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24. 終わりよければ総て良し

 

 こちらの会話に注意を払っているのには気づいていたが、敵意や害意はなさそうなので放っておいた。

 けれど、案に反して声を掛けて来た。

 イストと名乗った男は左右の則頭部に耳がついていた。

 俺の持っている薬草に目の色を変えてほしいと言った。それほど珍しいものでもないのだが、獣人にとっては毒となる植物と似ていて、自分たちで採取するのには危険が付きまとうのだそうだ。

 さもありなん。

 植物の方も自己を守るために毒を持つ。または、毒を持つ植物に擬態する。

 ぼんやりしているように見えて意外にしっかりしているコウは慎重だ。毒を持つ植物と似た薬草を教えてやることも多い。いちいち大げさに反応するのが面白い。

 この世界をこれほど驚き、摩訶不思議なものとするのだから、あいつも本望だろう。


 そのコウはイストにどんな獣人がいるのか、タブーとされている接し方などを聞いている。

「知らないから教えてください」

 何でもかんでも教えてもらえると思っている甘ちゃんではあるが、礼儀に適うために素直に言う姿勢は好ましい。イストも快く教えてやっていた。その流れで香辛料のことに触れれば、問われるままに答えていた。呑気そうだから無害だと相手に警戒心を抱かせない。一種の才能かもしれない。

 獣人を怖がらないのか。

 ポチとかいう愛犬を大事にしているからか。

 犬じゃない獣人に対してはどうなのだろう。


 俺の持っていたのは獣人にとっては貴重な薬草であったようで、余所者である俺たちに儀式を見せてくれるという貴重な機会を与えてくれた。

 俺たちが獣人を良くも悪くも同じ種族として扱ったのが琴線に触れた様子だ。

 過去に何かあり、それが積み重なって、先回りして回避するようになったから、余所者は村に入れないというスタンスになったのかもしれない。

 彼らの親しみの表し方なのだとしたら、儀式への参加を受けるべきだろう。

 促されて聖水が聖なる雫で色を変えるのを見た。視覚に訴えかけるのは人の心を掴むものだな。居合わせた者たちは奇蹟の一幕に驚き恐れ入った。

 コウも驚いていた。

 続く祝詞や説教は礼拝堂で行われるらしく、獣人たちの神を信仰しない俺たちは外に出た。


 その後、イストの案内で店を巡った。

 コウが浮かれた様子なので、時折商品や木箱にぶつからないように軌道修正させる。あちこち見るのに忙しく、気づいていない。

 手持ちの金で悩みつつもあれこれ買っていた。コウが買ったものを俺も買っておいた。料理は失敗する時もあるから、予備があるに越したことはない。

 その他、コウが商人と話していた会話の内容から類推して、他で売れば高値がつきそうなものを買っておく。

 コウと行動することで、力や財、権力だけで人は動くのではなく、欲しがるものは千差万別なのだと学んでいた。

 面白い。

 この多様性が文明を発展させているのだな。



 買い物を終え、満足げなコウがイストと手を握り合った。両者ともに満面の笑顔だ。

 その時、聞こえて来た子供らの騒動にコウが気づき、ためらいつつ動いた。

 弱いのに、何故、首を突っ込みたがるのか。

 先だっての貴族にまで及んだ一件は、パン屋の元嫁が飛び込んできたからだが、それも無関係を貫けば嫌な思いをせずに済んだ。身に染みて分かったはずなのに、コウは迷いつつも関わることを選んだ。そして、イストと別れ、俺とは別行動すると言った。

 無謀だな。

 イストも同じことを考えたのか、コウが向かった先について行った。


「お前が悪いんだろう! お前が零したんだ」

「だって、君が持ってこいって言うから」

「でも、零したのはお前だ!」

「そうだ、お前がうっかりしていたから!」

「そうだそうだ、ちゃんとしていないからだろう」

 取り囲んだ子供が小突き始める。囲まれた子供はべそをかいている。


「待て待て待て。どうしたんだ?」

 子供とはいえ、獣人たちは体つきが良い。力も強い。コウなど一人に対しても力負けするだろう。

「なんだよ、お前!」

「あれ、変な耳!」

「人間だ!」

「わあ、逃げろ!」


「あれ? 逃げて行った。まあ、良かったのか、な?」

 ところが、取り残された子供がわっと泣き出したので、コウは慌てて宥める羽目になった。中々泣き止まないので、こわごわ抱きしめると子供は腕をコウの背に回した。コウは頭を撫でてやった。そのうち余裕が出たのか悪戯心か、黒い毛並みの耳を触り始めた。泣くのに忙しい子供が気づかないことをいいことに、しきりに触っていた。

 ポチはきっと黒い犬だったに違いない。

 その証拠に、コウは子供を助けることにした。


 子供は愚かなことに、虐められていた子供に言われるがままに、儀式に用いられる聖なる雫を持ち出し、零したのだという。

 それを聞いたイストが顔色を変え、卒倒せんばかりだった。

 コウはとにかく、黙っていないで持ち主に話して謝るように伝えた。

 足下が覚束ないイストを促して儀式が行われた建物へと向かう。


 事は大ごとになった。

 まず、子供と虐めていた子供らの親が呼び出された。

 悪ガキは自分が指示したことを認めず、その親はたとえそうだとしても、持ち出したのはいじめられっ子だし、零したのも黒い耳の子だという。

 その儀式は定期的に行われるもので、期日までに次に石杯を満たす聖水の色を変えることができないと祟られるのだそうだ。その奇跡と神とを信じている村人たちは殺気立つ。

 いじめっ子の親は祟りはお前にある、と子供に言う。

 大人げないことだ。

 子供はすっかり怯えて口もきけない。


「なあ、この石杯に入っている青色がピンク色になったら良いんだよな?」

「コウ?」

 何を言い出すんだ?

「ええ、まあ、極端に言えばそうですね」

 イストも面食らう。

「『これは、理科の実験のあれですな!』」

 聞き流せと言われていたが、流石に真意を問うた。

「『酸性』って分かりやすいんだ。ようは酸っぱいものってことだからな。それは変わらないんだよな」

 酸っぱいもの?

 なんのことを言っているのか分からなかったが、イストや他の獣人たちもそうだ。


「俺、その聖なる雫と同じ成分のものを持っているかもしれない」

「コウ? 何を言い出すんだ?」

「馬鹿な。雫は聖なる山に採りに行かないとないのだ。ここいらでは見かけないのだぞ」

 聖職者が憤慨して言う。

「うん。だから、似たような成分な。とにかく、聖水の色を変えることができたら良いんだろう? あ、いや、良いんでしょう?」

 自分の考えに夢中になっていたコウは慌てて言い直す。律儀だ。

「そうだ」


「スウォルは俺が香辛料を求めて市場を隅々まで歩いていたって知っているだろう?」

「ああ」

 元は売れる情報がないかと思ってやっていたそうだ。その最中に様々な商品を見て、郷里の料理を作りたいと思ったのだそうだ。里心がついたのだろうか。

「食って大事だよ。大きな楽しみの一つだ。食事が体を作るしな。ほら、長い船旅で『ビタミン』が不足するやつ。『けつかい病? かいせん病? 海鮮?』 美味しそうだな。いや、そうじゃなくて、とにかく、『ビタミン』不足な。それを補うために果物や野菜を食べる。魔獣って食べられるやつも多いから、スウォルとパーティを組むようになってからは『たんぱく質』はばっちりだ」

 ところどころ、郷里の言葉が混じるが、要はバランス良い食事が大事だということだろう。

 コウは普段、俺にせっせと野菜と果物を食べろと言っている。


「それで、だ。そうやって色んな果物や野菜を食べているうちに、何がどんな味がするのか分かって来たんだ」

 そう言いながら、コウは背負い袋から果実を取り出した。

「この果物はとんでもなく酸っぱいんだ」

 コウは市場で様々な果物や野菜を食べて、郷里の料理を作ろうとしたと言っていた。売っているものなら食べられるだろう、ということで片っ端から試したのだそうだ。見聞きするだけでなく、味や匂いでもそうやってこの世界を楽しむということをコウから教わった。実際、コウの作るタレを使うと肉が美味い。


 コウはその酸味のある果物の果汁を石杯に垂らそうとした。周囲が慌てる。水面に陽光を湛える石杯だけが静謐のままだった。

「ま、待て!」

「何をするんだ」

「これで聖水の色を変えるんだよ」

 面白い。

 俺はさりげなく獣人たちの行動を阻害した。最近、戦闘でも連携を取れるようになってきたコウは俺のけん制を察し、今のうちにとばかりにさっさと果物に切れ込みを入れて果汁を垂らした。

「ああー!」

 思わずといった態で獣人たちから声が上がる。


「お、よし! 予想通り!」

 石杯の中の青い聖水がピンク色に変じた。

 と、ひと際大きく光が膨れ上がり、軽い破裂音を感じさせる様態で弾け、辺りに粒子を撒く。

 鼻に皺を寄せて大口を開けて欠伸した妖精はするりと立ち上がると泉を飛び立った。

 光の翅が動くたびに光の粉が舞う。羽ばたくたびにふわりふわりと上昇していく。見る間に小さくなり、青空に吸い込まれていく。


 どよめきが起きる。

「おおー!」

「ど、どういうことだ」

「あの果物は聖なる雫と同じだというのか」

「ううん、同じ働きをした、ってだけだよ」

「ほう」

「でも、聖水の色は変わったんだから、神様も怒らないだろう。妖精も出て来たしな」

「ま、まあ、そうだな」

「だってさ。良かったな、坊主」

 コウは子供の頭を再び撫でた。もちろん、耳を触っていた。あれも里心だろうか。

 子供とその親に大いに感謝されて建物を出た。

 イストはしきりに感心し、村の出入り口まで見送ってくれた。

「ぜひ、また来てくださいね」

「はい。あの薬草、またいっぱい摘んでおきますね。乾燥させて粉末にしておきます」

「コウさん!」

 二人は再び手を取り合っていた。


 村を出てしばらく歩いていた時のことである。

「ああー!」

 コウが素っ頓狂な声を上げた。

「今度はなんだ?」

「格好良くキメたんだけれどさ。後からよくよく思い出してみて、『Bなんたら溶液』って青い色が黄色になったような! 他の『なんとか溶液』って赤色だったような! やっべー! もうね、『アルカリ性』と『酸性』って言ったらね、青から赤だと思っていたよ! それ、『試験紙』だ! よ、よかった。ちゃんと青から赤になって! うろ覚えの知識を持ち込んでも上手くいかないな! ……あああ、『カレー』は大丈夫かなあ。心配になって来た!」

 奔流のごとく喋りまくり、頭を抱えた。

 しかし、何を言っているのか分からん。

「終わりよければ総て良し。あの子供はコウに救われたんだ」

「あ、うん。あの果物の方が手に入りやすいしさ。そうなんだけれどさ」



 気を取り直したコウは、獣人の村へ行き、香辛料を手に入れたという事実を純粋に喜ぶことにしたようだ。

 慌てたり落ち込んだり喜んだり、忙しいやつだ。

「そう言えば、スウォルはのほほんとあちこちで歩いていて良いのか?」

 のほほんだと? コウにだけは言われたくないな。

「ああ、俺の一族は長命種でな。時間は十全にある」

「え、ちょっと待ったぁぁぁ!」

 コウが立ち止まって声を上げる。目を見開いて俺を真っすぐに見る。

「今度は何だ?」

 言動が予想もつかない。


「顔が良い、長命種、魔力が高い。……ここから導き出されるのは」

 コウがわざとらしく唾を飲み込む。

「だから何だ?」

「ス、スウォルさんは『エルフ』なんですか?」

「えるふ? なんだ、それは?」

「い、いないのかー!」

 コウが頭を抱えて悶えている。


「いやいやいや! エルフという名前がないだけで、似た種族がいるかもしれん!」

 かと思いきや、立ち直って詰め寄って来る。

「あの! スウォルさんの種族って全員美形なんですか? 魔力が高いんですか? 気位が高いんですか? 耳は尖っていますか?」

 矢継ぎ早に聞いて来る。なんで敬語なんだ?

「容姿は様々だな。魔力は高いが、気位はもっと高いかもしれんな」

「くっ! 一番重要なところが!」

 言ってから、はっと息を呑む。

 しかし、本当に飽きないやつだな。次は何を思いついたんだ?

「細身なの? ねえ、全員細身なの? いや、この際、たゆんたゆんさえあれば!」

「ああ、胸の大きさは人それぞれだ」

 コウの変な表現には慣れた。早めに空虚な希望は潰しておく。

「魔力や力が強い者が多い。長命だと知られれば不老の研究材料にされるから黙っているな。過去にもそれなりのことがあったから、これは村の禁忌扱いだ。万一、俺の村の者に会うことがあっても口にしない方が良い」

 胸のくだりで膝からくずおれたコウはそれでも、村の禁忌だと聞くと神妙に頷いた。 ふざけていても、こういうところはちゃんと慮ろうとする。

 俺には考え付かないことを捻り出し、思慮深いところを見せることもある。

 だが。


「コウは大きな決断する時は信頼できる誰かに相談しろ」

 世知辛いこの世界で多くの者とよしみを結ぶコウならば、それも有効だろう。

「なんか、前もそれっぽいこと言われたなー。大丈夫だよ、ちゃんとスウォルに相談するからさ。『報連相』はパーティの基本だよな!」

 ほうれんそう?

 まあ、それはいい。

 俺が手を貸せる時は問題ないが、そうはいかない時でも、きっとコウが間違った決断を下さないように、周囲が助言してくれるだろう。

 冒険者だけでなく、ギルド職員、町の主婦、変態、商人に獣人までもがコウに関わりたがり、そのうちの多くが面倒を見たがる。

 稀有な才能だ。



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