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23. 行くだけの価値のあるところへは近道はない

 

 商人のワレリーさんは他の香辛料の情報も教えてくれた。種類は違えど同じコレクター気質を持っている人だ。分かり合えると思ってきちんと説明したのがよかったんだよな。

 教えてもらった獣人たちの村というのはこの町から少し離れている。余所者は入れて貰えない可能性が高いらしいが、一度行ってみることにした。


 野営は初めてではないが、何日も外へ出たことはない。荷造りをするのにスウォルに相談に乗ってもらい、ギルドで依頼期日が設けられていない薬草採取の仕事を受ける。

 薬草だけに限らず、野生の食べられる植物と毒があるものって似ているものがある。

 これは冒険者になった時にギルド職員にしつこく注意された。

「いいですか。どちらも綺麗な網目状の葉をしていて似ていますが、片方は毒です。間違って食べると、酔っぱらったようにふらふらして、指先から麻痺してきて、ついには心臓が止まります」

 ひぇぇぇ。こぇぇぇ。

 そんなに詳しいってさ、食べたやつを見たのか?

 そう聞くと、意味ありげな目つきをしただけで何も言わなかった。恐ろしいね。

 だから、綺麗な網目状の葉には触らないようにしていた。

 ところが、スウォルは事も無げに言う。

「葉を潰して臭いを確認すれば良い」

「こう? うっわ、臭い!」

「それは毒があるな」

「ひえぇっ」

 思わず放り出した。

 本当に、色々知っているな。

 でもって、俺で遊ぶのはやめてください!

 そんな風にして、道のりは順調に進んだ。


 ワレリーさんの教えてくれた獣人の村は普通の村で、腰くらいまでの高さに積み上げた石壁の上に先を尖らせた丸太でぐるりと回りを囲んでいた。

 獣人ってどんなだろうな。

 猫耳? 犬耳?

 しっぽはあるのか?

 いや、長靴を履いた猫みたいな二足歩行する猫かもしれん。

 喋れるのかな。

 俺、公用語以外は喋られないよ!

 あ、違った。コギャル語があった!


 期待が膨らんでいたせいで、入れない可能性が高いと聞いていたのに、実際に入村拒否をされるとがっかりした。

 それもさ、門のところで、小窓をちょっと開けて目だけが見えた。せめて、顔くらいは出しませんか?

 スウォルと話し合って、近くの村に戻った。

 小さな村で酒場はひとつしかない。宿屋と一緒になっている。

 テーブルにつくと思わず溜息をついた。

「諦めるか?」

 適当に食べ物や飲み物を頼んでスウォルが言う。

「折角だから、なるべく美味くなるように獣人の香辛料は手に入れておきたい。スウォルは二番目の心の友だからな。美味しいカレーを食べさせてやる!」

「一番目は?」

「ポチだ」

「ポチって?」

「俺の愛犬!」

 途端に、スウォルが半眼になる。ジト目というやつな。

「あ、何だ、その目は! ポチは犬でも俺の兄妹同然なんだぞ。賢いし優しいし、可愛い奴だ」


 騒いでいたせいかな。

 突然、声を掛けられた。

「君は犬が好きだから、獣人の村へ入るのを諦めていないのかな?」

 帽子をかぶった背の高い男の人だ。

「あ、いえ、もちろん、愛犬ではありますが、獣人の方とは全く別の存在だと思っています。あと、うるさくして済みません」

「はは。気に入った。犬を心底愛し、友人だと言えるのであれば、そして、獣人を尊重するのであれば、我らを無暗に害することはいでしょう」

 そう言って帽子を取ったら、頬の隣に耳はなく、頭の上の方にあった。


「立派な耳ですね」

 いけね。ついうっかり。

「いや、その、良い形だなとか毛並みが綺麗だなと思って」

 言えば言うほど墓穴を掘ると気付いてとにかく口を噤んだ。

 きょとんとしていた男の人は澄んだ黒い瞳をしていた。髪も黒色だ。姿かたちは人間だけれど、耳だけは犬っぽかった。

「ははは。褒め言葉と取っておくよ。でもね、獣人にそんな風に言うときは気をつけるんだよ。それは口説く時に言う表現だからね」

「あああ、お、俺は女の人が好きなので!」

「うん、分かっているよ」

 言いつつ、ツボに入ったのか、男の人は腹を抱えて笑った。息も絶え絶えで涙を浮かべていたので椅子を勧めると抵抗なく座った。笑いすぎじゃねえ?

「コウはやはり力も財も権力も使わず、事を為すんだな」

 スウォルが澄ました顔で言っていたが、失言にフォローが欲しかったよ!



 男の人はイストさんと言った。

 この場合、男の獣人?

 まあ、いいや。

「香辛料を探して?」

「ありますか?」

「あるけれど、獣人じゃない人は村へは入れて貰えないだろうなあ」

 ですよね。

 折角、獣人の村までやって来て、奇蹟的にイストさんと知り合うことが出来たというのに。俺の熱いポチ愛に心を打たれたというのに。


「そうしょげないで。なんなら、僕が代わりに買って来ようか?」

 えっ、いいの?

 いや、でも、いくらよい人そうだからといっても、信用してもいいものなのか。香辛料のような高いものを買ってきてもらうのにはためらう。前金として半額渡すにしても、持ち逃げされたら大損だ。

「担保を預かっておけばいい」

 スウォルはそう言うけれどさ。

 そこまでする義理はイストさんにはない。


「あれ、その薬草」

 スウォルが酒に混ぜていた薬草に、イストさんが鼻をうごめかした。

 苦い味がするもので、風味づけにも用いられるものだ。スウォルはたまに酒に入れて飲んでいる。俺は一度試してみて合わなかった。

 この薬草に含まれる成分を濃縮したら毒にもなるってスウォルが教えてくれた。なのに、平然と飲むんだよな。少量だったら俺でも大丈夫だ、って言っていたけど、味自体が好きじゃないから遠慮しておいた。スウォルは毒の耐性も高そうだ。なんかね、もうここまできちゃうと、なんでも有りだなと思えてしまう。

 げに怖ろしき、主人公チート。


 俺が適当なことを考えているうちに、イストさんはスウォルにその薬草を譲ってくれと頼んでいた。テンション高いな。そんなに好きなのか? 酒好きって、どこにでもいるんだな。

「俺たちを入村させてくれたら譲っても良い」

「交渉します!」

 あれ?

 なんか、入村できそう?

 やっぱ、俺よりもスウォルのチートの方が役に立つな。



 イストさんに連れられてまた獣人の村へやって来た。

 まずはイストさんが先に入って中の人たちと俺たちの入村を相談する。

 壁一枚隔てた向こうでわいわいやっているのが聞こえてくる。

「スウォル、あの薬草、いっぱい持っていた?」

「村人全員に行き渡るほどはないな」

「なんか、すごい喜んでそうだな」

「ああ、まず間違いなく入ることはできるだろう」

 入ることは、って聞き返そうとしたら、イストさんがいそいそと出て来た。

「どうぞ、お入りください」


 スウォルの後ろから首を出して見渡すと、普通の村だった。普通の、っていうか人間の村と似たような感じだった。

 大通りに荷物を一杯乗せたロバに曳かせた荷車が走り、その前を子供たちが横切っていくので、危ない、気をつけろ、とか言っているの。よくある風景だよな。

 通りの左右には石壁の建物が並んでいて、植木鉢には花や低木が植えられている。

 買い物をする人、荷物を運ぶ人、急いでいる人、全ての耳が違うだけだ。

 こうなると、気になるのは尻尾だ。

 でも、聞いてはいけないことっぽくて、隣の村からの道中、イストさんに獣人のことを聞いていたんだけれど、尻尾については口にできないでいた。

 服の下に隠れていて見えないだけなのか、と、後姿をじろじろ見てしまう。


「例の薬草を譲ってくださると話したら、なんと、儀式を見せてくれるということです。これは破格のことなんですよ」

「え、良いんですか?」

 滅多に村に人を入れないんだろう? なのに、急にやって来た俺たちにそんなすごそうなものまで見せてくれるの?

「もちろんです。コウさんは獣人に対して真摯に向き合ってくださる方だと伝えておきました」

 うう、イストさんの善意が突き刺さるぜ。

 すみません、尻尾をさがしていました。変な意味ではなかったんです。


「なあ、スウォル、あの薬草、見つけたらいっぱい摘んでおこうな」

「コウは本当に人が好い」

 スウォルが呆れたように言う。いやあ、善意を向けられると何か返さなきゃいけない気になってさ。少し前に、貴族の意地悪で町の人たちから冷たくされてから、特にそう思うようになった。


 それまで親しくしていた人から素っ気なくされるのは堪えた。全く知らない人ばかりの異世界に突然やって来たから、なおさらだ。心もとないというか、ものすごく寂しいというのを突きつけられた。俺、本当に一人ぼっちなんだな、って思い知らされた。

 でも、スウォルがいた。逆に言えば、だからこそ、なんとか耐えてこれたんだろうけれどさ。

 俺は、他の者の善意で生かされているんだ。

 だったら、それを大事にしなくてはね。


 イストさんは村の正面入り口から続く大通りを真っすぐ歩き、噴水がある四つ辻を左へ折れた。

 そのまま奥まで歩いて行くと、立派な建物があった。

「こちらです。さあ、どうぞ。もう始まります」

 建物の中庭に連れて行かれた。四方に木々が並び、下は草花が咲いて陽の光を浴びている。

 真ん中に石造りのほっそりした台座がある。上に置かれた石の受け皿に水が溜まっている。

 なんか、そこだけ空気が綺麗な感じがする。

「あの聖なる石杯に湛えられた聖水に聖なる雫を振りかけると、色が鮮やかに変わるのです」

 イストさんが小声で教えてくれる。


 袖や裾がたっぷりした貫頭衣を着た、いかにも宗教関係者です、という人がしずしずと歩いて来る。しずしずなんて、初めて使ったよ。思い返せば、こんなに厳かな場面って出会ったことがない。

 あれか、バージンロードを花嫁と歩くってやつ。

 くっ、娘はお前に渡さん!

 その前に、結婚するのが先だな。できるのかなあ。


 宗教関係の人が捧げ持った杯から雫を垂らした。

 石杯の聖水に触れた途端、そこからすう、と色が変わる。

 そして、水面にぽう、と光の粒が膨れ、ふわりと弾けた。

 中から小人が現れて大きく伸びをする。

 びっくりしたー!


 声を抑えたどよめきが起きる。

 そうそう、俺たち以外にも見物人は何人もいた。

 これはきっと、奇蹟を見せて神の力を分からせるってやつだろう。


 小人は背中に蝶の翅をつけた妖精みたいなのだった。

 俺、息をするのも忘れて見つめちゃったよ。

 妖精みたいなのは大きく伸びをした。ふわぁぁぁ、って声が聞こえてきそうな大口を開けて欠伸をする。こんなに大勢に見られているのに、気にしないのね。

 蝶の翅がひらひらするたびにぐんぐん上昇していく。みるみるうちに小さくなっていった。


 見えなくなるまで、皆で青空を眺めていた。

 俺なんかは見えなくなってもずっと上を向いていたから、ちょっと首が痛い。

 いやね、こんなにファンタジーな光景って初めてかも。

 この世界へやって来て、生活に追われていたから、めっちゃ感動した!

 流石は儀式!


 終わった後、イストさんに促されて建物を出た。理由もなく長居してはいけないっぽい。

 小声でずっと色々聞きまくってしまった。

 なんでも、山から採ってきた雫で水の色が変わったら、たまに妖精が出て来ることあるんだって。

「コウさんは運が良いですね」

 うん、見れて良かったよ!


 そこから先はお待ちかねの買い物だ!

 あちこち連れて行ってもらって、香辛料を探すのを手伝ってもらった。イストさんがいてくれたお陰で、耳に驚かれつつもいくつかの種類の香辛料を売って貰うことができた。他にも珍しいものを手に入れた。

 カレーには欠かせないあの香草っぽいのがあった。これこれ!

 あと、ワレリーさんへの土産もゲットした。

「ありがとうございます。イストさんのお陰で欲しかったものが手に入りました」

「こちらこそ。あの薬草をあんなに頂けるなんて」

 ほくほく顔で握手し合う。


 そんな時、子供の賑やかな声が聞こえて来た。

 ただ、楽しそうなのじゃない。それも、喧嘩というよりもいじめられているような、責められているような調子だった。

 人の心配をしていられる余裕がないことは知っていた。

 でも、元いた世界のいじめ問題は虐待と並んでとても問題視されていた。それに、俺もついこの間、嫌な気分にさせられた。積極的に嫌がらせをされたのでもないのにそんな風に感じたのだから、一方的にやり込められるのはどれだけ腹立たしいことだろう。どれだけ怖いことだろう。どれだけ悔しいことだろう。


「あー、俺、ちょっとここで失礼してもいいですか? スウォル、後で村の正面入り口で会おう」

 そう言って、イストさんと別れの挨拶もろくにしないまま、子供たちの方へ行った。五、六人の背の低い獣人がいた。うち一人を取り囲んでいる。

 何が出来るわけでもないし、後のことに責任を持てるのでもない。でも、この時だけでも助け出してやりたかった。



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