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27.郷愁

 

 町中に現れた魔獣を追い払ったということで、冒険者ギルドを通して報酬が出た。これは互助金を管理している役所が出してくれたみたい。

 仕事として受けたのではない。俺がしたいからそうしただけだと、断ろうかと思ったけれど、こういうのは貰っておけとギルドの人に言われた。他の件で貰った者が腑に落ちないし、あいつは無欲に断ったのに、お前は受け取るんだななんて言うやつが出てこないとも限らない。そうなると、他の冒険者にしわ寄せが来ると言われたので受け取った。


 受け取って、そのお金を彼女が置いて行った子供に渡そうかと思った。

 ワレリーさんに預けておけば間違いないだろうと訪ねて行ったら、それは受け取れないと言った。

「コウさん、私たち商人もまた、町を守ってくれる者には相応のものを支払わなければならないのですよ。それは何も金銭だけではない。敬意を払うことだったり、便宜を図ることです。そうやって守ってくれる者がいなくなれば、私たちの生活は成り立たない。普段知らん顔をしていて、いざという時に守ってくれる者がいなくなれば、自分が困るからです」

 そう言って、子供のことはちゃんと面倒を見るからと言われた。


 でもさ、俺、彼女を追い払ったお金を貰ったって嬉しくないんだよな。

 俺の表情を読み取って、ワレリーさんが提案した。

「では、こうしましょう。以前言っていた香辛料が手に入ったので、それをそのお金で買ってください。そして、店にある香辛料もお譲りしましょう」

「え、いいんですか?」

「その代わりと言ってはなんですが、私にもそのかれーとやらを食べさせてください。他に必要なものがあれば、揃えますよ」

 わ、すごい!


 ワレリーさんと出会った薬草の店でクミンシードっぽいのは手に入れている。市場でカイエンペッパーも購入済みだ。カレーの辛さにはなくてはならないものだ。これは別名レッドチリとも呼ばれる赤唐辛子だ。特徴的だからすぐに分かった。

 ワレリーさんのところは元々ターメリックを取り扱っている。もちろん、そんな名前じゃない。黄土色の香りが良い根っこを基にした香辛料だ。スパイスの仲介役で、何といっても、カレーを色づけるのがこれだ。

 あとはカルダモンとシナモンがほしいな。


「これこれ。どうです。新茶の葉のように鮮やかな緑色でしょう?」

「あー! これ! 『カルダモン』!」

「かるだもん? コウさんのところではそう言うんですか?」

「爽やかな良い香りがするやつですよね」

「そうなのです。頭痛や下痢にも用いられます」

 本当に薬扱いなんだな。


「良い香りといえば、こちらのものも頭痛に効きます。あとは関節炎などにも良いですよ」

「『ク、クローブ』! 素晴らしい!」

「はっはっは。これはね、花が咲く前の色づいた蕾を収穫するんですよ」

「甘くて、なんて言うか奥深い香りが良いですよね」

「そうでしょうそうでしょう。甘くて深いといえば、こちらも、少し癖がありますが、不眠や風邪に効くと言われています」

「やったー! 『シナモン』だ! ワレリーさん、ありがとう!」

 俺は思わずワレリーさんの手を握ってしまった。

「いやいや、それほど感激していただけるなんて、取り揃えた甲斐があります」

「これで、かれーが作れるのか?」

 俺たちのやり取りを黙って聞いていたスウォルが香辛料を覗き込む。

「もちろんだよ!」


 獣人の村で手に入れた香辛料はコリアンダーに似ていた。コエンドロ、シャンツァイ、香草、あとはパクチーとも呼ばれている。

 こんなに匂いがきつい癖のあるものなのに、よく獣人の村にあったな、獣人だから鼻が利くってのは思い込みかな、と反省していたら、鼻は利くんだって。イストさんが教えてくれたところによると、薬草として使われていて、良薬口に苦し、癖があってうってなるけれど、だからこそ良く効くんだそうだ。


 これで七種類も香辛料が揃った。

 ちなみに、市場や他の薬屋では玉ねぎ、ニンニク、生姜も手に入れている。これらはフレッシュスパイスに分類されている。まあ、確かに体に良いものだものな。香りも強いし。

 あとは、肉とトマトと塩と油だ。


「なあ、スウォル。これから市場へ寄って宿屋の厨房を借りないか? その、スウォルの誕生祝いに作るって言ってたけどさ」

 うう、待ちきれないよ!

 ところが、俺よりもそわそわした人がいた。

 ワレリーさんだ。

「これほどまでに多種の香辛料を用いる料理です。期待は否が応でも高まりますな!」

 そんなことを言いつつ、店の厨房を貸してくれることになった。

 スウォルは誕生日の前倒しの祝いだとあっさり受け入れた。


 住み込みの店員や家のことをする使用人が多くいるそうで、立派なかまどが据えられていた。調理台や鍋やフライパン、料理用ナイフや大きなしゃもじもある。

「どうぞ、器具も材料も好きに使ってください」

 え、いいのかな。

 当然のように塩も油もあった。ああ、トマトっぽいのもある! 水分たっぷりでちょっと酸味があるの? もう、これは決まりでしょう!

「コウ、それだけの香辛料を使った料理そのものが高価だ」

 だから、そのくらいは安いものだということなんだろうけれど、でも、食べたこともない、美味いかどうかわからないものを評価してくれているんだぜ?

 めっちゃ、ハードル高いな!

「大丈夫だ。コウはこれらの野菜を使って美味い肉を食べさせてくれたからな」

 確かに、玉ねぎ、ニンニク、生姜っぽい野菜たちは試しにみじん切りしたりすりつぶしたりしてタレに仕込んでみた。でもさ、スパイスの殆どはこっちで初めて手に入れたからなあ。

 ぶっつけ本番だ。

 頼むぜ、ターメリック! スパイスを取り持ってくれよ!


 気合を入れてカレーを作る。

 スウォルは助手だ。

 ワレリーさんは店員に呼ばれて厨房を出て行った。名残惜しそうだった。ちゃんとワレリーさんの分も作るからね。

 鶏肉を使うことにして、鳥型の魔獣から得た肉を出す。

 繊維に沿って包丁を入れてひと口大にする。見ていたスウォルが手伝ってくれる。


 そちらは任せて、トマトピューレ作りに取り掛かる。

 トマトピューレはトマトを鍋に入れて火にかけて水分を出し、裏ごしして皮と種を取ってさらに煮込んで作る。ちょっと塩を入れておくと良いかな。

 煮詰めている間に、他の鍋に油を引いて火にかける。カルダモン、クローブ、シナモンを入れて炒め、みじん切りした玉ねぎを投入する。火が通って色が変わったら、生姜とニンニク、水を入れる。水分を飛ばし、強火でこんがりするまで炒める。

 ここへ出来上がったトマトピューレを加え、再び水分を飛ばす。

 カイエンペッパー、ターメリック、クミン、コリアンダー、塩を入れて弱火にして炒める。


「良い香りだな」

「だろう? あ、そっちの肉を入れて」

 中火にしてスパイスとよく絡むように炒める。

「後は水を入れて、蓋をして煮込む」

 しばらく煮て、蓋を取ってからも火を少し強めて煮る。

「おお、素晴らしい香りですな!」

 ワレリーさんがいそいそと戻って来た。

 こんなに美味しい香りがするのに、味がよくないなんて、嘘だよな!


 出来上がったカレーを深皿に盛って小部屋に移動する。

「美味い!」

「ああ、美味い」

 ひと口食べてワレリーさんが目を輝かせて言い、スウォルも頷いた。

「よかったあ」

 いやあ、実は期待値が高すぎてちょっと心配していたんだよな。


 うん、美味しい。

 肉も口の中でほろほろと崩れる。

「コウ?」

 でもって、目からはぽろぽろと涙が零れた。

 向こうの世界のカレーとはやっぱり味は違っていた。でも、カレーだ。食べ慣れた味、香り、触感だ。

「『ホームシック』かよ、情けねえ」

「ほーむしっく?」

 スウォルは気にするなと言ったせいか、一々質問することはなったけれど、ワレリーさんは鸚鵡返しにする。

「あはは。故郷が懐かしくなっちゃって。ほら、味とか匂いとか音楽とか、そういうもので記憶を刺激されるっていうか」

「ああ、郷愁ですな」

 スウォル、気にしているかな。

 前に、俺を故郷に連れて行ってやるって、帰れるように協力してくれるって言っていたものな。


「ああ、でも、これ、仕上げの香辛料が入っていないから、まだまだだな!」

 カラ元気も元気のうち。

 鼻をすすって笑顔を作った。

 ワレリーさんがぎょっとした顔になった。

 うん? 俺、変なことを言った? それとも、変な顔をしている? 泣いちゃったからなあ。鼻のてっぺんが赤くなっていそうだ。

「こ、これ以上、香辛料を使うのですか?」

「仕上げの香辛料とはどんなものだ?」

「色んな種類を混ぜ合わせたものなんだ。家庭によって違う調合があるくらい、色んなものがあるんだよ。いつか俺も自分で調合した『ミックススパイス』を作り出すんだ。俺流の『ガラムマサラ』を!」

「がらむまさら?」

 ワレリーさんが目を白黒させながら、それでもカレーを食べる手を止めずに聞いた。

 うん、気に入ってくれて嬉しいよ。

 スウォルもカレーを食べさせてやりたい人がいるという。

 うんうん。器用なスウォルなら美味しいカレーを作れるよ!


 ここはおねだりしても良いものだろうか。

 言ってみるだけやってみようかな。

「あのさ、カレーって、色んな香辛料によって風味が変わって来るんです」

「奥が深いのですなあ」

 皿を空にしたワレリーさんが満足げにため息をつく。

「それで俺、もっと色んな配合で作ってみたいんですよね」

 だからどうこうしてくれ、とは言わず、じっと大商人の目を見る。

 しばらく、二人で見つめ合う。

 と、ワレリーさんが大笑いした。

「いや、なかなかにやり手ではないですか。気に入りました。何より、こんなに複雑な味わいは初めてです。また食べたいと思いますし、もっと違うものを食べられるというのも魅力的だ。よろしい、協力しましょう。珍しい香辛料があれば手に入れてきましょう」

「ありがとうございます!」


「ただし」

 やはり、来たか!

 ワレリーさんはやり手だと聞く。

 簡単にはいかないと思っていた。

 何を言われるのだろうと先を待つと、またこれを作って食べさせてほしい人がいるという。

「材料はこちらで揃えます」

 じゃあ、作るだけでいいってことなんだな。

「どういう人なんですか?」

「ええ、実はね、遠い国からお出でになった方なんです。その国の軍の偉い人、言ってしまえば将軍ですな」

「そんなに偉い人に食べて貰うのは緊張するな。なあ、スウォル。……スウォル?」

 スウォルに同意を求めると、なんだか妙に怖い顔をしていた。

 あれ、カレー、美味しくなかった?

 ああ、そう、カレーは美味しかったのね。よかった。そうだよね。大切な人にも食べさせてやるんだって言っていたもんな。



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