぐに変態を投げ出して大きく後ろへ跳んだ。俺は魔法が変態に当たらないように魔法の軌跡が曲がる様に念じた。
そんなことできるとかできないとか考える余裕はなかった。助けたかったのに、俺が殺っちゃうなんて、ナシだろう!
その成果が出たかどうかは分からないが、変態は魔法で怪我することもなく、その場にへたり込んだ。
「ひひひ。そうか、そっちのはどうでもいい人間も助けたがるのか。じゃあ、無差別と行こうかな」
「なっ!」
こっちも変態だった!
しかも、強いっぽくて、人を簡単に傷つけそう!
「なんでそんなことを!」
細い変態はものすごいジャンプ力で屋根の上に飛び上がり、あっという間に姿が見えなくなった。
ああ、もう、やばいんじゃないか、これ⁈
「俺への嫌がらせだ」
へ?
あ、ああ、さっきの俺の質問への答えね。
「スウォルの知り合いなの?」
「知り合いといえば知り合いだな。絡んできたのを痛めつけてやったら、逆恨みされた」
「ああ、確かにそんな感じのやつだよな」
ねちっこい感じがしたもんな。
「あんた、大丈夫か?」
座り込んでべそをかいている残った方の変態に声を掛ける。
怪我もないようだし、今日のところは家へ帰って温かくして寝た方がよいと言うと、素直に頷いて行ってしまった。
単なる変態なのに、完全なとばっちりだもんな。心の傷になっていないと良いな。じゃないと、変態度がアップしそう。露出狂の上ってなんだろう?
「役所に言う? うーん、でも、無差別に人に危害を加えそうなやつがいます、って言って、信用してもらえるかな?」
「俺が追う」
「え、スウォル、大丈夫なの?」
「ああ。コウは念のため、ギルドへ行っていろ。建物の中から出るなよ」
そう言いつつも、スウォルは俺をギルドまで送ってくれた。
「大丈夫だよ。それより、早く追わないと、他の人が怪我させられるかも」
俺の言葉に耳を貸さず、スウォルは隣を歩く。
と、何かが降って来た。
スウォルが片手で掴み、下に降ろす。そうするのを見てから、何かが飛んできたのだと分かった。
子供だった。
俺の腰くらいまでも身長がありそうな子供だ。
飛んできたのも驚きだが、スウォルはそれを片手で受け取り、何事もなかったように地面に降ろしたのだ。
えぇー⁈
ちょっと、それ、どうなの?
飛んできたの、分かったの?
人間だって知っていた?
良く掴んで止められたね?
平然としているね!
俺は驚きで口を開けて突っ立っているしかなかった。
「ほら、こっちにもいるよ」
「うわ、もう出た!」
追いかける必要はなかったよ。さっきの細い方の変態だ! また、屋根の上にいる! そこをずっと移動しているのか?
スウォルは向こうからまた来るって知っていたから、俺と一緒にいたのかな。
「見せつけなければ、殺害する甲斐もないからな」
ちらっと見るとそう答えた。
ス、スウォルさん、どうしてそんなに冷静なんですか?
細い変態はもう一人子供を掴んでいる。襟首の後ろを掴んで無造作に腕から垂らしている。小さい足が屋根からぶら下がっている。子供はぐったりして気を失っていた。
い、生きているよね?
「確実に仕留める。短い時間で済ませるから、コウは目を瞑ってそこにいろ」
「う、うん」
目を瞑るのはなんでだ?
と、スウォルの姿が消えた。
探す間もなく、細い変態の真ん前に飛び上がっている。君たち、ジャンプ力、すごいね!
スウォルは無造作に子供の胴体をわしづかみ、もう片方の手は細い変態の胴体を突っ切った。
へ?
いや、あの、後半部分、おかしくありませんかね?
スウォルが手を引っ込めると、細い男の体がぐらりと傾いて屋根から地面に落ちた。
ん?
細い男の体を貫いて抜き取った時、手が人間の手じゃなかったっぽい?
鳥の鉤爪に似ていた。
ああ、だから、人の胴体を貫けるんだ。
って、そうじゃない!
トランスフォームしちゃったの?
それまではさ、スウォルは物語の主人公的なチートな力を持つ存在だと思っていたんだ。
男前で魔力が高くて剣も使えて、ちょっと天然。
それで、過去に何かありそうで、問題を抱えつつ旅をしているの。影があって訳アリ。
な? 完璧だろう?
でもさ、スウォルって何者なんだ?
スウォルは屋根から身軽に降りて来た。勿論、子供を片手に持っている。
せめて、抱えてあげて?
それよりも、気になることがあった。
綺麗な顔、額の両脇からゆらゆらと見えるものがある。
「スウォル、それ、角?」
「……見えるのか」
スウォルの額にはシカの様な大きくて綺麗な角が陽炎のようにうっすらと揺らめていた。
「そうだ。俺は有角だ」
「そうだったんだ」
だから、あんなに強かったのかな。
俺がのほほんとそんな感想を抱いていたら、いつの間にか、スウォルは路地の先に移動していた。
あれ、どうしたの?
「コウ、俺たちのパーティは今日限り解散だ」
「え、なんで?」
「俺は有角だ。俺の一族の長は代々そうだった。でも、理性を持ち、他者を襲わない」
信じてくれと言ったのではないけれど、そうして欲しいと思っていることが分かった。
「そうなんだ。じゃあ、パーティを解散する必要はないよな?」
だって、他の魔獣とは違うんだろう?
「いや、同行するのはこれまでだ」
「なんでだよ! 俺たち、友達だろう⁈」
咄嗟に叫んだ自分のセリフを、後から思い出して悶絶することになる。
いやあ、恥ずかしいね。
でもさ。
「俺、信じるよ! スウォルがそう言うなら、角があろうとなかろうと、理性があるよ。無暗に他を襲わないよ!」
実際は、スウォルからものすごい威圧感とか恐ろしさとかを感じる。なのに、お腹の底から熱いものが湧いて来る。それにしがみつき、恐怖に振りまわされて、落とされないようにしながら、必死に目を背けないでいた。脚はがくがく震える。それでも、逃げる気にはなれなかった。
大丈夫。
絶対にスウォルは俺に危害を加えない。
よく見てみたら、目に知性があるもん。
大丈夫。……だよな?
でも、俺はそれ以上のことを追求できなかった。
脳裏に機械的なアナウンスが響いたからだ。たぶん、俺にしか聞こえていないんだろうなって、分かる感じ。
『固有スキル、ユニークスキル「のほほん」を得ました』
うおぉぉぉ!
出た!
キタ!
スキル!
っつか、この世界にはないよな、スキル!
じゃあ、俺だけ?
しかも、固有! ユニーク!
これぞ、異世界!
ひゃっほう!
……しかし、のほほんとはなんぞ?
じっと意識を凝らしていたら解説っぽいのが脳裏に流れる。
『難事ものらくらと乗り越える。常にのほほんとしていられるスキル』
……格好良くない。
何ソレ⁈
うそぉぉぉぉぉ!
サムズアップしたイイ笑顔のポチが目に浮かぶぜ。
俺はその場に膝をついた。
くずおれる、ってこんな感じ?
「大丈夫か?」
「え、あ、ありがとう」
スウォルが腕を取って立ち上がらせてくれた。
ちなみに、細い変態から助けた子供はもう一人の子の隣に寝かせてある。
うん。ちゃんと胸が動いて息をしている。
「スウォル、俺、俺さ、パーティを解消したくないよ」
「……分かった」
「え? 良いの?」
たぶん、足を引っ張り続けると思う。
だって、折角ゲットしたスキルも役に立つんだかどうだか、っていうのだもん。というか、俺一人呑気にしていて、結果、そのツケを周囲に押し付けそうな。
へこみそうになっていたら、スウォルがふっと笑った。
「俺たちは友達だろう?」
真っすぐにこちらの目を見てそう言い切る男前の言葉は、妙な説得力があった。
ちっ、主人公チートめ。
こっ恥ずかしい言葉もさらりと言ってのけて、納得させ、あまつさえ、喜ばせることができるなんて!